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「今すぐここを離れよう!!」
海底火山には、最近も活動していたと思われる跡があった。
近くにいて、もし噴火でもされたら即死だ。
火山と深海魚から逃げる為に少しづつ"クー・ド・バースト"を使って前進したので、シャボンの中の空気もだいぶ減ってしまった。
「こんなトコじゃ生きてられねェ…ルフィ達……
悲しくなってきた、2年ぶりにやっと会えたと思ったのに」
「バカ言うな!あいつらは簡単に死なねェよ!!」
「でもこのままじゃ…」
確かにあの3人は簡単には死なないだろうが、こんな真っ暗な海の中で再会はできるのだろうか。
「おや? 皆さん、あの海賊の方、知りませんか?」
ブルックが、床に落ちていたロープを拾う。さっきまでカリブーを縛っていたロープだ。
「え!?いなくなった!?」
「そういや、さっきから見てねェな」
「もしかして振り落とされちまったとか?」
下降流に乗っていた時、彼は両手を縛られたままだったはずだ。どこかにしがみつく事も出来ず、船から落ちた可能性がある。
「しかしロープはありますよ」
「じゃあ縄抜けしたってことか?」
「そ、それじゃあ、この船のどこかに隠れてるの!?」
厳重に拘束していたわけではないが、簡単にロープを解いて逃げられる程度には実力があるという事だ。
「こんな時に船内にも気を付けなきゃならねェのか!!」
「構わねェ。アホっぽかったし、そんな強ェ奴でもねェだろ」
「でも、とりあえず捕まえておかないと。見ず知らずの人にサニー号の中をウロウロされるの気持ち悪いよ」
お世辞にも、カリブーの外見は整っているとは言えない。不潔そうというか、血なまぐさい感じがした。そんな男が船の中を彷徨いてるとなったら不快だし、女部屋には絶対入って欲しくない。
「どうしよう… お風呂とかに隠れてたら…!」
「徹底的に掃除しなきゃ」
「……ん?」
ナミがヒィと悲鳴をあげ、ロビンが心の底から嫌そうな声を出すのを隣で聞くシャオリーは、甲板にさっきは無かった酒樽があるのに気付いた。
シャオリーはフランキーをつんつんして、二人でそっと後ろから近付く。
すると樽の蓋が少しだけ開き、隙間からカリブーが覗いているのが見えた。体がドロドロに溶けている。
「オオ〜〜〜フ!!畜生!!しィ〜〜まったァ〜〜!!」
フランキーがすかさず蓋を閉めて鉄板で封をし、シャオリーは樽をロープでグルグル巻きにした。
「いたぞ、これで大丈夫だ」
「そんな小さな樽に!?」
「何かの能力者だね。たぶん"自然系"… 体がドロドロに溶けてた」
油断した。馬鹿だったので助かったが、考えてみれば彼は億超えのルーキーだ。ルフィ、ゾロ、サンジのいない今、下手すれば彼一人に私達が倒される可能性もあった。
「あれ何だ!?」
チョッパーが何かを発見して叫んだ。
船の前方に、強い光が見えた。
「光?」
「魚人島に着いたのか!?」
「まだそこまで潜ってないわ」
サニー号は、ゆっくり光へと近付いていく。光はとても強く、近くで見ると目が眩むほどだ。
「(こんな深海で、いきなり光が出てくるなんて)」
シャオリーは、言いようのない違和感を覚える。
光の正体はすぐにわかった。
「アンコウだ!!」
「騙されたーーっ!!!」
巨大なチョウチンアンコウが、大きな口を開けて待ち構えていた。頭から生えた触手の先が光り、これで獲物を誘き寄せるのだ。そして、サニー号はまんまと釣られてしまった。
アンコウはバクンと口を閉じるが、フランキーがギリギリのところで舵を切って逃れた。
「完全に罠にハマった!!逃げ切れるか!?」
「どうする!?倒す!?」
シャオリーは弓を構える。しかしアンコウの後ろに、更に巨大な影が現れた。
「……ンコロォ…」
それは人間のようだった。人間にしてはずんぐりむっくりな身体をしているが、顔も腕も足も人間と同じ形をしている。
「え!?」
「人? いや、巨人!?」
「こんな深海に!?」
「人の姿をした海の怪物といやァ…」
「「 海坊主だァ〜〜〜!!! 」」
夜の海に現れるという怪物だ。出会ったら不吉な事が起こると言われている。
海坊主は右手で拳を握り、大きく振りかぶる。
「やべェ! 船が壊される!!」
「どうする!?倒す!?」
しかし海坊主の拳は、アンコウの頭に落とされた。
「くらっ!!アンコロ!!だめらろう!!
船は食っちゃいけん!!!」
海坊主はぷんすか怒っている。このチョウチンアンコウの主人なのだろうか。舌っ足らずな話し方は、その外見も相まってだいぶ幼く見える。
「何ろいうたらわかるんら!!
キャプテンバンらー・れっケン様に怒られるろ!!」
「(ばんらーれっけん?)」
どうやらこの海坊主の上には更に、上司か主のような何者かが居るようだ。
サニー号はどうするべきか決めあぐねていると、ふいにどこからか歌声が聞こえてきた。
「死人に口なし 欲もなし
烏も飛べねえ黒国じゃあ〜」
それは、ゆらりと現れた。
闇から溶け出すように、ゆっくりとその姿を顕にする。
「まさか……」
「海底にも…!?」
ボロボロに破れた帆、あちこち穴が空いて苔に覆われた船体、聞いた者の魂を引きずり込んでしまうかのような不気味な歌……
「「 ゴースト船だァ〜〜〜〜!?!? 」」
絶叫が響き渡る。
「あっ、あれは本物ですよ!?
