「今日も小春可愛えなぁ…、名前もそう思うやろ?」
「そーですね。」
「何やねん、その態度は。」
そんなん毎日毎日聞かされてるから聞き飽きたわ、なんて思いながら適当な返事をすると、私の前の席に座って小春を見ていたユウジはギロリと私を睨む。
ユウジこそ、彼女に向かって何だよその態度は、コラ。
何となくムカついたから私も髪の毛を弄りつつ軽くユウジを睨み返す。
暫く睨み合っていると、ユウジは盛大に溜め息を吐いてふいっと目をそらした。
「名前には小春の良さが理解出来ひんのか?」
「小春が良い子だってのは昔から知ってるけど、毎日毎日態々私の所まで来て"小春可愛い"とか"小春好き"とか云わないで欲しいんですが。」
早口にそう云ってぶーっと子供のように不貞腐れてる。
ユウジは私が彼女っていう自覚がないの?
ユウジにとって私は小春の可愛さを伝えるための只の都合の良いお友達ですか?
…自分で考えただけでもここまで辛いとは。
というか、この話は私じゃなくて普通にクラスメイトとかテニス部の奴にすれば良いのに。
何だかなぁ、小春に嫉妬してる私とかマジ気持ち悪いわ…。
なんて私が一人悶々としている間も、ユウジは小春のここが可愛いとかそこらの女子より女子らしいとかべらべら喋っている。
しかし、私の反応がないのが気に食わないのか、ちゃんと聞いとるんか?と頭をべしっと叩いてきた。
その後ボソッと一言。
「何で名前みたいなド阿呆が俺の彼女やねん。」
…………は?
今の、私、聞き間違えた?
頭の中が真っ白なのにユウジの言葉はぐるぐる回って離れない。
何で、そんな事、云えんの。
そんなに私が嫌いならさ、いっそ
「小春と付き合って結婚でもすれば…っ!」
ぶちって何かが切れたような音が聞こえたと同時に、私は声を荒げて立ち上がった。
勢いで後ろに倒れてしまった椅子は派手な音をたてて皆の注目を集める。
嗚呼、もう、本当、最低だ、私。
完全に嫌われたわ、これ。
そう思えば思うほど目頭が熱くなって視界が霞んでいく。
泣いたら面倒な奴だって思われる…ユウジに、もっと嫌われてしまう。
何だか凄く自分が惨めで、今この空間にいたくなくて、逃げるように教室から飛び出した。
ユウジが何か云ってたけど、聞こえないフリをして兎に角走った。
階段まで走ってきた所で少しだけ後ろを見る。
…別に、期待なんてしてないけど。
ああ、もう泣いちゃいそうだわ。
くしゃっと前髪を掻き上げて、ぼろぼろって予想以上に溢れだす泪に多少吃驚しながらも、とぼとぼ歩いて屋上に続く扉の前で声を押し殺して泣いた。
ずっと立ってるのが辛くなってへにゃりとその場にへたり込む。
私も小春とか他の人の事好きになれば良かったのかな、今みたいに辛い思いしないで済むのかな。
ユウジなんかよりずっと優しくて、何時だって私の事考えてくれて、本当に私の事好きでいてくれて…。
でもなぁ、
「好き、なのに…馬鹿…っ、」
「誰が馬鹿や、阿呆。」
突然の声と同時に、バサッと何かが頭に降ってきて視界が暗くなったから吃驚して顔をあげようとすると何かに抱き締められてそれは叶わなかった。
何が何だか分かんない。
助けを求めようにも言葉とは程遠い"あ"とか"う"とかの単語しか声に出せなくて。
どうしようか、と一人でうじうじ悩んでいると頭の上から声が聞こえてくる。
「…すまんかった。」
それは、さっき別れたばかりの人物の声で。
こんな情けない格好とか見られたくなかったし、何より物凄くばつが悪いじゃん。
ちょっと前までは、追い掛けてきて欲しいなんて思ってたけど、今は何処かに行って欲しい気持ちで一杯だ。
そんな気持ちが何時の間にか口からぽつりと零れる。
「…どうせ、小春に云われて仕方無くきたんでしょ。」
何て可愛くない台詞なんだろうって我ながら思った。
もっと早く来てよ、とか一人にしないで、とか云えば良かったのに、どんだけだ、私。
もうどうしたら良いのか分かんなくなって、只々被された学ラン(今気付いたけどこれ学ランだ)を、ぎゅっと握った。
私なんか放っておいて、これ以上格好悪い姿なんか見ないで、お願いだから一人にして。
ぐずぐず泣いていると、何時の間にか私の前に移動していたユウジが学ランを引っ張って更に深く私の視界を暗くした。
これで私の不細工な泣き顔は見られなくて済むけど、ユウジの顔も見えないから、ユウジが今どんな表情をしてるか分からない。(どうせ、面倒臭いなとか思っちゃってんだよ、きっと。)
何て考えてると、ユウジの声が聞こえてきた。
「いや、何ちゅーか…さっきのは、云い過ぎた…ちゅーか…、あー…、せやから、」
私が何にも反応しないせいなのか、ユウジは一つ一つの言葉に詰まる。
だけど、少しだけ深呼吸して、よしっという小さい声がユウジから聞こえた。
「一回しか云わんからな。聞き逃した云うても知らんで。」
後、笑ったら死なすど!と付け加えて私の上半身を覆い隠していた学ランを雑に取っ払う。
咄嗟に下を向いてはみたけど、何時までこんな子供騙しのような事が続けられるのだろうか。
そんな私の心情なんか露知らず、おい、聞いとんのか?とか頭の悪い質問を投げ掛けてくるユウジ。
全ての動作が気だるくて、頷くのも嫌だったけど、私はゆっくりと首を縦に振った。
「確かに、俺は小春の事好きやしめっちゃ可愛えって思っとる。」
「…知ってるよ…、」
「最後まで聞きや。」
「も、い…どうせ、小春より…ユウジ、好き…なってもら、える、わけないし…っ、」
「ド阿呆。名前は最初っから小春の何十倍も好きやっちゅーねん。それに付き合うんも結婚するんも名前以外考えられへんわ。」
「……う゛、ぇ…?」
放られた言葉の意味が分からなくて私がつい顔をあげると、不っ細工な顔やなーとぼやきながらポケットからハンカチを取り出し乱暴ながらも私の泪を拭っていくユウジ。
泪がハンカチに吸い込まれていく間も、私は間抜けな顔でユウジを見つめていた。
本当に?何ていう間抜けな台詞は喉の奥に引っ込んでいった。
(耳まで真っ赤な彼が嘘を吐いているように見えなかったから)
2012/11/26