「今日は良え夫婦の日やし、謙也も名前と次のステップに進んでも良いんと違うか?」


そんな突拍子もない事を前の席の白石が云うた。

今、俺英語の課題やってんねんけどこいつ何なん、吃驚して持っとったシャーペン落としてもうたわ。(ちょっとドヤ顔なんも腹立つ)

俺は取り敢えず落ちたシャーペンを拾い上げ、溜め息を吐く。

すると白石はニヤニヤしながら話し掛けてきた。


「なぁ、実際名前とどこまでいったん?」

「そ、んなん、白石に関係無いやろ!」


やけにストレートな質問を投げ掛けられて吃りながらも返すと、白石は急に真剣な顔で、俺の大事な名前の一生に関わる重大な事や!っちゅーてダンッ!と俺の机を叩く。(お陰で今度は赤ペンが落ちたわ)

誰にも云わへんから話してみいや、とかドヤ顔で云われても信用出来ひんから、俺はそそくさと課題を鞄に入れ、次の授業道具を持ち席を立った。

後ろの方で白石が何か云うとったけど、聞かんかった事にしよう。

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部活の時まであれやこれや聞かれたらどないしよ、て考えとったけど、流石にそれはなかったから安心した。

何時も通り試合して何時も通りミーティングする。

そんで、この後は何時も通り皆で帰るんやけど、今日は違う。

何が違うって、アレや、帰る相手が部活のメンバーやなくて名前っちゅー事や。

名前は俺の彼女なんやけど、帰宅部で先に帰ってまうから(待つのは嫌らしい)中々一緒に帰られへん。

せやけど、昨日メールで何気なく「明日一緒に帰らへん?」って送ったら「良いよ。」って絵文字も何も付いてへん素っ気ないけど何処か可愛く思えてしまうような返信が来て、喉から心臓が出る程驚いた。

もう、帰るのが楽しみ過ぎて寝られへんかったっちゅー話やっ!

あ、こんな事考えとる暇ないわ!

時計を見ると、約束の時間まで残り五分位しかなかったから急いでユニフォームから制服に着替えて鞄持って部室を駆け出した。

待ち合わせ場所に近付くにつれて早くなっていく心臓はきっと走っとるせいで、別に白石のあの言葉がちらついた訳やないで!

なんて思っとったら、校門の所に座り込んどる影が一つ見えた。


「名前!」

「え、あ、」


名前を呼んだら、驚いた顔で俺を見た後直ぐに違う何かを目で追う名前。

俺もつられて見てみると、真っ白な猫がたたたっと暗闇に逃げていった。

名前は少し寂しそうに猫が逃げていった方を眺めとったけど暫くしてから正面に向き直り、よっとっちゅーて立ち上がる。


「寒いから早く帰ろ。」

「お、おん、」


そう云うと名前はくるりと体を百八十度回転させて、俺に背を向け歩き出したから慌ててその背中を追い掛けた。

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「……、」

「……、」


ヤバい、話す事があらへん。

いや、実際無い訳と違うねん、昨日は興奮で寝られへんかったから、名前と一緒に帰っとる間にしたい話を仰山考えとったんやけど、緊張で全部忘れてしもた。

せやけど、ここは何か喋った方が良えやろ…!

な、何か…何か…っ!


「あ、名前、なぁ、」

「ん、何?」

「え、ぁー…えっ、と…そ、そういえば!」

「うん、」

「今日、は!良え夫婦、の…日…や、な…、」


終わった、完全に終わった。

やって、名前、何云うてんねやろこいつみたいな顔でポカーンしとるもん!

そら、付き合うて二〜三年の奴に今日って良え夫婦の日なんやって!っちゅーて云われても、せやから何?私達もそうなりたいって?うーわーないわーマジないわーってなるで!

くそ、白石の阿呆!ハゲエクスタシー!

俺が無言で俯いとると、名前が口を開く。


「音楽の谷山先生の所は良い夫婦って感じだよね。何だっけ?育休?旦那さんも一緒にとったらしいし。」

「へ、へぇー、そうなんや、」


良いよね、そういうのっちゅーてカーディガンの袖を伸ばしながら笑う名前。

あれ…俺の考えとった反応と全然違うんやけど。

名前はこういう話興味無いっちゅーか好きやない気がしとったんやけど…もしかして、もうちょい掘り下げても良えんやろか…?

意を決して言葉を繋ぐ。


「名前も…何や、憧れ…とかあるん?」

「何に対しての?」

「せやから、良え夫婦って云われる事に、」


そう聞くと名前は、んー…と空を見上げながら考える。

少しお互い黙っとるだけなのにやけに長く感じるんやけど、めっちゃ辛いんやけど…早う答えて…!

