あの野郎がだいぶ前に告白してきやがって、ライオコット島に経つ前に俺がついうっかり口を滑らせた。バレるぐらいなら舌を噛み切った方がマシだと思っていたのに。

鬼道が話しかけてくる度に息苦しい。苛々する。と同時にすげぇ切ない。それらの気持ちは、無視し続ければ消えていくだろうと高をくくっていた。少なくともサッカーに打ち込んでいる間は鬼道の事をいちプレイヤーとして見れたし、余計な事を考えずに済んだのだ。そうしてFFIが終わる頃には、お互いほとぼりも冷めるだろうと。だけど、抑えが効かなくなっていたことに俺は気付けなかった。
そんな訳で、思い出しても死にたくなるような言葉を吐いてしまった訳である。
あれ以来俺たちの関係は、要するに…恋人、というものに変わったらしい。

…っつか何だよ恋人って!ありえねぇだろ!





自宅





FFIが終わり、俺は鬼道の家に呼ばれた。
帰りの飛行機を待ちながらロビーでぼんやりしていた俺を、あいつが何食わぬ顔で誘ったのだ。一瞬何の事かわからなかったが、そういえば俺たちは付き合ってたんだったと思いだした。その瞬間までほぼ忘れていたけど、それには理由がある。滞在中は緊迫した空気に毎日さらされ、脳内の9割をサッカーが占めていたんだから。残りは食事、睡眠と体調管理。それ以外のことを考える余裕はなかった。もちろん、鬼道と両想いだという事も。

日本到着後、空港からそのまま約束通り鬼道の家へ。誰が見ても高級そうな外車に乗せられ移動することになった。相変わらず俺たちの間に会話は無く、長旅に疲れた体は睡眠を求めてシートに沈む。フライト中なかなか寝付けなかったのだ。起こしてやるから、と小さな声で言われたのが最後の後押しとなって俺は深い眠りについた。
「着いたぞ」
「…おぉ…」
予想はしていたが、鬼道の家は笑っちまうぐらいのデカさだった。こいつの金銭感覚がマヒしているのも納得できる。廊下でメイドらしい女とすれ違った際に“おかえりなさいませ”と言われて俺はビビった。これぞリアルおぼっちゃま。更に、奴の部屋にはホームシアターがあり、すぐそばに専用のトイレ・風呂も完備されている。もしかしてゲームも揃ってるのかと純粋な好奇心から聞いてみたところ、鬼道は意外そうな顔をした。
「あるが…お前、ゲームするのか?」
「大抵ゲーセンだけどな。そもそもハード買う金ねぇし。」
「確か、ここに全部しまってある。」
そう言って、戸棚の一番下からいくつも箱を取り出した。PS3、Wii、PSP…どれも新品である。ゲームは基本興味がないらしいが、父親が景品だなんだと色々持ち帰ってくるそうだ。DSが2つもあるのを見て、俺が呆れた顔をすると、鬼道はそのうちの一つを手渡してきた。
「ほら」
「んだよ」
「2つ持ってても、どうせ俺は使わない。」
「…このまま新品で売ればいい金になるぜ」
「そうしたいなら、そうしろ。」
口調は素っ気ないが、微笑みを浮かべて俺を見てくる鬼道。久しぶりにこんな至近距離でこいつの柔らかい笑顔を見た気がする。急に照れくさくなって、差し出された箱を乱暴に奪い取ってやった。
「わーったよ!なんかソフト貸せ、プレイしてやろうじゃねぇの」

