「え、どうしたの。」
「いやー、そういえば名前ん家近くやったなーって思ったから終電逃した序でに寄ってみただけ。」
「…素直に泊めて下さいって云えば?」
「すんません泊めて下さい。」
そう云ってぺこりと頭を下げる蔵ノ介に溜め息を吐きながら、ドアのチェーンを外して中に招き入れる。
蔵ノ介が深夜家に来るのは、今月に入って六回目。
理由は大体同じで、終電逃したとか家の鍵忘れたとか家に帰りたくない(いや、帰りなよ)とか色々。
正直云って、何時も深夜過ぎに来るもんだからその日は絶対睡眠不足になるから、次の日の仕事に物凄く響く、辛い。
…だけどまぁ、別に嫌って訳じゃないけども(付き合い長いし)
というか、蔵ノ介は社会に出てから"ちんちくりん"加減がバージョンアップしてきてる気がする、外ではちゃんとしてるって云ってるけど。
学生の頃はあんなに格好良くて頼り甲斐あったのに、どこをどうしたらこんなになるんだろう(別に、今の蔵ノ介が格好良くないとか頼り甲斐無いとかって事ではないけどさ)
何てソファーに座りながら一人で考えていると、後ろからぎゅうっと何かが抱き着いてきた。
ふわふわと視界の端に映るミルクティー色。
「くすぐったいんだけど。」
「んー、名前は相変わらず良え匂いするな。」
「うわ、キモ。」
「えー?」
蔵ノ介は、誉めとるんやで?とか云って、私の首筋にうりうりと頭を擦り付ける。
…何で私はこんな子供みたいな奴を好きになっちゃったんだかなぁ。
まぁ、考えた所で好きなものはしょうがない、諦めよう。
私は回されている蔵ノ介の腕を解いて立ち上がり、台所に向かう。
蔵ノ介も何故か私の後ろに着いてくる。
私が冷蔵庫を開けて取り出した物を見た蔵ノ介は、嬉しそうに、お〜!と声をあげた。
「そのケーキ、俺のために買うて来てくれたん?」
「いや、甘いもの食べたかっただけだから。」
「ショック!」
馬鹿、一人で二つも食べるわけ無いじゃん、蔵ノ介と食べるために給料日前だけど奮発したんだよ。
何て事は口には出さず、綺麗なケーキを手際良く皿に盛り付けて机まで運ぶ。
蔵ノ介も気付いた様に、食器棚からカップを取り出し用意してあった紅茶を注ぐ。
二人が席に着いた所で、私は蔵ノ介のケーキに一本だけ小さな蝋燭を立てた。
「やっぱり、俺のためやったんやな。」
「…べっつにー。」
相変わらず名前は照れ屋やなぁ、何て云いながら蔵ノ介は私の頭を撫でる。
「もー、手ぇ邪魔で火つけられないんですけど。」
「あ、すまんすまん。」
蔵ノ介が手を退けたのを確認し、用意していたライターで火を灯す。
ぼんやりとした蝋燭の明かりで少しだけ心が安らいだ。
「なぁ、電気消しても良え?」
「あー、うん。」
そう私が返事をするよりも先に、ぱちっと電気が消されて部屋が暗くなる(せめて返事してから消してよ)
蔵ノ介は元の位置に戻って嬉しそうに笑う。
つられて私も笑えば、目を丸くして驚く蔵ノ介。
「何、」
「や…別に、」
「ふーん。てか、早く消さないと蝋燭垂れるよ。」
「え、あ!」
そわそわしてる蔵ノ介にケーキを指差しながらそう云うと、慌てて蝋燭の火を吹き消した。
私は早々に電気を点けて、また席に戻る。
ちらりと蔵ノ介を見れば、相変わらず締まりない顔でそわそわしてる。
誕生日だから浮かれてるんだろう、蔵ノ介は馬鹿だな。
兎に角、なるべく早く食べて食器洗って寝ないと、本当に明日起きれない。
ぱくぱくと私がケーキを食べているのを見て、やっと蔵ノ介もケーキに手をつける。
だけど、中々口に運ぼうとしない。
「食べれなかったっけ、チーズケーキ。」
「へ?あ、いや、そういう意味で食べへんのと違うで?」
「じゃあ、何。」
「何か、名前から貰ったもんやから勿体無いなー…って、」
蔵ノ介は何処までも馬鹿だ。
去年もこんな感じで祝ったのに忘れたのかな、馬鹿だから。
食べるのが勿体無いなんて子供みたいな理由を蔵ノ介が云っても全然可愛くない、寧ろ馬鹿っぽい。
だけど、そんな忘れっぽい所も子供っぽい理由を取り付ける所も全部含めて馬鹿な蔵ノ介を好きな私はもっと馬鹿だ。
現に"勿体無い"という蔵ノ介の言葉が頭の中でぐるぐる巡って口元近くまで持っていったケーキを中々食べられない。
近付けて、離して、また近付けて、離してを繰り返す。
駄目だ、何か食べられない。
私は、カチャンとフォークを置き台所からラップを取ってきて、そのままケーキに被せた。
「名前、もう食べへんの?」
「明日用に取っとく。」
不思議そうに見ていた蔵ノ介は、私の言葉に少し驚いていたけど直ぐに黙り込んだ。
別に蔵ノ介と食べるのが嫌だからとかそういう事じゃないから、と云おうとするよりも先に蔵ノ介の手が私の手首を掴まえる。
その行動に多少吃驚していれば、蔵ノ介はするりと私の手からラップを取り、自分のケーキに被せた。
「…持って帰る気?」
「流石に俺も皿ごとは持って帰らんわ。」
「なら、明日の朝御飯のデザートか何か?」
「違う違う。」
幾ら尋ねてみても蔵ノ介はどこか楽しそうに、そうじゃない、と返す。
あれやこれや聞いてみても、ちゃんとした返事が返ってこないもんだから、私は少しだけ苛々した声色で、いい加減にしなよ、と呟いた。
すると、流石に不味いと感ずいた蔵ノ介は観念したように苦笑いしながら言葉を続けた。
「聞いても怒らんといてな?」
「さあ。」
「えー?まぁ、あれや、こうやってケーキ残しとけば、明日も名前に会えるよなー…って、」
云った後、蔵ノ介は気恥ずかしそうにはにかむ。
…その顔は、反則でしょ。
何だか蔵ノ介の目が上手く見れなくなって、つい、ぷいっと顔をそらしてしまった。
すると、机の上に置いていた左手にするりと暖かいものが触れ、少し吃驚しつつも左手を見ると、控え目に蔵ノ介の手が重ねられていた。
どくどくと壊れそうな程脈打つ心臓に"落ち着け"と念じながら、カラカラに乾いた口から言葉を絞り出す。
「なに、」
「ん?改めて、名前ん事好きやなーって思っただけ。」
蔵ノ介は変わった。
何処で道を間違えたのか、馬鹿で、阿呆で、頼り甲斐の"た"の字も見当たらない、どうしようもない奴になった。
だけど、蔵ノ介が、どんなに馬鹿で、阿呆で、頼り甲斐がなくて、どうしようもない奴になろうと、
「私は改めなくても、蔵ノ介の事好きだけどね。」
今も昔も、私の一番大切な人は変わらないらしい。
(というか、明日も来るの?)
(おん。ちゅーか、面倒やし一緒に住まへん?序でに結婚しよ)
(…は!?)
2013/04/14 S.Kuranosuke HappyBirthDay.