イナズマジャパンの世界進出が決まった夜、響木と久遠はひっそりと祝杯を上げた。雷雷軒でも構わないとごねる久遠を引っ張り、いい酒を出す店までわざわざ足を運んだのだ。美味い酒に逆らえる筈もなく、二人は杯を重ねて行った。が、久遠は酔いが顔に出ない性質で、帰る頃には相当酒がまわっていたらしい。結果―

店内の柱に顔面から激突し、3段しかない階段でつまずき、キャバクラの看板にしがみついたまま動かなくなってしまったのである。










1′ 









「おい、大丈夫か。しっかりしろ」
「す…いません、ひびき さん…」
「全く。お前のポーカーフェイスもいい加減にしないと命取りになるぞ」
「……ぃご、気をつけ ま…ぅ゛」
肩を貸して歩こうにも久遠は体格も良く、同じ量の酒を飲んだ響木一人では到底動かせそうにない。途方に暮れていたところへ、前からスーツ姿の男が歩いて来た。
「どうされました」
「いやぁ…ツレが酔い潰れて……ん?貴方は確か―」
「お久しぶりです響木さん。木戸川の二階堂です。そちらは…久遠監督?」
渋い髭面の男が3人揃って裏路地(しかも風俗店が立ち並んでいる)にしゃがみ込んでいる姿はある意味異様だった。二階堂は手際よく久遠の腕を取って首の後ろにまわし、ぐっと引きあげる。その後、久遠のマンションが二階堂の自宅から案外近いことがわかり、家まで送り届けることとなった。


二階堂は、響木に手渡された万札を大事に持ったまま黙っている。その横で、久遠はぼんやりと景色を眺めていた。タクシーの心地よい揺れを感じながら、窓の外に広がるネオン街を見ていると、今日の出来事がまるで嘘のように思えてくる。
「久遠監督、世界進出おめでとうございます」
聞き覚えのある暖かい声が耳に届き、じんわりと体温が上がった。どこで聞いたのかはハッキリと思い出せない。
「………あぁ…」
「監督は―」
「かんとく、やめろ」
「え?」
「くどうでいい。それに、俺は…何も。あいつらの実力だ」
そう呟いたきり、久遠はシートに頭をもたれ熟睡モードに入ってしまった。



時刻は23時。久遠のポケットにあった黒革のキーホルダーから鍵を選んで玄関を開ける。この時間ならまだ家族が起きているかもしれないと、二階堂は近所迷惑にならない程度に声を張り上げた。
「夜分遅くにごめん下さい!」
「…ぇ!あ、はーい…っお父さん!どうしたの」
小走りで駆けて来たのは、パジャマ姿の冬花だった。心配そうな彼女に、二階堂は微笑みかけ、一緒にソファーまで久遠を運ぶ。
「結構飲んじゃったみたいだけど、安静にしてれば大丈夫。じゃぁ俺帰りますね。ほら久遠さん、離して下さい。服伸びちゃいますから…くどーさん」
体重を後ろにかけて離れようとするが、久遠は左右に首を振り、逃がさないとばかりに二階堂のスーツを握り締めた。酔っ払いの握力などたかが知れている。にも関わらず、なかなか振りほどけない。二人の攻防を見ていた冬花が、くす、と小さく笑った。
「お父さん子どもみたい。」
「参ったな…。あの、お母さんは―」
「うちには母が居ないんです」
さらりと言ってのけた冬花に二階堂は面食らったが、「失礼」と短く詫びて空気が重くなるのを回避した。気持ち悪そうに唸っている久遠の前髪をかき上げて、ため息をつく。
「ちょっと顔色も悪いし…夜中に戻すかもしれない。心配なんで、もう少しだけ居ても構いませんか」
「はい。私、酔った人の看病ってしたことがないので…むしろ泊まって行って下さい」
「え、いや、そんな急にお邪魔する訳には―」
「寝室はこっちです」
柔らかく笑って、部屋を案内する冬花はまるで幼な妻のようだ。目の前で険しい顔をしている久遠の娘が、こんなに可憐だなんて。少々強引な面はあるが…と、一瞬考えたのち、とりあえず後について行く。

「お゛ぃ、っしょーっと。うあー……疲れた」
床に敷かれた布団の上に久遠を寝かせ、いつも着ている深緑色のジャケットを脱がせる。目が覚めたのか、瞼がゆっくりと開かれ、たれ気味の黒い瞳が二階堂を捉えた。
「ふゆ か……?」
舌足らずな喋りかた。渋みのある低い声が掠れて、吐息混じりに半開きの唇からこぼれ落ちる。その息は酒臭いはずなのに、何故か甘く感じた。普段の鉄壁でクールな様子からは想像できない無防備な姿を目の前にして、変に緊張してしまう。久遠の掌が二階堂の膝に触れ、スラックス越しに体温が伝わってきた。
「スーツはこのハンガーに。狭いですけど、寝るならお父さんの横で、これ枕代わりにして下さい」
冬花に渡されたクッションからは、いい匂いがした。ふと気になって久遠のコートに顔を近づけてみると、全く同じ香水の匂いがして納得する。
しかし、なんという状況だろう。
久遠の家で、その娘と一緒に川の字になって寝るはめになるとは。そもそも、二階堂はまだ自己紹介すらしていない。今日は帰って、イナズマジャパン世界進出を肴に酒でも飲もうと思っていたのに……


ふと気付くと、隣の久遠はとっくの昔に夢の世界に旅立っていた。その向こうの冬花も同様。
恐ろしく警戒心のない親子である。

考えるのが面倒くさくなった二階堂は、早々に瞼を閉じた。




人の温もりを感じながら眠るのは久しぶりだった。










END






タイトルは、「1分」と読みます。道也には、渋みがあって…スパイシーでセクシーな感じの香水をつけて欲しいところ。それが体臭と混ざって、何ともいえず甘い香りに。二階堂は爽やかで、ちょっと加齢臭が混ざってるぐらいがちょうど良い。この作品はおっさん同士の付き合いと、冬花と道也の関係が書きたくて始めたので。特に冬花について。あの子、結構ズバっと言うし強引なとこありますよね(笑)
BLならぬ、おっさんラブ…OLを書くのが楽しくて仕方ありません。


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2010/11/4