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侵入者は、近頃話題のルーキー"濡れ髪のカリブー"という海賊だった。
"麦わらの一味"と戦う気満々で乗り込んできたが、さすがに一人では分が悪いと思ったのか、大人しく縄に縛られた。
普通なら海に放り出すところだが、もしかしたら彼の仲間が迎えに来るかもしれないので、とりあえず船には乗せたままにする。

「ねェ、さっきの船を引いてた海牛はどうしたの?」
「アレはただその辺でとっ捕まえた海獣だ。ああいうのに船を引かせるのが上級者の海中航行なのよォ!」
「え〜〜〜!!そうなのか!?」

カリブーの言葉を聞いて、ルフィが目をキラキラさせた。自分も同じ事をやりたいと思っているのだろう。
カリブーの仲間は戻って来る気配がなく、カリブー自身も大人しくしているので、とりあえずサニー号は"魚人島"への航行を続ける。

「どっかにいねェかな〜〜海獣!」
「でもまさか、こんなところでモームに会うなんて思わなかった」
「"東の海"から遥々この海まで一人で帰って来たんだなァ」

魚人島には、もしかしたら他にも家族や友人など、アーロン一味に縁のある人物がいるかもしれない。
シャオリーはちらりとナミを見る。
アーロン一味とナミの因縁はキッチリとケリをつけたし、ナミもちゃんと気持ちの整理はつけているだろう。ハチ以外は投獄されているとも聞いた。

「なんだか少し肌寒くありませんか?」

ふいにブルックがそんな事を言い出した。骨だから肌は無いのに。

「みんな、コートでも羽織った方がいいわよ。ここから先は寒くなるから」
「そうか。深海の水は冷てェんだな!」
「陽の光も届かないしね」

シャオリーが部屋からコートを取って戻って来ると、船の目の前には下層へ流れる巨大な海流の壁が現れた。この海流に乗れば、一気に深い場所まで潜れるというわけだ。

「まるで巨大な滝ね…!!」
「ずーーっと下まで海が落ちてく!」
「ものすげェスピードだぞ!?」

海流の流れ着く先は闇に包まれて、何も見えない。

「この流れに乗って、本当に平気なの!?」
「あんな速度じゃ海底に叩き付けられて死ぬーーっ!!」
「おい!"麦わらの一味"!すぐに引き返せ!!」

すると、カリブーが慌てた様子で叫び出した。

「下をよく見ろ!怪物がいる!!」

怪物…!?
全員が船縁に集まり、海流の先へ目を凝らす。

「アレがここに住みついてるなんて聞いた事がねェ…!
『船を狙って大海原を駆け巡る悪魔』『人間の敵』なんて呼ばれちゃってるのよォ」
「あれは…!!!」

闇の中に待ち構えていたもの、それは…

「クラーケンだァ〜〜〜ッッ!!!!」

伝説上の、海の怪物だ。
クラーケンは巨大なタコやイカの姿をしており、吸盤のついた触手で船を飲み込むと言われている。
目の前にいるのは巨大なタコで、長い触手を丸めてギロリとこちらを睨んでいる。

「クラーケンなんて本当に居たんだ…!」
「うわァァ〜〜アイツ何メートルあんだよ!?」
「小さな島くらいはありそうね」
「船を何隻も握り潰してるぞ!?」

周りには握り潰された船がたくさんあった。さすがに人間の死体は見当たらないが、粉々になった船はまだ新しい。ここ数日でシャボンディ諸島から出航した船の多くは、クラーケンの餌食になってしまったらしい。

「頼む!!おれも死にたくねェ!!引き返せ!!
数日やり過ごせばきっと居なくなる…」
「うるせェ!!黙ってろ!!」

カリブーの言葉を、ルフィが遮る。

「いい事考えたんだ! あいつを手なずけよう!!」

満面の笑みで、ルフィはそんな事を言い出した。

「あのタコ手なずけて、船を引いてもらおう!」
「「アホ言えーーーっ!!!」」

ウソップとチョッパーが泣き叫ぶ。

「手なずけるって、どうするの?」
「問題は、ここが海の中だって事だ」
「違う違う問題はあの大きさだルフィ、ここが陸でもヤバさは同じ」
「………つまりボコボコにして言う事聞かせようってこと?」