有名な船『フライングダッチマン号』です!!」
ブルックが叫ぶ。かつて自分の船がゴースト船だと言われていたにも関わらず、一番ビビっている。
フライングダッチマン号というのは、船乗りの間では有名な話だ。
数百年前、ある大嵐の日に突然錯乱した海賊船の船長が、部下を次々と海に投げ込んで皆殺しにし、神にさえも唾を吐いた。
当然神は怒り、永遠に拷問を受けながら海を彷徨い続ける事になった。
その船長の名はバンダー・デッケン。そして彼の船がフライングダッチマン号だ。
「ほ、本物…!」
シャオリーは慌ててロビンの後ろに隠れる。2年間修業して強くなったが、オバケが苦手なのは克服できなかった。
「"アンコロ"、"ワダツミ"。船は食っちゃ宝が取れねェ。
叩き落とせ!!」
ゴースト船から男の声がした。
「わかったら!!」
海坊主は拳を振り上げる。サニー号を潰す気だ。
「フランキー!"クー・ド・バースト"を!!」
「ダメだ!燃料切れだ!!」
「え〜〜〜〜!?!?」
「どうする!?倒す!?」
シャオリーが今度こそ弓をひこうとした、その時。
「!?!?!?」
巨大な影が、海坊主を殴り飛ばした。クラーケンだった。
「クラーケン!?なんで!?」
目まぐるしく変わる状況に、シャオリー達は思考が追い付かない。
クラーケンは何本もある触手で海坊主をボコボコに殴り続ける。
「おい!もういいぞ!!やめろ!!」
誰かの声が、クラーケンを止めた。
クラーケンは一瞬びくりと怯えたように身体を強ばらせたが、同じ声に「よくやった」と褒められると嬉しそうに笑った。
声の主は、シャオリーにはもうわかっていた。
「ルフィ!!!」
ルフィ、ゾロ、サンジが帰ってきた。
一つのシャボンに3人がギュウギュウに詰め込まれている。ルフィとサンジのシャボンが割れてしまい、ゾロのシャボンに2人が入ったらしい。
「ぷはーっ! やっぱ我が家が一番だ!!」
「ルフィ〜〜!不安だったぞ〜〜おれ〜〜!!」
「本当に心配したよ…!」
甲板の芝生にゴロリと寝転ぶルフィにチョッパーが飛びつき、シャオリーもそばに駆け寄った。
「クラーケンも、手なずけちゃったの?」
「ああ!上級者の航海をするんだ、おれは!
なっ、スルメ!!」
「イカみてェな名前つけちゃってるよ!」
クラーケンは、ルフィにスルメと命名された。スルメは触手で頭を掻きながらニコニコと笑う。友好的というより、逆らえない上司に媚びへつらう部下みたいだ。
その時、ゴゴゴゴと大きな地響きのような音が海底に響き渡る。
「なんだ?」
「地震?」
音はどんどん大きくなり、振動で船が揺れる。
「まずいわ…!」
ナミが顔を青くする。
「海底火山が噴火する!!!」
「「 えええええええ〜〜〜っ!?!?!? 」」
火山が目の前で噴火したら、命は無い。
「早くここから逃げないと!!」
「ルフィ!早くスルメに言って、ここから離れてもらわなきゃ!」
「おう!おいスルメ〜〜〜!!」
「待った! その必要はねェぞ!」
ルフィが命令するよりも早く、スルメはサニー号を抱えたまま物凄い剣幕で火山から遠ざかっていた。よく見れば、周りにたくさん泳いでいた魚や深海生物達も、一斉に逃げ出した。
ゴースト船も、アンコロとワダツミに引かれて急いで離れている。
それだけ、噴火は恐ろしいものだということだ。
「でもおれ噴火見てェ!」
「船の前方へ避難せよ!」
ルフィは船の最後部で、シャボンに貼り付いた。ウソップとチョッパーは反対に船首の方へ駆けていく。
シャオリーもルフィのそばにいたが、噴火を見たいというよりもルフィのそばにいたいだけだ。
そして、耳を劈くような轟音と共に火山は噴火した。
「「 わああああ〜〜!!! 」」
衝撃波がシャオリー達を襲う。
「マグマが…海底を流れてる…!」
火口から真っ赤なマグマがドロドロと流れている。地面を伝い、四方八方へと広がっていく。
「熱ィ!!」
「焼けちゃいそう…!」
マグマの熱で、水温がどんどん上昇していく。
「すげェなァ!!」
ルフィは目をキラキラさせているが、そんな肝の座った人物は、今この船には彼しかいない。
「魚人島はどっち!?」
「このまままっすぐ!あの海溝の下よ!!」
目の前には巨大な海溝。地底へと続く滝つぼのようなものだ。
底は見えず、闇に包まれている。
「あ、あの中に入るの?」
「あそこの一番奥に、魚人島はあるはずよ!」
「よし!! 飛び込めスルメ〜〜〜!!!」
その時、再び火山が噴火した。
巨大な音と衝撃に後押しされ、スルメは海溝の中へと飛び込んだ。
真っ暗な闇の中、火山から離れて徐々に水温も下がっていく。
やがて、シャオリーの視界は完全に闇に閉ざされた。
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