君の事なんて忘れた、そう、思ってた。

久し振りに自分の時間が取れたから、部屋の掃除を思い立って色々と掃除の用意をする。

最近じゃ、仕事でてんてこまいで落ち着いて掃除なんて出来てへんかったし、汚れの目立つ箇所を所々見付けて拭いていく。

やっぱり、身の回りが汚いと気分も落ち込むしな…掃除は忙しゅうてもきっちりしよ、何て考えながら上の方の棚を拭いていると、手に何かが当たってその物が床にカンッちゅー音をたてて床に転がった。

何やろか、と台から降りて転がった物を手に取る。


「指輪…?誰のや?」


手に取って見てみれば、それは埃を被っとったけど綺麗なシルバーの指輪やった。

俺、こんなアクセサリー買うたか?暫く考えてみたものの、全く覚えがない。

そもそも、アクセサリーを買う余裕が俺の財布にはない。(ちゅーか、あんまり着けへんしなぁ)

取り敢えず、その指輪を机の上に移動させて、俺は掃除を再開した。

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掃除機かけて、雑巾掛けして、仕上げにホイップルワイパーで拭いて終了。

窓から外を見ると、結構な時間が経っとったみたいで夕日が差し込んできとった。

俺は、冷蔵庫から自分への褒美に買っておいた酒の蓋を開けて一口飲む。

暫くちみちみ飲んでいると、ふと視界に入ったあの指輪、何のために買うたんか、誰のために買うたんか分からない正体不明の指輪は、部屋の中に差し込む夕日に照らされてキラキラ光っとる。

改めてそれを手に取ってまじましと見る。


「やっぱり、見た事ないわ…。」


もしかしたら、謙也が遊びに来た時に忘れたもんかも知れへん、せやけど、謙也がこないシンプルな指輪買う訳ない(いや、よう知らへんけどな)

そもそも、謙也も万年金欠とか云うとるしな…せやけど、医者の息子やしホンマかどうかは興味あらへんけど。

酒を飲みながら、ぼーっと心ゆくまで指輪を観察しとると、内側に薄いが名前が彫ってあるのに気付いた。

目を凝らして見てみても、よう分からへん、俺が頼んだにしても、明らかに薄過ぎるやろ…これ彫った奴どないやねん。

はぁ、と溜息を一つ吐いて指輪をコロンと机に転がす。

結局この指輪がどういう経由で買うたんか定かじゃあらへんけど、使い道無いしどないしよ、もういっその事売って金にするのもありやな、今月キツイし。

せやけど、売るにしたってモヤモヤしたままなのも嫌やしなぁ…ホンマどないすれば良えんやろか。

机にうつ伏せて虚ろなまま指輪を見とると、ヴーヴーと向こうの方で何かが鳴っているのに気付いた。

あ、携帯や、今日殆ど一日中放置しとったから、メールとか着信の確認も何にもしてない、
仕事絡みのメールやったら面倒やなぁ、何て思いながらも、椅子から立ち上がってソファーに無造作に置かれた携帯を手に取る。

メールが来たのを知らせるランプがピカピカ光っとって、上司からじゃありませんようにと念じつつ携帯を開くと、そこには見た事無いメアドが表示されとった。

えー…何か怪しいなぁ…流行りの迷惑メールとかホンマ迷惑や。

暫く開けようか開けまいか迷っとったけど、メアド変更とかのメールやったら悪いし俺はしぶしぶメールを開いた。

謎のメールの内容は至ってシンプルなモノで、想像しとった通りメアド変更しましたっちゅー文字、名前を確認したら、同僚のあんま親しゅうない女の子やった。

…面倒やし、このまま消したろかな、いや、でも一応連絡用に取っといた方が良えか。

ぽちぽちとボタンをつついて了解と短く返信して、メアドを登録する、上司も同僚もホンマ面倒っちゅーか疲れるわ…。


「あー…学生に戻りたい…。」


こんな風に仕事に追われんでも良えしー、テニスやってやりたいだけ出来たしー、そもそも満員電車に乗らんでも良えしー何てぼやいてみても返事が返ってくる事は無い(返ってきても怖い)