手懐けると言っても結局暴力に訴えるのか、とシャオリーは思ったが、そういえば自分たちは海賊だった。

「兄助〜〜!!!」

その時、船の後方から声が聞こえた。カリブーの部下が戻ってきたのだ。

「コリブー!!助けに来てくれちゃったのかオイ〜〜イ!!」
「おれ達!!兄助!!助ける!!!」

弟コリブーと部下たちは武器を手に雄叫びを上げている。クラーケンが見えていないのか、船長の安否以外の事は頭に入っていないのか。しかし。

「あ……!」

クラーケンの触手が伸びてきて、コリブー達の船を握り潰した。

「ギャーーーー!!!」

船は木っ端微塵になり、シャボンも割れた。コリブーら船員は泡と一緒にふわふわと浮いていく。

「ぬあああああああ!!!」
「サニー号よりもでかい船が一握りィ!?」
「こっちにも来た〜〜!!」

クラーケンは、今度はサニー号を狙ってくる。
ルフィとゾロが戦闘態勢に入るが、ウソップに止められた。下手に暴れるとシャボンが割れてしまう。

「チキンボヤージ!!」

サニーのたてがみが回転し、船は後ろへ下がった。なんとか触手は回避できたが、数メートル下がっただけではクラーケンから逃げる事はできない。

「"クー・ド・バースト"で一気に逃げ切りましょう!」
「そうしてェが、あれは大量に空気を使う!1回使えばシャボンの空気が無くなっちまうぞ!!」
「そんな…っ、じゃあどうしたら…!?」
「どうもすんな!!あいつとは戦うんだ!!」

戦ってシャボンが割れてもアウト、逃げようとしても空気が無くなるのでアウト。打つ手がない。

「そんなに戦いてェなら!策を授けちゃうぜ!!」

いよいよ身の危険を本気で感じたカリブーが、案を出した。
ルフィ、ゾロ、サンジを小さなシャボンに閉じ込める。三人の腹にはロープが巻かれていた。

「即席"バタ足コーティング"!
つまり潜水服ってわけよ!!このまま船外へ飛び出しゃあ、船に縛られることなく自由に戦えちゃうっつー事なのよォ!!」

シャボンの中なら呼吸もできるし、ロープがあるから逸れる心配もない。三人が外へ行ってサクッとクラーケンを倒して、また船に戻って来れば良いというわけだ。

「このロープ邪魔だなァ」

しかし三人はロープを不快に思ったらしく、外してしまう。

「ルフィ!? ロープ外しちゃダメだよ!」
「へーきだって。腕伸ばせば届くしよ」
「離れ離れになっちゃったらどうするの!?」

シャオリーが引き止めたが、ルフィはしししっと笑って行ってしまった。気持ちはすっかりクラーケンに向いている。
しかしクラーケンは、触手をサニー号に向けて振り下ろしてきた。

「"破魔の矢"!!」

シャオリーは、真っ黒な光の矢を構えて放った。背中の翼も黒い。武装色の覇気を纏ったのだ。
黒い矢はクラーケンの触手に突き刺さる。海水に触れた矢はすぐに消えてしまったが、触手を退けるには十分だった。
今度は別の触手が迫ってきたが、再びシャオリーは矢を放つ。だが、また他の触手が伸びてきた。タコだから、足は8本ある。

