「貴様が好きだ」
そう言った俺に、不動が見せたのは一瞬の驚愕と歪な笑顔。
そして、

「いくら払う?」

と、差し出された右手の掌だった。










練習が終わり、各々合宿部屋に戻っていく途中で、俺は不動を引き止めた。その際に何を言おうか、今日一日悶々と考えていたのだが、出てきた言葉は我ながら突拍子もないものだった。

不動の過去については響木監督からかい摘んで聞いただけで、それ以上は深く掘り下げたりしていない。大体の事情は把握できているつもりだった。しかし、その考え自体甘かったのだと、今目の前にある白い掌を見下ろしながら後悔している。どんな思考を繰り広げればそんな結論に達するのか。
「どういうつもりだ不動」
「おいおい、それはこっちの台詞だぜ」
さも意外そうに片方の眉を持ち上げて、鼻で笑う。
「ヤリたい盛りのお坊ちゃん。お前の勘違いに付き合ってやるって言ってんだ、感謝しろよ」
ん?と顔を覗き込んでくる不動。今にもあの癇に障る高笑いを始めそうである。
掌はこちらに向かって差し出されたままであった。半袖からのぞく腕の内側は、あれだけ野外で練習しているにも関わらず驚くほど白い。血管の青さが浮きだって、酷く目に付いた。
「不動」
「んだよ」
「俺には相場がわからん。だから、その質問には答えられない。」
茶化されて頭に来た俺は、あえて真面目な顔で答えてやった。
そんな俺に対して不動は興味を失ったらしい。すっと目が細められ、笑顔が消えた。つまらない、と声に出さずしてここまで体現できる人間も珍しい。このわかりやすさを違うベクトルに向けてくれ、と思う。
「あっそ」
そう呟き、腕を下ろして踵を返そうとした不動の手首を俺は掴んだ。少し力が入り過ぎたようで、短い眉がかすかに寄せられる。


「逆に聞く。お前にはいくらの価値があるんだ。」


大きく目が見開かれた。

少しやり過ぎたかもしれない。そのまま視線はぎこちなく斜め下へと移動し、何度も瞬きを繰り返している。自分の価値を値段にしろと言われたところで、恐らく不動の暗い部分に潜む何かが、無価値であるという答えを叩き出したに違いない。
その姿に心が痛んだが、俺は喋り続けた。
「答えられないか」
「・・・・・ざけんな」
「他の奴らがどうかは知らない。だが、俺にとってお前の価値は、金や数字で表せるものじゃないんだ。例えお前が1円の価値しかないと判断したところで、俺は絶対に払わん。」

ぱしぱしと瞬きが繰り返される。視線が合わさることはないが、捕まえている腕が逃げようと左右に揺れた。それが無駄だとわかると、体重をかけて後退りを始める。むろん離してやるつもりはないので、さらに強く握り締めてやった。
「意味、わかんねぇ・・・俺が可愛そうだと思って同情してんだろ。自分に価値があるって自信があるからそんな事言えんだよ。馬鹿じゃねぇの!気持ち悪ぃんだよ!いくら積まれたってテメェなんかと寝たりしねぇし!」
「俺だってそんなものは求めてない。」
「じゃぁ何だよ!いいから離せって、イテェんだよ糞野郎!」
不動はギリッと歯を食いしばり、こちらを睨み付けてくる。しかし、俺がゴーグルをしているせいで焦点が上手く合わず、顔の中心あたりをうろうろと視線がさまようだけだ。無表情の俺に、奴の恐怖心は募るばかりだった。
どんな顔をすればいいのかお互いに探り合う状態が続く。


先にその静止を破ったのは 俺だった。


後ろに体重をかけて逃げようとしていた不動の腕をパッと放す。
「うぉッ!っぁぶ・・・」
グラリと体勢を崩して引っくり返る寸前の不動。大きな一歩で距離を縮め、両腕でぐっと抱きしめた。あっさりと腕の中に納まった体は、ガチガチに固まっていた。毛のない項を撫でると、産毛が手に触れた。
「お前が居る。それだけでいい。何よりも価値のある事実だ。」
一瞬、寒気を感じた時のようにぶるっと体が震え、不安定な体勢のまま、不動は身をよじった。なおも逃れようと抵抗する相手に、俺の方も意地になってくる。何故わからないんだ、という思いをこめて息を吐き出した。
「・・・もう一度言うぞ。」
「ふざけんな、言ッ−」
「好きだ。」
強く抱きしめると、もはや訳がわからないという表情で不動は天を仰いでいる。これ以上言っても、キャパ越えだろうと判断した俺は、あっさりと身を引いた。

「それだけ言いたかった。」
「・・・あぁ・・そう。」
「別にお前の答えも要らない。」
「・・・そうですか。」

足の力が抜けてしまうのではないかと言うほど混乱している不動の様子に俺は満足した。
そうだ。それでいい。もっと混乱しろ。
俺たちの関係は何一つ変わっていない。だが、少なくとも俺の中にあったもやもやは解消され、心情風景を表わすならば、さながら澄み切った青空のようだ。
不動には悪いが、今回ばかりは俺の自己満足の犠牲になってもらった。


これから、アイツはどうするのか。
それが楽しみでもあり、恐怖でもある。




END

天才ゲームメーカー鬼道のプレイが開始されたようです。結構わがままな男だったらいいなと。

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2010/5/30