パチンっと携帯を閉じてまたソファーに携帯をほっぽり投げる。

休みの日位、仕事の事とか忘れたいねん、また一つ溜息を吐いて酒を煽る。

何かテレビでも見よかなーっちゅーてゆるゆるリモコンに手を伸ばそうとした所で、ピンポーンというインターホンが耳に届いた。

正直云うて、今、物凄く誰かと話すの嫌や…せやけど、結構掃除機の音とかで部屋におるのバレとるから居留守は使えんし…致し方無く、玄関に向かってゆっくりとドアを開ける。

すると、そこに立っていたのは大家のオバサンでも隣の浪人学生でもなくて、見覚えのない女の人が綺麗な小包を持って立っとった。

暫くぼけーっと見とると、女の人は慣れてないような笑みを浮かべる。

あ、れ、何や、この人…見た事あるような。


「同じ階の307号室に越してきた名字と申します。これから宜しくお願いします。あ、と、これ…つまらない物ですがどうぞ。」

「…名前?」

「え?…あ、」


俺がぽろっと名前を呼ぶと、女の人は驚いた表情で俺の顔を見上げてきた。

最初は相手も、何でコイツ自分の名前知ってんねん、キモ…みたいな感じで(キモ…はどうか分からへんけど、何となく)見てきとったけど、思い出したように口元に手を当てる。


「久し振りやな。」

「そう、だね。」


名前は、俺が笑い掛けるとほっとしたように溜息を吐いた。

ご近所さんに挨拶するの、そない緊張するか?っちゅーて聞いたら、緊張するよ…!と拳をぎゅっと握って訴えた。

それから三十分位、名前とお互いの近況とか学生の頃だった話とかをして、気が付いたら日もすっかり沈んどってちらほらと星が見える。

俺は、ホンマに何の下心もなしに名前に云う。


「せや、引越祝いに何処か食べに行かへん?」

「今日?」

「おん、アカンかった?」


名前は申し訳無さそうに眉を下げて苦笑いしながら、今日はちょっと…と言葉を濁した。


「何や、もしかして、彼氏と何処か遊びにでも行くん?」


冗談交じりに聞いてみると、名前は頬を少し赤くしてわたわたする…あー、そういう事ですかい。

俺は、何となくモヤモヤ気持ちを表に出さないよう、笑いながら名前に云う。


「待ち合わせの時間に遅れたら彼氏さん怒るかも知れへんし、今日はこの辺でお開きや。長う引き止めて堪忍な。」

「ううん。こっちこそ、忙しいのに長話に付き合わせちゃったし…。また、時間あったら話しようね。」


そう云うて、名前はぱたぱたと自分の部屋に帰って行った。

バタンとドアを閉めて、俺も部屋に戻り、放置されとった酒を一口飲むと、温くなっとって美味しいモンじゃなった。

俺は、今日何回目かも分からない溜息を吐いて、ソファーにダイブ。

肩甲骨辺りに携帯が刺さったけど、気にせずだらんと四肢を投げ出す、チラッと机を見ると、相変わらずそこに置いてある指輪。

全部思い出したわ、あの指輪を、何のために買うたんか、誰のために買うたんか、薄過ぎて何て書いてあるかも読めない名前も、何もかも、名前のためやったんや。

付き合っとった頃はホンマ好きで好きで名前しか目に入らへんっちゅー位名前に夢中やった、あの指輪は、名前と一年の記念にペアで買うた奴や、せやけど、お互いに進む道が違ってきて、高校も大学も離れて、暮らす場所も離れると、面白い位に気持ちも離れていく、社会人になってからは全く連絡も取らんくなって、名前とは他人同然になった。

せやけど、どうしてもあの指輪は捨てらんくてひっそり残しといた、また何時か、名前と笑い合える日が戻ってくるように。


「…女々しいな、俺。」


名前は新しい未来見付けて歩き出しとるのに、俺は何時まで経っても立ち止まったままや。

もうそろそろ前向かなアカンって分かってんのにな、そう考えながら、ソファーから立ち上がって温くなった酒を一気に飲み干した。


2012/07/01
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