166
シャボンディ諸島・とある酒場

荒くれ者達が目立つ店内では、下品な笑い声や調子外れの歌、時折ケンカのような言い争いも聞こえてくる。
中でも、とある一団が大きく場所を占拠しており、広いソファの真ん中には大柄な男が座っていた。麦らわ帽子をかぶったその男は、自身の膝に一人の女性を侍らせている。
女性は艶やかな髪をツインテールに結んでおり、大きな目は垂れ気味で、小さな鼻はだんごのようだ。お世辞にも美人とは言えない。

「んもう、ルフィ船長。だめよ、こんな場所で」
「いいだろ。誰も何も言いやしねェよ」
「あんっ、でも、私が恥ずかしい…」
「すぐに周りの目なんて気にならなくなる」

ルフィと呼ばれた麦わら帽子の男と、この女はどうやら恋人同士のようだ。
まるで糊付けされたように唇を重ね、女は男の首に腕を回した。男は片腕を女の背に回し、もう片方の手で女の太ももや尻を撫でつつ、短いスカートの中へと手を忍ばせていく。

同じソファには、数人の仲間も座っていた。アロハシャツの男に、オレンジ色の髪の女、そして不思議な仮面を付けた大きな男だ。

「んん、ル、ルフィ… あ、だ、だめ」
「ハァ…シャオリー… ほんと可愛いなァ、お前は」

官能的な雰囲気になってきたところで、オレンジ色の髪の女がため息をついた。

「それ以上やるなら、ホテルにでも行ってよ」
「なんだよナミ。お前も相手してほしいのか?」
「時と場所を考えてって言ってるの!」

麦わらの男はニヤニヤと笑い、オレンジの女は腕を組んでそっぽを向いた。ツインテールの女はとろんとした表情をして、麦わらの男にもたれかかった。

「ほら船長、また入団希望者だぞ」

仮面の男が、チラシを持ってやって来た"客"を見て麦わらの男に声をかける。目の前には、手に一枚の紙を持った男が立っている。格好からして海賊らしい。

その紙は、今、シャボンディ諸島のあちこちに貼られているものだった。
麦わら帽子を被った海賊マークが真ん中に大きく描かれており、「仲間募集」と「MONKEY・D・LUFFY」の文字が共に書かれている。

"麦わらの一味"と言えば、少人数ながら全員が賞金首であり、特に船長の"麦わらのルフィ"はあの頂上戦争に単身乗り込んだイカレた海賊だということで有名だ。
その戦争で死んだ"火拳のエース"と義兄弟であり、さらに革命家"ドラゴン"の息子でもあるため、血筋からして只者ではない。
「今、最も勢いのある海賊団」と言える"麦わらの一味"が、仲間を募集すると言う。
この話、海賊ならば興味を持たないわけがない。
という事で、酒場を"面接会場"とし、入団希望者と"面接"をしている。
そして麦わら帽子を被ったこの男こそ、船長の"モンキー・D・ルフィ"である。

「どんどん集まってるね」
「今どのくらい集まった?」
「ざっと100人くらいか… 3つの海賊団が丸々ウチに入った」

船長を囲む船員は、4人。
オレンジ色の髪の女は、航海士"泥棒猫"ナミ。
仮面の男は、"狙撃の王様"そげキング。
アロハシャツの男は、"鉄人"フランキー。
そして船長の膝に座る女は、副船長であり船長ルフィの恋人でもある"堕天使"シャオリーだ。
他にも船員はいるが、今は別行動をしているらしい。

「手下はもっと集めるぞ」

仲間が増えれば、使える駒も増える。自らが動かずとも命令だけ下しておけば"新世界"は渡ってゆける。そして、自ずと"海賊王"への道も開ける。
そう確信し、麦わら帽子を被った男はニヤリと汚い笑みを浮かべた。
ふとカウンター席を見れば、オレンジ色の髪を長く伸ばした女が一人で酒を飲んでいる。ちらりと見えたその横顔は、とても美しかった。
上機嫌な麦わらの男は、膝に恋人を侍らせているにも関わらず、その女を誘おうと口を開くのだった。

この後、自分の身に何が降りかかるのかも知らずに。


***


「よし、着いた!」

小さなボートが、人気のないマングローブのそばに到着した。
毛皮のマントを着た人物がぴょいっとボートからマングローブに飛び移る。マントは女物のようだが、中の人物は男だ。
ボートには大きなリュックと、もうひとつの人影がある。

