「何が悲しゅうて自分なんかと二人で祭りに来なアカンねん。」
「それは小春に云えってさっきから云ってるでしょうが。」
大勢の人の波に飲まれながらも私とユウジは、こんなやりとりを彼此十分以上繰り返している。(ユウジは昔からこう、自分の置かれた状況を中々見ようとしない)
私が一つ溜め息を吐きながらポケットに手を入れ、ふと前を見るとユウジとの距離が離れてて急いで浮かれた人の合間を縫って追い掛けた。
何とか最初の距離まで追い付く事が出来たけど、ユウジは此方なんて一切振り返らずに(寧ろ回りを見ていない)どんどん先に進んでいく。
小春が急に来れなくなったからって屋台すら見る気になれないのかな。
折角なんだから色々屋台とか見て回りたかったけど、はぐれると物凄く面倒な事になりそうだから我慢して先を行く背中を只追い掛けた。
「何処まで行くの?」
「……。」
「おい、こら、河童。」
「誰が河童や、呆け。」
どうやら今は悪口しか耳に入らないらしい。
まぁ、そこも昔からだから最早追求はしないのだけれども。
私はそれ以上何も云わずに、大人しくユウジの後を着いていった。
暫く無言で歩いていると、ユウジの足が止まって私も同じように歩みを止める。
さっきまであんなに騒がしかった声が殆ど聞き取れない程静かで、屋台の光も届かない人気の無い薄暗い場所。(只、でかい建物みたいな何かがあるのだけはぼんやり見える)
暗闇に目が慣れてくると、段々と前にある建物がこじんまりとした神社である事が分かった。
「え、自分は人混み苦手やろ?俺が何でも買ってきたるさかい、此処で待っときって事で大丈夫?」
「違うわ。」
「否定するの早。」
何で俺だけ損せなアカンねん、とギロリと私を睨むユウジに、私も負けじと睨み返してやった。
先に視線を外したのは私。(折角お祭りに来たのに、いがみ合ってちゃ楽しい気分も台無しだし)
溜め息を一つ吐いて賽銭箱の前に座り込む。
太股の上に肘をついて少し離れた屋台の明かりをぼーっと見ていると、私の隣にユウジが座った。
「…ねぇ、」
「何や。」
「もう疲れちゃった、帰ろうよ。」
「…はぁ!?」
そう私が云うと、ユウジはこれでもかって位眉間に皺を寄せて驚いていた。
疲れたって来たばっかやん!とユウジは私の腕を掴んでぐらぐら揺らす。(掌に顎をおいてるから頭も一緒に揺れて少し気持ち悪い)
仕方無く、まだ我慢するよ!と云えば、ユウジは何となく納得してないような表情をしながらも私の腕をゆっくり解放した。
自分の腕を見れば結構な力で握られていたのか、掴まれた所がほんのり赤くなってたから(あんな短時間で何で?)そこを擦りつつ、空を見上げる。
見上げた夜空には星はあんまりなく、綺麗な満月だけがポツリと浮かんでて、何か少しだけ切なくなったから足元に視線を移した。
これからどうしよう。
暫くはここにいなくちゃいけないんだけど、あの人混みにはあまり戻りたくない。(あれは人がいていい空間じゃない)
私が一人であれやこれやと考えていると、隣から声が聞こえてきた。
「名前、」
「何?」
「あー…いや、やっぱ良えわ。」
「何それ、逆に気になる。」
直前で言葉を濁して私から顔を背けたユウジに詰め寄れば、こっち見んな、って頬をぺちっと軽く叩かれ、そのままぐいっと離された。
話し掛けたのはそっちでしょうが、とか思ったけど敢えて何も云わずにしておいた。(しつこく問い詰めると本気でキレるし)
その後もユウジが何も云わないから、私は立ち上がって神社の周辺をふらふらと探索した。
私達が座っていた所から丁度裏手側に物凄く小さなお稲荷様がいたので、取り敢えず撫でておいた。
神社を一周して帰ってくると、ユウジがポツリと空を見上げていた。
センチメンタルユウジ降臨、なんて軽い冗談を考えながら駆け寄ろうとすると、ユウジが一人で喋り出した。
「無理、俺にはどう考えても無理…おん……や、せやけど…、」
何だか出て行きにくくて、角からゆっくり顔を覗かせ盗み見る。
すると、月の光以外にユウジの頬辺りがぼんやり照らされていた。
どうやら、ユウジは誰かと連絡を取っているみたい。(あれが独り言だったら、幼馴染み止めるわ)
人の電話の内容を聞く趣味はないけども、この場所が結構静かだからユウジの声もそこそこ聞こえてくる。
…不可抗力なんだ、私は悪くないぞ…!
バレないように影に隠れて電話が終わるのを静かに待っていると、ユウジの口から予期せぬ人物の名前が出てきた。
「やっぱ、まだ早かったんやろか…なぁ、どない思う?小春…、」
…え?
私の聞き間違いだろうか、今確かに小春って聞こえたんだけど…というか、小春は用事で来れないからお祭り断った筈だし…どういう…。
「ふ…ぅ、あ…ぶぇっくしっ!」
「うぉ!?」
もう少し話を聞いてから出て行こうとしたのに、予期せぬくしゃみのせいで、その計画は脆くも崩れ去ってしまった。
私が帰ってきたのに気付いたユウジは慌てて電話を切り、私が隠れている所までずんずん歩み寄って来た。
何か言い訳を考えるよりも先に見付かってしまい、俯いていると両頬を摘ままれ、半ば強引に顔をあげさせられる。
こういう気不味い時にどんな顔をして良いのか分からないし、何か目を合わせるのもあれだし、どうしようかと視線を泳がせていたら、なぁ、と話し掛けられて一瞬だけユウジの目を見て直ぐに斜め右上を向く。
すると、ユウジは何処かばつが悪そうに話し掛けてきた。
「…さっきの、聞いたんか。」
「…バッチリ。」
未だに目を合わさず、私がそう答えるとユウジは盛大な溜め息を吐いて項垂れた。(吐くな、吸え)
何て声を掛ければ正解なのか分からなかったから、独りぼっちの月を見ながら固く口を閉ざす。
数秒位黙ったまま、ユウジも何も云ってくれないし、このまま気不味いのも嫌で、喉の奥から声を絞り出した。
「あのさ、」
「あんな、」
私が口を開いたのと同時にユウジも話始めたもんだから、折角絞り出した台詞は二文字違うだけの似たような台詞にあっさり掻き消されてしまった。
まぁ、私が話した所で何も考えてなかったしユウジが話した方が良いんだけども。
そう思って先に話をするように譲ると、少し考えてユウジは一呼吸置いて話始めた。
「何や…名前、最近忙しゅうて休んでへんみたいやったから、息抜きにでも行ってきたらどやっちゅーて、小春が…、」
「なら、小春も一緒に来れば良いのに。」
「いや、それは…!」
ドーン!
慌てたようにユウジが私に詰め寄った瞬間、大きな花火が夜空に咲く。
最初は私もユウジも呆気にとられて馬鹿みたいに口をポカーンと開け、ただただその花火に驚いていたけど、空に花火が沢山上がっていくにつれ、その景色に見入っていた。
さっきの…色々と聞きそびれちゃったけど、まぁ、もう良いかなんて思いながら視線を空に戻すと、右手の小指に何か暖かいものが絡まる。
ゆっくりと右手を見てれば、ユウジの左手の小指と繋がっていた。
…嗚呼、花火やってて良かった。
じゃなかったら、こんな火照って緩みきった顔で、まともにユウジの顔を見られないから。
私は目を閉じて、花火が打ち上がる音だけ聞く。
もしかしたら、これは全部夢だったりして。
酷く質の悪い幸せな夢。
でも、花火が打ち上がる音に紛れて聞こえた声だけは、どうか現実であって。
(来年も、また)
2012/09/24