ソフトの数はさほど多くなかったので、謎解きゲームを選んでパッケージを開封した。間の抜けた起動音がして、画面の中でキャラクターが動き始める。ソファーに並んで座ると、鬼道は物珍しそうに、横から首を伸ばして覗き込んできた。少し手元が暗くなるが別段問題はない。俺も初めてのDSに気分が高揚した。
「…不動」
「んー?」
「お前、鈍くなったな」
唐突な言葉に、きょとんとしてしまう。
「前はこれぐらいの距離に俺が居たら、物凄い形相で睨んできたんだぞ。警戒心むき出しで。触ったら指を噛み千切られるんじゃないかと思った。」
そこでようやく、俺たちの距離がほぼゼロに近いことに気づいた。肩には鬼道の顔があり、息づかいまで伝わってくる。心拍数がぐんと上がった。
「安心してくれているのは嬉しい。だが、これじゃ意識されていないみたいなんだが。俺はお前のなんだ?」
「何って……そりゃ…あれ、だろ……」
言い淀んだ俺に、鬼道は無表情で先を促す。それでも上手く言葉に出来ずに、タッチペンの操作に逃げてしまった。すると、鬼道は何も言わずに立ち上がって扉の方へ体を向ける。俺は泣きそうになった。
「き、ど」
「トイレだ」
隣を離れただけだというのに、しっかりとズボンを掴んでしまう。そういえば、以前の俺は、鬼道がわざわざトイレに行くと言ってから部屋を出て行くのを鼻で笑っていた。ガキじゃあるまいし、なんて思っていたのに。慌てて手を離すと、アイツは俺の頭を撫で、ついでに何か食べる物を持ってくると言って廊下に続く扉を開けた。
そこで俺は思い出す。

帰国したら、続きをするって。約束しちまったんだった。



「これならゲームしながらでも食えるだろう」
と、戻ってきた鬼道が手に持っていたのは凍らせたチューペットだった。長い一本を勢いよくバリバリと割って、片方を俺に渡す。もしかしなくとも、鬼道家の冷凍庫にはコレが常備されているのだろうか。
鬼道は相変わらずの調子で画面を覗き込んで来る。
「面白いのかそのゲーム」
「ん」
「…そうか。なら、俺も今度やってみるかな。」
その間俺は、しゃりしゃりと氷を噛み砕きながら、どうするべきか頭の中で考えていた。俺たちは2人で居るとさほど会話らしい会話をしない。鬼道の沈黙は苦痛じゃないし、安心する。けれども、それに甘んじて俺が気持ちを伝えないせいで、鬼道のフラストレーションは溜まる一方だ。さっきだって、俺が一言“恋人”だと言えていたら、あんな風に失望させる事態にはならなかった。何も無かったかのように振舞うこいつの優しさに、俺は頼り過ぎている。
覚悟を決めるしかない。
「俺、帰る家ねぇんだよ。ぶっちゃけ、帰れって言われても路地裏暮らしに戻るだけっつか…金もないし、ダチとか居ねえし…」
「……」
「あと、お前うるさそうだから先に言っとくけど、親には会いに戻るつもりでいるぜ。多分またあの家に戻る。まだ心の準備が出来てねぇだけだから……」
言い訳がましくなりそうで、俺はそこで一度言葉を切った。
「だ、から……」
酷く喉が渇いた。
告白した時よりも、ずっと緊張する。握りしめたチューペットが、手の中で急速に溶けて行くのがわかった。

「……今日、泊まっていいよな?」

少しだけ間があいて、鬼道は歯を見せて笑った。こいつの笑顔はいちいち悪役くさい。

「好きなだけ居ろ。」

まるで、ここが俺たちの家だとでも言わんばかりの口ぶりである。その余裕綽々な態度も、やけに優しい声色も、今この瞬間だけは俺が独り占めしているのだ。こんな俺が。俺だけが。
手に持っているもの全てを放り出して、鬼道の方を振り向いた。体重をかけてソファーに押し倒すと、顔を覆うゴーグルを外し、間髪入れずに口付ける。口内は俺と同じオレンジの味がした。


「約束、忘れてねぇから」


頬をすり寄せて、すん、と首筋のにおいを嗅ぐ。いつの間にか癖になってしまったらしい。手触りのよい細身のVネックはわずかに香水の匂いもして、鬼道に良く似合っていた。倒されたままの状態で、鬼道は顔を真っ赤にしている。

ところで、こいつはそのつもりで俺を呼んだんだろうか。
意識だなんだと言っていたから、てっきり続きを期待されているのだと短絡的に考えてしまった。
今さらだけど、相手にその気も無いのに誘ってしまったのだとしたら。今度こそ本気で消えたい…。


頼むから、その気になってくれ。
じゃないと俺がクソ恥ずかしいじゃねぇかよ。









END


さぁようやく本拠地に乗り込みました。ラストまであと一話。2人のゴールまであと一歩です。ぐひゃひゃひゃ(決壊

.......................

2010/6/28