「ほななー!」
「またねー。」
手を軽く振りながら友達と別れて、私は自分の家に入った。
ローファーを軽く脱ぎ捨て、重い足でリビングまで行き、最近買ったらしい大きめのソファーに背負っていたバックをぽいっと投げた。
一つ溜め息を吐いて、かっちり締めていたネクタイを緩める。
「…あっつ、」
九月に入ったのに未だに続く残暑のせいで、だらだらと汗が首筋を伝う。
そんな感覚が気持ち悪くて、バスタオル片手に風呂場に向かった。
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ぷるぷると頭を振って水を落とし洗い立てのパジャマに身を包む。
バスタオルを頭に被ったままリビングに行くと、何時の間にか買い物から帰ってきていた母さんがいて、ただいまと声を掛けて自分の部屋に上がった。
パタンとドアを閉じ、ベッドに腰掛け携帯を開いて時間を見る。
携帯のデジタル時計には、六時半と表示されていた。
私は携帯を枕元に置いて、そのままベッドに寝っ転がり天井を見上げた。
ちらりと窓を見れば日も大分落ちてきたから、カーテン閉めなきゃとか暫くボーッと考えていると、その窓の外から明かりが差し込んできた。
どうやら、隣の部屋の住人も丁度帰ってきたらしい。
私はむくりと起き上がり、いそいそとカーテンを閉め始めた。
いや、部屋の中とか私とか見られたくない訳じゃなくて(かと云って見られたい訳でもない)普通に夜になるし、ね、うん。
そう思いながらカーテンを閉めていると、閉め切る直前に隣の住人がくるりと此方に振り返って、ばちっと目が合った。
何年か前までは何とも思わなかったのに、今は何となく気不味くて私は慌てて目をそらした。
自分で閉め切ったカーテンをただただ見詰めていると、下の階から名前を呼ばれ、ハッと我に帰り急いで返事をして部屋を出た。
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私は早目に晩御飯を済ませ、帰ってきた時に投げ捨てた鞄を持ち、また部屋に戻った。
授業で出された課題に手を付けようかと思っていたけど、何故かやる気になれなくて、早々に切り上げベッドに背を預け床にぺたんと座り込んだ。
暇潰しに携帯を開いてみても、メールも着信も特になし。(まぁ、例え有ったとしても面倒だからあまり返しはしないんだけど)
もう何にもやる事が無くて、寧ろ何にもやりたくなくて、携帯をベッドの上に置き体をそのまま床にころんと横になり、重たくもない瞼を閉じた。
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一瞬体がビクッと跳ねて、そのはずみで目が覚めた。
床で寝ていたせいで体の半分が痛いけど、ゆっくり上半身を起こして辺りを見回す。
部屋の中は私が意識を手放した時と何にも変わってないまま、天井の電気は煌々と部屋中を照らしていた。
まだ完全に目が覚めてないが、時間を確認するためにベッドの上に無造作に置かれている携帯を手に取る。
開こうとする直前に、サブディスプレイがチカチカ点滅してメールが来ている事を報せていた。
誰からだろう、とか、そんな時間経ってないと良いけど、とか考えながら携帯を開いてメールを見ると、途轍もなく意外な人物からのメールだった。
from:一氏ユウジ
件名:non title
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窓開けろや。
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「…え…怖…、」
限りなく脅迫に近いメールに多少恐怖を覚えながら、受信した時間を確認する。
メールを受信した時間は十一時六分、携帯の画面の端に表示されている時間は十一時四十九分。
これは…完全にやらかしてしまったような気がする。
ユウジは気が短いから、こんな時間まで私の部屋の窓が開くのを待っているなんて考えられない。
そもそも、夜遅くに一体何の用事なんだろうか。
ユウジとは違う学校に入ってから、言葉を交わす所か、顔すら会わさない位疎遠になっていた。
そんなユウジがメールしてくるなんて、何かあったのかな…まさか、お金とか要求されちゃったりしたらどうしよう…いや、あのユウジに限ってそんな事は…でも、人って結構変わっちゃうからな…。
今から窓を開けるか開けざるか頭を抱えて悩んでいると、ヴー!ヴー!と携帯のバイブが鳴り出し、ビクッと肩がはねた。
いきなり上がった心拍数を落ち着かせるため、深呼吸をして胸を撫で下ろしてからメールを見る。
from:一氏ユウジ
件名:non title
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寝とんのか。
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私は、バッ!と振り返って窓を凝視した。
…待っている…完全に待っていらっしゃる…!