「もうみんな来てるかな」

男は両腕を伸ばしてリュックをボートから降ろす。
船にいたもう一人も、その後からマングローブへと登った。

「来てるよ。全員かはわからないけど」

そう答えたもう一人は、女だった。こちらは白いシンプルなマントを羽織っている。
女は、ポケットから小さな紙切れを取り出す。ビブルカードだ。

「行こう」
「おう」

女は紙の導く方へ歩き始める。男も、リュックを背負ってその後に続いた。

「(やっと、ここに戻ってこれた)」

女が、この島を訪れるのは初めてではない。

「(まさか2年もかかるなんて……あの時は思ってなかったな)」

サァと潮風が吹き、女が被っていたフードが捲れる。
アンジェ・シャオリーは、突然の陽光に目を細めた。
風にふわっと広がるボブの黒い髪は、陽の光を受けてキラキラと輝いた。

「ちゃんとフード被ってねェとダメだぞ」

男が、捲れたフードを掴み、再びシャオリーの頭に被せる。

「バレたら出航しづれェって言われたろ」
「うん、ありがとう」

シャオリーは、男の顔を見る。
モンキー・D・ルフィ。彼女の船長であり、幼馴染であり、一番大切な人だ。
2年の時を経て、シャオリーとルフィはシャボンディ諸島に帰ってきた。

九蛇海賊団の船で送ってもらったはいいが、ハンコックとルフィの関わりを知られてはいけないため、シャボンディ諸島近海で小さなボートを貰い、それでシャボンディ諸島までやって来たのだ。
大きなリュックには、ハンコックからルフィへの弁当が詰められている。ルフィが今着ているマントも、ハンコックの物だ。

「(最後の最後まで、ハンコックさんはルフィの事しか見てなかったな…)」

シャオリーの着ているマントはマーガレットがくれた物だし、シャオリー宛の弁当は無かった。ハンコックにはどうやら嫌われているようなので、今更シャオリーは何とも思わなかったが。
ハンコックがシャオリーのために何かしたとすれば、2年間女ヶ島に匿ってくれた事くらいだ。

ビブルカードは、徐々に島の中心部、人も店も多い観光地の方へと二人を導く。

「……ん?」

シャオリーは、ふと近くの建物の壁に何かが貼られているのを見つけた。

「なにこれ」

それはチラシのようで、真ん中には"麦わらの一味"のマークである、麦わら帽子を被った髑髏がデカデカと載っている。上には大きな文字で『仲間募集』と書かれていた。
どういう事だろうか。"麦わらの一味"が仲間を募集している。希望者は、"麦わらのルフィ"と仲間が数名待っている酒場へ来るようにと記されている。

「(誰かが、私たちに成りすましてる…?)」

海賊達を騙して、強い仲間を集め、"新世界"へ向かおうという魂胆だろうか。

「ねえ、ルフィ。これ見て…」

シャオリーはチラシをルフィに見せようとした。が、隣には誰もいなかった。
シャオリーはチラシを持ったまま、固まってしまった。
周りを見回しても、ルフィの姿はどこにも見当たらなかった。

「……………え?」


***


「あり? シャオリー、どこ行った?」

人混みの中を歩くルフィは、ふと足を止めた。
隣を歩いているはずのシャオリーがおらず、周りを見回すも彼女の姿は無い。

「おかしーなァ。さっきまで居たのに」

ルフィはゴソゴソとポケットを探り、ビブルカードを取り出した。

「しょうがねェ。人攫いじゃねェみてェだし、レイリーのとこに行けば会えるだろ」

かつて、シャオリーはこの地で人攫いに捕まった事がある。
あの時ルフィはシャオリーを探して諸島中を走り回ったが、何だかんだと最終的には海軍大将が出てくる程の大きな騒ぎになってしまった。
だが今日は、ハンコックから騒ぎを起こすなと言われている事もあり、なるべく目立つ行動は控えなければならない。
シャオリーもビブルカードは持っているし、目的地が同じならそこで会えるだろう。

改めて、ルフィはビブルカードの示す方向へ進み出そうとした、その時だった。
どんっ、と体に衝撃が走る。どうやらリュックが通行人にぶつかってしまったようだ。ルフィはよろめく事も無かったが、相手は地面に倒れてしまった。

「あ、ぶつかったか? ごめんな!」

ルフィはちらりと相手を見て、倒れただけで怪我もなさそうだったのでそのまま歩みを進める。今はとにかくレイリーのところへ向かわなければ。

「ちょっと待てェ!!!」

倒れた男が怒り、ルフィを呼び止めた。様子を遠巻きに見ていた通行人達が、ざわざわとどよめき始める。

「ん?」

ルフィは、ゆっくりと振り向いた。

男はまだ知らない。
ここで彼を呼び止めなければ、自分の運命はもっと違っていたかもしれないということを。




戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -