「誰?」
「名字さんの後輩の財前です。」
部長等に押し付けられた見舞いの品持ちながら呼び鈴鳴らして待っとると、玄関から出てきたのは名前さんやのうて名前さんにほんのり似とるような似てないような、微妙な顔の兄弟らしき人が出てきた。
俺が軽く自己紹介すると相手は、あーみたいな表情でちょい待っててなーっちゅーて云うて、玄関開けっ放しで二階に向かって叫ぶ。
「名前ー、何かイケメンが来てんぞー。」
何云うてんねん、こいつとか思いながら俺も名前さんの返事を待ってみたけど、何時まで経っても二階から名前さんの返事が聞こえてこない。
もう一度兄貴みたいな人が声を掛けてみても変わらずの無言。
「あれ、寝てんのか?面倒臭ぇな…あー、悪いけど、もうちょい待っててもらえる?」
「いや、体調悪いみたいやし、これだけ渡してもらえれば「…何、」え、」
二人同時に階段を見上げると、上の方におるから上半身しか視界に入らへんのやけど、だらんと気怠そうな白い手が見えた。(ホラーか)
流石の兄貴みたいな人も心配して階段を上がろうとしたが、名前さんに止められる。
「来んな…何か、キモい…。」
「どういう意味だ、コラ。」
「てか、誰?来たの…、」
「えー…と、」
どうやら、兄貴みたいな人は俺の名前が思い出せないみたいで俺の方に振り返って名前を聞き直す。
「あー…せんと君だっけ?」
「財前です。」
「そうそう、財前君財前君。」
兄ちゃんうっかりしてたわーとか抜かしながら話すと、さっきまでノロノロとしか動いてなかった名前さんが急にバタバタと兄貴を突き飛ばして階段を下りてきた。
おでこに冷えピタしてマスクも深々としとる所を見ると、一週間前とあまり変わりがない。
何か云おうとするより先に名前さんがマスクを指で下げながら喋る。
「何で来たの?用事なら、メールとかで良いじゃん、態々病気持ってる奴の家に元気な奴が来るなよ。移されたいの?」
「移されたい訳と違いますけど、言葉だけじゃないんで直接来ただけですけど。」
「…あのさ、」
また何か名前さんが云おうとすると、名前さんの兄貴がまぁまぁまぁーと緩く乱入してきた。
名前さんはギロリと兄貴を睨んどったけど、そんなのどこ吹く風で、名前さんの兄貴はひょいっと名前さんを肩に担いだ。
ポカンと口を開けていると、名前さんの兄貴は玄関で喧嘩されても敵わねぇからそういうのは個室でやってもらえる?っちゅーて、階段を上がっていった。
俺は入って良えんか?って思っとると、上の方からぎゃんぎゃん騒ぐ名前さんの声と一緒に名前さんの兄貴の声も聞こえてくる。
「せんと君も上がって上がってー。」
もう訂正するのも無駄やし、取り敢えず俺はお邪魔します、とだけ云って靴を脱いで階段を上がった。
二階に上がってみたものの、結構ドアの数があってどの部屋か迷ったけど、名前さんの声を頼りに辿り着く。
名前さんの部屋であろうドアを軽く二回ノックすると、中から名前さんの兄貴の口論が聞こえてきた。(リアル修羅場や)
ここは、静かになるまで待っといた方が利口やなって思ったと同時にドアが開いて名前さんの兄貴が出てくる。
名前さんの兄貴は、まぁ、積もる話は中でどうぞっちゅーて一階に下りていって、俺は少し開いとるドアを押して部屋に入った。
さっきまであんなに騒いどった名前さんは嘘みたいに静かにベッドに横になっとる。
俺は、ベッド付近で腰を下ろして始めこそ名前さんの背中をぼーっと眺めとったけど、流石にこのまま何にも話さへんのもあれやし、色々聞いてみる事にした。
「体調、どうっすか?」
「見ての通り、絶不調。」
「……、」
「……、」
こないな状態でまともな会話が弾む訳がない…!(そもそも、俺話すのとか好きやないし)
あー…って頭を抱えとると、ゴホゴホ!っちゅーて名前さんが派手に咳き込んだ。
しかも、中々その咳が止まらんくて多少動揺しながらも、気休めでも名前さんの背中をゆっくり撫でとったら、段々と咳が治まってきた。
少し咳が治まっても何となく心配で背中を撫で続けとると、名前さんから消えそうな位小さな声で、ごめんと謝られた。
「何で謝るんですか?寧ろ、此方の方が無理矢理押し掛けて、すんません。」
「…いや、まぁ…それは、もう良い…、」
そうじゃなくて、と名前さんは仰向けになりながら話を続ける。
「部活の、話…。」
「あー…せやけど、今回のは皆事情知っとるから気にせんで良えと思いますよ。」
そう云うと、名前さんは安心したように息を一つ吐いてゆっくりと瞼を閉じた。
というか、今気付いたけどこの部屋結構暖房入っとって暑いのにマスクもして布団完璧に被っとるのに名前さんは汗一つかいてへん。
ホンマに唯の風邪なんか?