これはもう窓を開ける以外の選択肢が残っていない。
私は、どう云い訳をしようか考えながらカーテンを捲り、恐る恐る窓を開けた。
「遅過ぎやろ、なんぼ待たす気やねん。」
「…ごめん、」
開けた先には、想像していた通りご立腹のユウジが腕を組み、眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。
あまりの凄みに多少たじろいだけど、数年前に見たユウジと然程変わってなくて、何となく安心する。
暫く私が何も喋らずにいると、やっと呼び出した本人が口を開いた。
「久し振りやな。」
「そ、だね…、」
「そっち、上手くいっとるんか。」
「まぁ…悪くはない、よ、」
「…ふーん…。」
何だ、只話したかっただけだったのかな。(若しくは、話し相手が欲しかっただけ…?)
それからまた二つ三つ聞かれて返すとユウジは、さよか、と何となく寂しそうな顔で横を向いた。
ユウジが何も話さないから私も少し俯いて口を噤んでいると、おい、と声を掛けられる。
それは勿論目の前の人物の声で、すっとユウジを見る。
するとユウジは伏し目がちに視線を泳がせて、あーとかよく分からない喃語みたいな言葉をか細い声で発しているかと思ったら、いきなり自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「え、何…して、」
「あー、もう!お前、ホンマ阿呆っ!」
「な、はぁ!?」
折角心配して話し掛けたのに阿呆呼ばわりされて、怒りを通り越して呆れてしまった。
ユウジってこんな扱いにくいキャラだったか…?なんて昔のユウジを思い出しながら首を傾げていると、私が何にも云わない事に痺れを切らしたのか、ユウジは窓から身を乗り出して私の頬を摘まんだ。
「いひゃいってばっ!」
「…ホンマに、覚えてないんか、」
「へ?」
「…もう良え、夜遅うに付き合わせてもうてすまんかったな。」
一瞬悲しそうな顔をしたユウジはもう一言、阿呆と云って乗り出していた半身を戻して窓を閉めようとしていた。
動揺しながらパッと解放された両頬を優しく撫でる。
ユウジがあんなに気にするなんて…今日何か有ったっけ?と、携帯をポチポチつつきながらカレンダーを見てみた。
…あ、そうか。
私は携帯の時間を確認し、全て閉まりそうな向こう側の窓に無理矢理手を挟み込んだ。
少しだけ手首が挟まれたけど、ユウジがぎゃあっ!と叫びながらも直ぐに開けてくれたから、あまり痛くはない。
そんな事より、云わなきゃ、伝えなきゃ。
今云えなかったら、もっとユウジと話せなくなってしまう。
私は、ぎゅっと拳を握って喉の奥から声を出した。
「おめ、でとう、」
「は、」
「誕生日!」
「…………。」
…あれ、違った?
あまりにもユウジが何の反応も示さず、段々俯いていくから心配になってきてユウジに声を掛けると一言も言葉を発さず、勢いよくピシャリ!と窓を閉められた。
…え、頑張った結果がこれって、一体どんなSMプレイですか…。
地味に落ち込んでいると、またヴー!ヴー!と携帯が鳴って、ちらりと目をやり、溜め息を吐きながら携帯を開く。
メールを見ると、さっきまでの暗い気持ちは何処かに行ってしまって、私は携帯を両手で握り締めながら口元を綻ばせた。
何だか今日は素敵な夢が見れそうな気がした、そんな午前零時過ぎ。
from:一氏ユウジ
件名:non title
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名前に一番に祝うて貰えて
めっちゃ嬉しい。
ホンマ、おおきに。
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2012/09/11 H.Yuzi HappyBirthDay.