「おいおいテメェ!船ばっか狙ってんじゃねェよ!!
シャオリーちゃんやナミさんやロビンちゃんに何かあったらタコ焼きにしてやるからな!!!」

サンジがシャボンから飛び出して、水中を泳いでいく。否、泳ぐというより水を蹴りながら水中を走ると言う方が近い表現かもしれない。魚人にも劣らないスピードだ。

「""グリル=ショット"!!!」

サンジが触手の一本を蹴り飛ばす。すると蹴られた箇所に、まるで網で焼かれたかのような痕が付いた。

「いい焦げ目がついたわね」
「見てるだけでいい匂いがする気がする」
「クラーケンってうめェのかな」
「タコだからな」

船で待機組は呑気な会話だ。
クラーケンはキッとサンジを睨む。そして別の触手を振りかぶったが…

「"六道の辻"」

ゾロが触手を斬ってしまった。三枚おろしならぬ、六枚におろされている。

「おっ、刺身もいいな」
「お寿司にしても良さそうね」
「タコしゃぶも美味そうだ」

いつの間にか「どうやって食べるか」という話になっている。
だが、異を唱える者が一人いた。

「こらこら!ゾロ!サンジ!足がなくなるだろうが!!」

ルフィだ。
珍しく、ルフィはクラーケンのことを食べ物としては見ていないらしい。どうしても、船を引かせたいようだ。

「"ギア3"! 『武装色』硬化!!」

大きく膨らんだルフィの右手は、真っ黒になった。右手に武装色の覇気を纏わせたのだ。

「"ゴムゴムの"〜〜!! "象銃"!!!」

ルフィはクラーケンを殴り飛ばした。巨大なクラーケンの体が後ろに仰け反り、大きく傾いた。

「ぶっ飛ばしたァ〜〜〜!!!」
「どんだけ強くなってんの!? あいつ!!」
「あれ!? 何かいるぞ!!」

触手の間から大きなサメが出てきた。クラーケンに捕まっていたようだ。

「サメ!? すげェデケェぞ!」
「服着てねェか?」
「それよりも! ルフィ達が流されてるよ!!」

気絶したクラーケンと一緒に、ルフィ達3人のシャボンも海底へと吸い込まれていく。

「3人が"下降流"に飲まれていく!」
「追うんだ!行くなら一緒だ!!」

サニー号も下降流へと乗る。その途端、物凄いスピードで船は下へ落ちていく。

「みんなしっかり!!
気を抜いたら船ごと大破するわよ!!」

スピードが速すぎて、少しでも進路を誤れば岩壁にぶつかってお陀仏だ。男手3人が不在のためシャオリーやロビンも船の操作に加わり、サニー号が常に海流の真ん中を進むように調整する。

「振り落とされんなよ〜〜!!!」

サニー号は、更に海の底へと進んでいく。


***


どのくらいの時間が経っただろうか。
無事に下降流に乗って更に深い海層までサニー号は到達した。

「真っ暗だね……」

今は海底7000メートルといったところか。辺りは暗闇に包まれており、とても寒い。

「ルフィ達、いる?」
「こう暗くちゃ、何も見えねェな」
「たぶん逸れてしまったみたい」
「だから言ったのに…」

3人は、近くにはいないようだ。
シャオリーは見聞色の覇気が苦手だ。3人の気配を辿る事ができない。
今船に乗っているメンバーの中で、シャオリー以外に覇気が使える者はいない。

「どうしよう」
「とにかく捜さねェと!」
「任せろ、おれには"ライト機能"がついてる」

フランキーがそう言うと、暗闇の中に光が二つ、シャオリーのすぐ後ろに現れた。

「わっ、すごい。もしかして目がライトに…」
「"ニップルライト"!!」
「どこ光らせとんじゃ!!」
「………………」

フランキーの乳首、ではなくライトに照らされると、船の周りにはたくさんの生き物が泳いでいるのが見えた。どれも大きく、おおよそ生き物と呼べないような形の生物もうじゃうじゃといる。

「深海魚だ…」

陽の光も届かない深海では、独自の進化を遂げた生物がたくさんいる。目が退化したもの、逆に進化したもの、水圧にも耐えられる強い体を持ったもの……

「あの3人、大丈夫かしら。海獣に体を食いちぎられていなければ良いんだけど」
「想像がコエーよ!!」
「でも、あんな小さなシャボンでこんなところを漂ってたら危ないよ」
「ルフィ〜!ゾロ〜!サンジ〜〜!!
どこ行ったんだよォ〜〜!?!?」

船を停めることもできないため、サニー号は深海を進んでいく。

「………なんか急に暑ィ」

チョッパーがぐったりして、床に伸びる。確かに、さっきまではコートを羽織らないと寒いくらいだったのに、今はそのコートが暑い。

「前方が煙で塞がれたぞ!?」
「海底に煙?」
「もしかして、これは…!」

サニー号の周りは煙に包まれている。
ナミがコートを脱ぎながら船の下方を観察する。

「海底の"火山地帯"よ!!」

か、

「「 火山!?!? 」」




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