「これやるよ」


 南沢さんの手から見事な放物線を描いて飛んできたのは、透明なビニールに包まれた一粒の飴玉だった。俺はそれをつまみ上げてしげしげと観察をする。赤、青、緑の三色がぐちゃぐちゃに混ざり合った、見れば見るほど食欲の失せるシロモノだ。


「…これ何の味なんすか」
「食べてからのお楽しみってやつかな」


 形の良い唇を薄く歪ませた南沢さんは早く食べろよと言わんばかりに見つめてくるものだから、俺はしぶしぶビニールを剥がしそのままえいっと口に放り込んだ。食べ始めた以上は仕方ない、恐る恐る舌の上でコロコロ転がすが、予想していたようなグロテスクな味はいつまで経っても感じることが出来ず、ただ何となくしょっぱいような味がするだけだった。なーんだ、ただの塩飴じゃないすか。俺はちょっとだけ期待外れのような、ほっとしたような気持ちになりながら、小さくなった飴をガリガリ噛んで飲み込んだ。


「食べ終わったか?」
「はい、思ってたより普通の味でしたけどね」
「そうか。……倉間、ちょっと舌見せてみろ」
「え?こ、こうすか?」


 俺は言われるがままに南沢さんに向けてベーッ、とだらしなく舌を出した。うーん、おかしいなあ、舌をじろじろ観察しながらひとしきりぶつぶつと独り言を呟いた南沢さんは、あっ!と突然ひらめいたような顔をして、俺の身体をどんっと押し倒すとそのまま唇をふさいだので、俺は何がなんだかわからず、ただ目の前のまぶたと長い睫毛とをぼんやり見つめることしか出来なかった。徐々に深くなるくちづけ。互いの舌を絡ませると同時に服の下をまさぐり始めた南沢さんにやはり戸惑いを感じながらも愛撫を受け入れる。しっかり反応してしまっている下半身に南沢さんの手がそっと触れたとき、小さく声を漏らした俺から南沢さんは顔を離した。


「…っ、南沢さん…?」
「舌」
「は?」
「もう一回舌見せろ」


 多分俺の頭には今クエスチョンマークが五個くらい浮かんでいるに違いない。さっきから何だってそんなに俺の舌を気にするのだろうか。依然として下半身を刺激し続ける彼の手に感じ入りつつ、口を開く。「……あっ、」また小さく声が漏れて、恥ずかしさで茹でダコみたいになった俺に、南沢さんはたいそう満足気に笑った。


「よし、成功だな」
「……はい?」


 何が、と口にする前に南沢さんはスタンド式のコンパクトな鏡を俺の前に突きつけた。俺は鏡にうつりこんだ自分に文字通りあんぐりと口を開けた。舌が、緑色に染まっている。


「赤色は通常時、青色は嘘をついたとき」
「……え、?」
「そして今お前がなってる緑色は」


 南沢さんはこれ以上ないくらい愉快そうに笑った。


「性欲が強いとき」


 カシャン。俺の手から鏡が滑り落ちた。面白いもんが出来たからさ、ちょうど効果を試してみたかったんだよね。長い睫毛に縁取られた茶色い目を細めると、南沢さんは俺の額にそっと触れるだけのキスをした。ああ、最悪だ。俺はまんまとこの人のモルモットにされたというわけだ。変な発明品の、試作中の試作の。


「まあそのうち元に戻す薬も作ってやるから、な?」


 数式やらメモやらがぐちゃぐちゃと書かれたノートに、新たに何かを書き付けながら猫なで声で言った南沢さんの背中をじとっと睨み付ける。おかげで、俺はしばらくの間この変色する舌と付き合わなければならないのだ。未だ収まることのない下半身の熱を恨めしく思いながら、あんたなんか大っ嫌いだ、そう呟いた俺の舌は真っ青だった。




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企画:忘却さまに提出
ありがとうございました!






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