らしくもなく妙に不安になって、唯一気怠そうに布団の外にある名前さんの左手に自分の手を重ねるように置いて握った。
名前さんは少し驚いてうっすら目を開けたけど、抵抗するのも面倒なんかそのまま何事もなかったようにまたゆっくり目を閉じる。
可笑しい。
何時もなら、何かというと他人に体触られるのをめっちゃ嫌がるのに(どんなに体調悪い時でも蹴ったりしはるし)今の名前さん何の反応もせえへん…可笑しい…。
名前さんに色々と聞こうか聞くまいか一人で悶々としとると、ポケットの中の携帯が震える。
サブディスプレイには白石部長の文字が表示されとって、俺は名前さんの手を握ったまま携帯を開き、メールを確認した。
内容は至って普通のもんで(まぁ、普通の以外なんかあんま思い付かへんのやけど。ちゅーかこの状況でふざけたの送ってきたらしばく)寄り道せずに名前さん家に行ったかとか、俺等のなけなしの小遣いで買った手土産はちゃんと渡したかとか…お前は俺のオカンか。
はぁ、って溜め息吐きながら"はいはい"とだけ返信してまた携帯をポケットの中に仕舞い込むと、名前さんがゆっくりした動きで此方を向く。
どうかしましたか?って聞いたら、何かあったのと限りなく単語に近い質問が投げ掛けられた。
「部長から寄り道せずに行ったかとか土産は渡しかとかっちゅーメール来ただけっすわ。」
「…彼奴はオカンか、」
それ、俺も思いましたって云うたらほんの少しやけど名前さんは笑うてくれた。
暫く笑うた後、名前さんは深く息を吐く。
ちらっと部屋の時計を見れば、来てからもう一時間近くは経っとる…流石に、人様の家に長居するのは気い引けるわ。
「長い事おって、すんません。良え時間やし帰りますわ。何か先輩等に伝言とかあります?」
絶対聞いて来てや!っちゅーて先輩等に云われた話を名前さんに聞いてみたら、ゆっくり首を左右に振る。(ざまぁないわ)
「早う風邪治して下さいよ、ほな。」
そう云うて立ち上がろうとしたら、くいっと左手の小指が弱い力で引っ張られる。
見れば、名前さんの白い手が俺の小指を控え目に握っとった。
俺がぽかんとしとると、名前さんはハッとして直ぐに指を離す。
「…ごめん、何でも…ない、」
嘘吐き。
何でもない奴がそない泣きそうな顔する訳無いやろ。
はぁ、て態と大きく溜め息を吐いてさっきまでおった場所に座り直せば、今度は名前さんがぽかんとした表情で此方を見てくる。(そら、さっき帰る云うたしな)
て、戻ってきたのは良えけど何て話し掛けようか考えとると、名前さんから話し掛けてきた。
「…帰んないの?」
「名前さんが俺の事引き留めたんやん。」
そう云うと、名前さんは眉間に皺を寄せて顔を引き攣らせる。
俺はそんな名前さんの手に自分の手を重ねて、序でに(かなり控え目に)指も絡ませた。
流石に指絡めたのには驚いたみたいで、びくっと名前さんの手が跳ねた。
少なからず動揺しとるんか視線が定まってない名前さんが面白くて笑いながらも、繋がっとる手を軽く挙げて口を開く。
「こうしとったら、寂しくなくなるんやろ?」
なんならオプションで背中ぽんぽんっちゅーて撫でたりしましょか?何て茶化せば、カリッと爪をたてて(まぁ、全然痛ないんやけど)そのまま顔を壁の方に向けてしもうた名前さん。
流石にやり過ぎたかも…。
せやけど手は離そうとせえへんから、ホンマはめっちゃ心細かったんやろなー、名前さんも結構可愛い所あるやん、何て思いながら、俺もベッドの縁に頭を預けてゆっくり目を閉じた。
(一日でも早く名前さんが元気になりますように。)
2013/01/14