「謙也。」
そう、彼奴は呼んでくれる。
でも肝心の俺は
「お、何や名字。」
名字呼び。
別に名前で呼びたくない訳や無い、寧ろその逆、本当は名前で呼びたいに決まっとるやろ。
でも、急に名前呼びになるのも可笑しいやん、せやから、何かきっかけが欲しいねんな、彼奴に嫌われた無いし。
ん…?いや、待てよ。
そういえば、白石は彼奴の事最初から名前で呼んどったな…俺もそうしとけば良かった…こういう時ってヘタレは損やねんな…って俺ヘタレや無いし、世間一般の意見ではヘタレかも知れへんけども!俺は断じてヘタレや無い!
「何してんねん、謙也。一人でおもろい顔して。」
「どわぁあ!?って白石かい!脅かすなや!」
俺が一人で百面相をしていると、何時の間に教室に入ってきたのか、白石が俺の机の前にいて、俺はさっきまで考えていた名字の事を忘れようと頭をブンブンと振った。
その俺の行動を見てか、白石はふーん、と一人で納得し、意味有り気な微笑を浮かべた。
「何やねん、白石。気持ち悪いで。」
「そうかそうか。とうとう謙也もそういう事考える様になったんかー。」
話を聞け、ちゅーか何云ってんねん。
そう白石に問いただそうと口を開いた瞬間。
「あ。おはよ。蔵、謙也。」
聞き覚えのある声が俺の後ろから聞こえてきた。
振り返らずとも分かる、大好きな君の声。
「あぁ、おはよーさん名前。」
アカン、変に意識し過ぎて、名字の顔見れへん。
何も言わない俺に対し、名字は少し驚いた様な、せやけど困った様な声で聞いてきた。
「…謙也、何か有ったの?」
と、優しく問いただす。
俺は何時もの様に平常心を演じ、名字に返事を返した。
「別に、何も無いで。そんな事より名前。お前、昨日の課題やって来たんか?」
「へ?あ、あぁ。うん。」
名字は少し腑に落ちない様な顔をしたが、直ぐに何時もの顔に戻った。
そんな俺達の会話を聞いていた白石は、名前と名前を呼んだ。
名字は白石の方に顔を向け、言葉を待った。
そして白石はこう云った。
「何で名前は謙也の事名前で呼ぶんや?」
「……へ?」
白石の突然の質問に名前は驚いていたが、ハッと我に帰り話し始めた。
「だって白石は蔵って呼んでるし、」
「せやかて謙也まで名前で呼ばんでも良ぇやろ。」
白石の少し強い口調に名字も戸惑っている。
何云うてんねん白石、何が云いたいねん。
俺が白石を少し睨むと、白石と目が合った。
白石は、さっき俺に見せた意味有り気な微笑をまた浮かべ口パクで、まぁ、見とき、と云った。(気がした。)
「何か不公平ちゃう?」
ニヤッと白石が笑う。
あ、あー…そういう事か、馬鹿な俺でも分かる簡単に名前を呼ばせる方法。
「せやから、今から謙也も名前の事、名前で呼んでも良えよな?」
「え?」
流石に驚いたのか、名字は口をポカーンと開けている。
可愛ぇ、やなくて!
名字は、どう答えるんやろ。
俺は少し期待して名字を待ったが、予想外の言葉が帰ってきた。
「それなら、もう呼ばない。」
……え?
今度は白石が驚いている、というか、俺が一番驚いている、驚いてるっちゅーか、傷付いてる。
え?自分から辞退する程、俺に名前呼ばれた無いっちゅー事か?だとしたらめっちゃ悲しいやん!俺、可哀想過ぎるやん!
ぬわぁぁああ!っと俺は心中で叫ぶ。
流石に哀れに思ったのか、白石は名字に聞いた。
「な、何で謙也は名前の名前呼んだらアカンの?」
聞きたい様な聞きたく無い様な…しかし、この際や、折角やから名字の本音聞きたい。
俺は腹を括った。
…でも、此れで立ち直れへんかったらどないしよ…。
まだちゃんと括れて無い俺に構わず、名字は少し小さい声で云った。
「だって恥ずかしいもん。」
「「…へ?」」
一瞬、名字が何を云ったのか分からなかった、え?恥ずかしい?其れだけ?
「何やー、そんな事かいな…。」
俺は胸を撫で下ろした。
名字に嫌われていないと分かっただけでも、嬉しかった。
「でも、やっぱり謙也は名前で呼びたいんやろ?」
「え、そうなの!?」
「ばっ!違うわ!ただちょっと…何や……。」
「俺が羨ましかったんやろ?」
「もっと違うわ!阿呆!」
「そうなの!?」
「名字もいちいち信じんで良えねん!」
一頻り漫才をした所で、予鈴がなった。
じゃあね、と云って名字は自分の席に帰って行った。
「…結局、名前で呼んで良えんか分からず仕舞いやな。」
「ま、別に良えわ。名字らしいっちゃー名字らしいしな。」
「試しに授業終わったら名前で呼んでみたら良えやん。」
「嫌。いざ呼んでみてごっつ拒否られたらどないすんねん。」
「その時はその時や。」
「ユウジや無いけど、死なすど。」
…まぁ、白石の云う事を鵜呑みにする訳や無いけど、まぁ、このつまらない授業が終わったら君の所まで行って、今までずっと云いたかった君の名前と、俺の本当の気持ちを云うのも悪くないかも知れない。
2011/04/07