逢いたい夜を越えて


この世界にはよくあることだ。だからいつの間にか涙も流れなくなって、笑顔の仮面が素顔に貼り付いた。

"死"の感覚が麻痺していく…




「ボス」
「ん?」
「いつまでもそんな顔してっと、あいつら浮かばれねぇぜ」
「ああ…」

わかってるよ…
けど、まだ上手く笑える自信がないんだ…。


幼い頃、この世界が嫌いだった。
傷付けるのも傷つくのも嫌で、逃げて、失って初めて気付いた大切なモノ…。


それを守りたいと思った。

だから、五千の内のたった一つが欠けたとしても、それは、とてつもない喪失感で心を押し潰す。




部屋に一人で、ふと窓から夜空を見上げた…。

綺麗な満月の浮かぶこの果てしない空の先が、愛しい人と繋がっている…。


逢いてえなぁ…。


屋上で昼寝してる姿とか、動きに合わせてなびく学ランとか、懐かしい…。

ぼーっと考えていたら、持っていた携帯が着信を知らせて、ディスプレイの見馴れた名前に思わず携帯を取り落としそうになってしまった。


「きょ、きょ、きょ、きょーやぁ!!?」
『僕はそんな変な名前じゃないよ…』

少し間が空いて聞こえた抑揚のない声は確かに恭弥の声…間違えるはずなんてない。


「わ、悪かったって!だってよ…恭弥が、で、電話!!」
『意味わかんない…』

呆れた声すら聞けることに嬉しくなる。
恭弥からかけてくるなんて初めてで、カッコ悪いけど、動揺しまくっている…。

「どうしたんだ、急に?」
『何、僕から電話したら悪いわけ??』
「ち、違っ!!悪くない!絶対!断じて!」
むしろ嬉しくて泣きそうだ!
そんなこと言えば、バカじゃないの…って声が聞こえるのは目に見えてるけど…でも、受話器越しに声が聞けることがこんなに嬉しいなんて初めてなんだ。

「学校は?朝だろそっち」
『今日日曜日なんだけど』
そうか…曜日の感覚なくなってた…ってあれ、休みも風紀の仕事があるんだろ?でも、それを言ったら切られそうな予感がするからやめよ。

『そっちこそ仕事終わったの?』
「ああ!ちょこちょこっと片付けてきたぜ!」


本当にそうならよかったと、思わず携帯を握る手に力がこもる…。
声色は不思議と変わらなかった。
恭弥にだけは気付かれたくなかった。
いづれ彼も知るかもしれない道であったとしても…。
『じゃあ早く戻ってきなよ…』
「え?…」
『もう来ないならいいけど…』




――ああ、敵わねぇよな…必死に隠してるのに…
そんな声色で、そんな風に言われたら、逢いたくて仕方なくなるじゃないか…

「行く!行きます!明日には絶対!絶対逢いに行くから!!」

空と海なんてすぐ越えられる…
そこに君がいるなら…
『そう…』
返事はいつも通り素っ気ない。
恭弥は感のいい子だから何も聞いてはこないだろう。それに甘えて自分が情けないが…。

だから…

「恭弥…」
『何?』
「Ti amo…grazie…」

上手い言葉が紡げなくて、何とも陳腐なセリフだけど…

待っててな、今度は必ず目の前で言うから。

恭弥の前でなら笑える。
嘘も偽りもなく。

それは闇の中で、光を見つけたように、嬉しくて、温かい気持ち。




明日はきっと、同じ月を見れるように、君を抱きしめにいく…―――。




END
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