何故、私はこんな事をされているのだろうか。

何故、こんな状況になってしまったのだろうか。


「ひっ、」


そんな事を考えている中でも行為は進められていく。

さっきまで腰に回されていた手は、何時の間にか太股に移動していて、胸元に這わされていた熱い唇は首、頬へと上がってくる。

抵抗しようにも、どうにも頭がぼおっとして腕に力が入らない。

肺に酸素を運ぶために息を吸えば、保健室独特の医薬品の臭いで満たされ、酷く気分が悪い。

けれども、この状況をどうにかして抜け出したくて、へろへろの両手で相手の胸を叩く。

すると、その人は顔をあげて私の顔を真剣な眼差しでじっと見つめた。

しかし、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべて行為を再開する。


「や、め…嫌、だ…っ、」


やっと言葉が口から出てきたけれど、それは只の単語になってしまって何の意味も成さない。

そんな私の姿にもその人は面白そうにクスクスと笑う。

そして、自分の声がちゃんと届く様に私の耳元に口を近付けてぺろりと軽く耳を舐める。

ピリピリと弱い電気が流れているみたいで変な感じ。

全ての感覚がしっかりしていない私に、その人は耳から離れて私を見下ろしながら口を開いた。


「ホンマ、名前は思っとる通りの反応してくれて嬉しいわ。もっと苛めたなる。」


そう云って綺麗に笑う。

私か"大好きだ"と云ったあの笑顔。

だけど、今の私にはその大好きな笑顔ですら只の恐怖を煽るものでしかない。

こんなの現実じゃない。

他の誰かに起こっている事、全部全部悪い夢なんだ、そう思ってきつく目を瞑る。

しかし、あの人の笑い声は絶えず上から降ってくる。

もうどうすれば良いんだろう。

こんな私をどうしたいんだろう。

色んな考えが頭の中をぐるぐる巡り、割れてしまいそうだ。

すると、何か生暖かいものが閉じている左目をゆっくりと這う。


「う、ぁっ、」


何だが物凄く気持ち悪くて、そこにいるであろう人の体を思い切り押せば、ギシッと無機質な音をたてて離れた。

ぱっと目を開いて体を起こし、あがった息を整える。

目の前には、私がよく知っているその人。


「どうして…こんな、事、」


途切れ途切れにそう聞けば、その人は不思議そうに首を傾げる。

だけれど、特に気にする素振りも見せず私の頬に手を伸ばし、壊れ物を扱うように触れた。

その手を振り払おうと右手を動かせば、手首を掴まれ制止されてしまった。


「そない怖がらんでも良えやん。何時もみたいに笑うてや。」

「い、や…、」


こんな状況で笑顔を作れる訳がない。

嫌々と小さく首を横に振ると、その人は少しだけ眉間に皺を寄せ、控え目に掴んでいた私の手首を折れてしまう程の力で握る。


「痛っ…!」

「…ああ、ごめんな、」


その人は、一瞬ハッとしたような顔をしたけど、直ぐに何時もの人当たりの良い笑顔に戻って掴んでいた私の手首を、今度は優しく撫でた。

相変わらず恐怖で会話の出来ない私に代わって、その人は喋った。


「名前、好きや。生まれた時から、ずっと。」

「…え?」


突然放られた言葉が理解出来ずに思考が停止する。

この人が、私を、好き?


「冗談、だよね?」

「…名前は、好きでもない相手にこないな事するんか?」


え、と声を発するよりも先に、口を塞がれる。

嫌だ、苦しい、気持ち悪い。

呼吸が出来なくて、息を吸おうと口を開けば、何かが口の中に侵入ってきた。

どうして良いのか分からなくてその人の服を掴む。

只々、怖くて、辛くて、生理的な泪が溢れる。

すると、その人はゆっくり唇を離したかと思ったら、そのまま私の泪をぺろりと舐めあげた。

もう訳が分からない。

困惑して何も云えないでいると、その人は少しだけ私との距離をとって話す。


「ホンマはこないな事したなかったんや。せやけど、今日名前が謙也と話しとるの見たら、今まで抑えてきとったもんが、どうにも抑えきれんくなってしもうてん。ごめんな。」


一瞬だけ泣きそうに見えたのは私の気のせいなんだろうか。

そんな事より、一分一秒でも早くこの状況を打破してしまいたい。

私は乱された制服をさっと戻して少し後ろに下がり、やっと落ち着いてきた頭で言葉を構成し口を開く。


「もう、良い、よ…何にも無かった事にする、から…だから、お互い忘れよう…?」

「…何云うてん、」

「え?」

「忘れるって?何にも無かったって?意味分からへん、そういう理由で謝ったんと違うわ。」

「ど、どうし「五月蝿い、黙れ。」


私が何か云うよりも先に、真っ白な包帯が私の首に巻かれ、そのままぐっと力を込められる。

息が出来ない、どうしよう、私死んじゃうのかな、嫌だ、助けて、助けて。

助けを求める声も出せない位、きつく締め付けるその人の腕を何度も叩く。

だけど、一向に力が緩まる気配はない。

もうこんなに辛いだけなら、いっそ意識なんか手放してしまおうか。

そう思っていた時、頬に何か暖かいものが降ってきた。

うっすらと目を開いて前を見る。


「(泣い、てる?)」


そこには、今にも溢れてしまいそうな程、瞳に泪を溜めたその人。

私が目を開いたのに気付いたその人は、するりと私の首から包帯を解いた。

やっと解放されて、刻みに呼吸をしていると、また唇を塞がれる。

しかし、今回のは触れるだけの本当に軽いもの。

まるで、愛しい恋人にするように。

頭の中がぐちゃぐちゃで溶けてしまいそうだ。

ぐらりぐらりと世界が揺れる。

朦朧とする意識の中、その人は囁く。


「名前、好きや、世界で一番、誰にも、何にも渡さへんよ。」


そんな事云われたって、そんな風に愛されたって、応えられないよ。

だって、


「もう、妹なんて関係あらへん。」


私達、兄妹なんだよ?

何て事を口にする前に、唇を指でなぞられ遮られる。

そして、その人は苦しそうに笑いながら云う。


「二人だけの秘密や。」


私は、それに無言で頷くしかなかった。


(どうせ"はい"以外は望まないんでしょう?)


2013/03/27
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -