「善哉食いたい。」
「へぇ。」
「名字さん、買うてきて。」
「何でじゃ。」
部活も休み、外に出る用事もなく部屋でごろごろしとると、突然(一応)先輩の名字さんが遊びに来た。
何回か帰れっちゅーたけど、帰る素振りを一切見せへんから潔く諦めてベッドに横になって雑誌とか読んどったけど、途中から無性に善哉が食いたくなって床に横になっとる名字さんに云うてみた。
勿論、名字さんは嫌がって狭い床をごろごろと転げ回る。
まるで躾のなっていない犬やな。
そんな名字さんに失望しながらも、話を続けた。
「金は俺が出しますわ。」
「んなの当たり前でしょ。何でパシリまでさせといて、金まで私が出さなきゃなんないの。」
「そういう可愛うない所、直した方が良えですよ。」
俺がそう云うと、名字さんはむっきー!財前だって可愛くないじゃん!っちゅーて手足をばたつかせて文句をたれる。
ホンマ善哉食いたいから、早う行ってくれへんかなーって思いながら話しとると、名字さんは溜め息を吐きつつも暴れるのを止めて床に座り直した。
やっと行く気になったんスか?と聞けば、財前がしつこいから致し方無くですー、と口を尖らる。
「ほなら、千円預けますんで宜しくお願いしますわ。」
「お釣りで何か買っちゃ駄目?」
「あんま高くない物なら別に良えですよ。」
お金を渡しながらそう云うと、名字さんは、えー?っちゅーてまた文句をたれる。
「何か買って良えだけでも十分やと思いますけど。」
「財前のケチ。まぁ、良いや…行ってきますー。」
知らん奴に着いていったらアカンでー、と云いながら窓から軽く手を挙げて見送ってやると、名字さんは気怠そうに振り返した。
名字さんが角を曲がって見えんくなったところで、俺も動き出す。
流石に、こない暑い中先輩に買い出し頼んどいて何にも用意せえへんっちゅーのは、アカンやろ。
せめて部屋位涼しくしといたろ思って、俺はエアコンのスイッチを入れた。
------------
暫くすると呼び鈴が鳴って、下から財前ー!と呼ぶ声が聞こえてきた。(呼び鈴の意味あらへんやん)
俺は窓を開けて、開いとるから勝手に入って下さいとだけ返して、直ぐに窓を閉める。
名字さんが家に入ってきた音と同じ位に、俺も涼しい部屋から出た。
階段を降りて一階に行くと、玄関近くでのぺっと床に倒れ込んどる名字さんを発見。
生きとりますか?って聞いたら買ってきた善哉が入っているであろう袋を軽く持ち上げて答えた。
「ご苦労様。二階行けます?」
「無理歩けない死んじゃう。」
「ほなら、引き摺って連れていってやりますわ。」
「は?」
名字さんの両手をしっかり掴んで、二階に上がる階段まで引き摺る。
階段との距離が近付くにつれて、名字さんの頬が引き攣る。
「まぁ、名字さんが歩きたない云うたんやし、多少痛いのは我慢せなな。」
「まさか、このまま上がるなんて事は、」
「ありますけど。」
ニヤッと笑いながらそう返すと、名字さんはさっきのこんにゃくみたいにのっぺりとした状態から、急いで立ち上がりバタバタ階段を上っていく。
俺も後について上がっていくと、名字さんが俺の部屋のドアを開けて立ち尽くしとったから、軽く背中を蹴って無理矢理部屋に入れた。
名字さんは、何で財前はそんな暴力的なのさー!と背中を擦りながら怒っとるけど、相手するの面倒やから無視。
反応がないのが気に食わへんのか、ぶーぶー文句たれる名字さんを他所に本題に入る。
「善哉、買うてきてくれました?」
「まぁねー。ん、どうぞ。」
「おおきに。」
名字さんは、頬を膨らませながらも袋をガサガサと漁り、取り出した善哉と箸を俺に手渡した。
それを両手で受け取って礼を云うと、名字さんは一瞬驚いたような顔をしはったけど(礼云うのは当たり前やろ)直ぐに厭らしい笑い方に変わる。
キモい名字さんを無視して、黙々と善哉を食べる用意する。
箸を割った所でふとある事を思い出して、部屋に置いてあった団扇でパタパタ扇いどる名字さんに問い掛けた。
「そういえば、名字さん何か買ったんですか?」
「買った買ったー。折角の財前の奢りなんだし、ギリギリまで使わなきゃ!因みにお釣りは百五十七円ね。」
「…ホンマ、えげつないわー。」
多少引き気味にお釣りを貰うと、名字さんは笑いながら袋を漁り、何かを手に取った。
チリン、と乾いた音が聞こえたかと思うと視界に入って来たのは、綺麗な青色で絵付けのされた風鈴やった。
俺が呆れたような馬鹿にしたような微妙な顔をしとるからか、名字さんは何その顔ー!と俺以上に馬鹿みたいな表情で笑い転げる。
余りにもムカついたから軽く蹴ると、またそうやって暴力に走る!とか騒いどるけど、やっぱり無視して黙々と善哉を頬張る。
暫く無視し続けとると、騒ぐのに飽きたんか名字さんは机に置いた風鈴を弄りながら俺が食べとる善哉をじっと見つめていた。
「白玉一個だけ「やらんで」ケチ。」
大体予想はついとった言葉に即座に返す。
「財前のケチ!善哉厨!」
「何とでも。」
「誰が買ってきてやったと思ってんのさ…!」
「買ってきたのは名字さんやけど、金は俺のやろ?」
「ぬぐぐ…、」
名字さんはギリッと歯軋りをしながらも、何かを思い出したかのように風鈴を手に取った。
その風鈴と交換とか云うたら殴りますよ、と前置きをすると、違いますーと口を尖らせて窓の方に向かって、風がよく当たりそうな場所に括り付け始める。
「勝手に人の部屋にやられると迷惑なんすけど。」
「ならば、大人しく白玉一個頂戴「嫌や。」畜生め!」
怒りに任せてこれでもかっちゅー程の勢いで、風鈴を括り付ける名前さん。(最早、風鈴に同情するわ)
ふんっ、思い知ったか!みたいな顔で此方見られても、ほどけへんのやったら切れば良えって事実には気付いてないんやろなーって思うと、あまりにも阿呆過ぎて不覚にも笑ってしもた。
名字さんは、何笑ってんの?っちゅーて怪訝な顔で聞いてきたからちょいちょい、と手招きする。
素直に近付いてきた名字さんの目の前に、箸で摘まんだ白玉を差し出した。
「何?もしかして、くれるとか…!」
「今だけ。」
「え、マジ!?」
云うが早いか名字さんは白玉を口に運んだ。
どうっすか?と聞けば、親指を立てながら物凄く嬉しそうというか満足したような表情をしとった。
俺が箸をじっと見とると、白玉はもうないよっちゅーて不思議そうに云う名字さんに違う違うと返して続ける。
「只、間接キスやなって思っただけっすわ。」
「き、っ!」
俺が云ったと同時に名字さんの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていって、顔真っ赤っすよっちゅーて茶化したら、動揺してわたわたしとった名字さんが床に置いてあったクッションに足をとられて派手に転けて頭をぶつけとった。
こういうバ可愛え所とか結構好きやねんなーとか頭の片隅で思っとったら、括り付けられた風鈴が風になびいてチリン、と綺麗に鳴った。
2012/08/03