ちらちら名前の方を気にしとったら、名前はそうだねーっちゅーて話始めた。


「そりゃ、彼処のご夫婦仲悪いんですってーとか噂されるよりかは全然良いと思うけどさ、回りにどう思われようと本人達が幸せなら、私は良いと思うんだよね。」

「…そうなんや、」

「まぁ、私は結婚しないから関係無いんだけど。」

「…え!?」


最初こそ良え話やなぁ…って聞いとったんやけど、名前の結婚はせん発言に素で吃驚してしもた。

嘘やろ…そんなん、俺(考えたくもないけど、俺以外の男も)可能性ないやん…ショック…!

せやけど、何で嫌なんやろか。

名前、料理上手やし、ちゅーか家事全般そつなく熟すし普通に良え嫁さんになれる思うんやけど…よ、し…これは聞いてみよ…!


「何で結婚せえへんの?」

「ん…いや、まぁ…私、束縛されるの嫌なんだよね。一人の方が自由だし、何しても誰にも何も云われないしさ。」

「さよか…、」

「それに、もし結婚したとして子供が出来たら、育てきる自信がないんだよね。自分の事で一杯一杯なのに更に子育てしろって云われても、いやいや無理ですってなるじゃん。」

「た、確かに…、」


名前の口からこういう話聞くのは初めてでどう返したら良えんか思い付かへんくて曖昧に返事をする。

せやけど、今度はどう話を繋げればこの気不味い空気を抜けられんねん!っちゅーて黙って考えとったら、名前がまた口を開いた。


「それに、こんな親じゃ生まれてくる赤ちゃんが可哀想だわ。私が育児ノイローゼにでもなって殺しちゃったら、赤ちゃんも折角生まれたのに堪ったもんじゃないでしょ?」


そう云う名前が、泣いとるように見えてカーディガンで隠れた名前の細い手首を掴んだ。

吃驚して俺を見る名前は小首を傾げながら、謙也?っちゅーて俺の名前を呼んだけど、返事よりも先に言葉が零れた。


「そんなん俺がさせへん。俺も名前と一緒に子育てするし、家事もやる。名前がノイローゼになりそうなら俺が代わりに赤ちゃんの世話する。そら、知識なんて無いかも知れへんけど、それで名前がまた元気に笑えるようになるんやったら頑張るで。それに、」

「え、待って待って待って。ちょ、謙也、落ち着いて。」


え、俺、何か変な、事……云うたわ…今云うたわ…。

ああ、さらば…俺の初恋と初彼女。

めっちゃ恥ずかしい…どん位恥ずかしいかって聞かれたら、穴があったら入りたいっちゅーてよう云うけど、最早其処で一生を過ごしたい位には恥ずかしい。

これ絶対顔真っ赤やわ…。

恥ずかし過ぎて片手で頬っぺた擦っとると、隣から笑い声。


「ちょ、笑わんといてや!」

「だって…顔真っ赤…っ!」


もう一回、笑うな!っちゅーても名前は逆にもっと笑うし話聞いてもらえへんから、俺は掴んどった名前の手首から手を離して歩き始めた。

後ろから名前のパタパタ走ってくる足音が聞こえたかと思うたら、右手に暖かいものが触れる。

見ると、白くて柔らかい名前の手が自分の手に重ねられとった。

まだ笑っとるし。

ぶすっとした表情で前を見とると名前が、凄い変な顔してるよっちゅーて俺の頬をつつきながら、謙也、と名前を呼んできた。

まだ名前ん事見るのは嫌やったから、ん、って返事だけしたったら、名前がぽつりと呟く。


「嬉しかったよ。」

「え?」

「何て云うか、ちゃんと考えてたんだって思った。」

「そんなん、好きな子との事なんやから考えるの位当たり前やろ。」


照れながらも云い切ると、やっぱり名前は相変わらず笑っとって。

せやけど、名前の柔らかい頬がほんのり赤く染まっとるのを俺は見逃さへんかった。


(名前、昨日謙也と何か有ったか?)
(そうだなー、プロポーズされちゃったかなー。)
(え?)
(ちょ、名前!云うなや…!)
(え、駄目だった?)
(駄目だったとかそういう事やなくて、)
(謙也…、)
(な、何や、白石…、)
(確かに新しいステップとは云うたけど…俺のおらん間に名前に何してくれてんねんんん!!)
(違うねん!いや、違わんけど違うねん!)
(それに、お腹の子供も大事にしてくれるって云ってくれたんだ…。)
(名前ー!話を拗らせるような事云うたらアカーン!)
(おどれ謙也、一発殴らせろ。)
(口悪っ!)


2012/11/29
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