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シャオリーは、船の甲板から海を眺めていた。
"凪の帯"であるこの海は、空も海も穏やかだ。時折ウミネコが鳴きながら空を飛んでいく。
九蛇海賊団の船は、とある島に向かって航行している。
「見えてきたわ!」
見張りが声を上げる。
水平線の向こうに、島が見えた。女ヶ島から北西に進んだところにある無人島・ルスカイナだ。
現在はたった一人だけ、その島で暮らしている人物がいる。
「あれから2年か〜」
「なんだか思ったよりも短かったわね」
周りの九蛇海賊団の船員の話を聞きながら、シャオリーも思いを馳せる。
「(本当に……会えるんだ)」
今日、シャオリーは再会する。
2年ぶりに、大切な人と。
心臓が緩やかに加速していく。
「楽しみだね」
マーガレットが隣に立って微笑んだ。
「シャオリーの髪見たら、なんて言うかな」
「うーん、どうだろう… あんまり人の外見とか気にしない人だから」
シャオリーの髪は、短くなっている。
肩に届かない程度の長さのボブヘアーだが、うなじあたりの一部分だけ腰まで長く伸びており、それを髪留めで2つに分けて結び、垂らしている。
思うところがあり、2年前に長い髪は切ってしまった。
だが、せっかくエースからもらった髪留めが使えなくなってしまうので、1箇所だけ長いままにしてもらったのだ。
やがて船はルスカイナに到着した。
ルスカイナの上空だけ雲がたちこめ、雪が降り積もっている。ここは週に一度季節が変わる島のため、周りは夏でもこの島だけ冬なのだ。
「着いたのか」
ハンコックが部屋から出てきた。頬を染め、うっとりした表情で船を降りる。
「嗚呼、愛しいあの人に…遂に会えるのじゃな……」
まるで歌劇のような台詞も、彼女が言うと様になる。
ハンコックの2人の妹、マリーゴールドとサンダーソニアも船を降り、他の船員もそれに続く。
「おニュしも来るか?」
ニョン婆がシャオリーに尋ねる。
「私はここで待ってます」
他の船員と共に船の準備をしながら、シャオリーは待つことにした。
本当はすぐにでも会いたいのだけれど、ハンコックや他のみんなとの再会を邪魔したくなかった。
「ハァ…… 慎ましすぎるニョう…」
ハンコック達の後ろを歩きながら、ニョン婆は2年前にレイリーから聞いた話を思い出していた。
ライバルがハンコックでは戦意喪失するのもわからなくもない、が。彼が今一番会いたい相手が自分だということに、シャオリーは気付いていないのだ。
数分後。
再会した彼の第一声が「シャオリーは?」なのは言わずもがなだった。
***
船の準備といっても、食料は女ヶ島から持ってきたし、この島で調達するものもないので、特にやる事がなかった。
「(みんな、元気にしてるかな)」
シャオリーは別れた仲間を思う。
ちょっとやそっとじゃ死なないような仲間達なので体の心配はしていないが、全員が無事に再会できるかどうか。ビブルカードがあるとはいえ、海を越えて遥々シャボンディ諸島までやって来るなど、簡単にできる事ではない。
私は女ヶ島のみんなが助けてくれてシャボンディ諸島に戻れるけど、他のみんなは大丈夫だろうか。
「(いや、助けてくれる人は絶対いる)」
キッドやローが助けてくれたように、手を差し伸べてくれる人は必ずいるものだ。
「(二人にも、また会いたいな)」
麦わらの一味が再集結すれば、"新世界"へ入れる。
きっと二人は既に"新世界"入りをしているはずだ。
今日は、そのための一歩だ。
ふと、雪が止んだ。
「シャオリー〜〜〜ッ!!!」
懐かしい声が、シャオリーを呼んだ。
シャオリーはぱっと顔を上げる。
「ルフィ!!」
ルフィはシャオリーに走り寄ると、シャオリーを抱き上げてクルクル回った。
「うわー!シャオリーだ!本物だァ!!
ひっさしぶりだなァ〜〜!!」
「あははっ!ルフィ久しぶり!」
「会いたかった〜〜!!」
ルフィは全く変わっていなかった。
唯一の変化といえば、胸に大きな傷痕が増えていた事だ。頂上戦争で、赤犬に負わされた怪我の痕だ。
身長は少し伸びたようだが、シャオリーも伸びたので身長差はあまり変わらない。
シャオリーはルフィの笑顔を見つめる。シャオリーの大好きな、太陽のような笑顔だ。
再会をこんなに喜んでくれるとは、シャオリーも嬉しい気持ちになる。
シャオリーとルフィは、九蛇海賊団の船に乗る。
いよいよ、シャボンディ諸島へと向かうのだ。
「他のみんなも元気かなァ」
「絶対元気だよ」
もしかしたら、もうシャボンディ諸島へ到着しているメンバーもいるかもしれない。
シャオリーは、レイリーのビブルカードを取り出す。
レイリーは、半年前にシャボンディ諸島へ帰った。一年半で教える事は終わったらしく、ルスカイナを出たレイリーは帰り際に女ヶ島へ顔を出した。
その際にシャオリーもレイリーと会っている。
シャオリーの髪が短くなっているのを見て何か思うところはあったようだが、半年後にシャボンディ諸島で待っているとだけ言って、彼は帰って行った。
「早く会いてェな」
ルフィも同じようにビブルカードを取り出し、それを見つめる。
その横顔を、シャオリーはじっと見た。
「………………」
ふと、シャオリーはその横顔へ手を伸ばす。
指先が頬に触れ、ルフィが不思議そうに顔をこちらに向ける。
「なんだ? どうした?」
「………、あっ」
シャオリーはハッとして手を引っ込めようとした。だが、ルフィはシャオリーの手首を掴み、その手に頬を擦り寄せた。
「ご、ごめん。 夢じゃないんだなって思って…」
この2年、幾度となくシャオリーは見てきた。
ルフィと再会する夢、みんなと再会する夢。
一味はバラバラにならなくて、戦争は起こらなくて、エースも死ななかった夢。
でも、今日は違う。ルフィはちゃんと目の前にいる。ルフィと再会したのは夢でも幻でもなく、現実だ。
「夢じゃねェぞ」
「うん」
ルフィがしししっと笑い、シャオリーも微笑んだ。
「………あの二人が恋人じゃないって、本当かしら」
物陰から、九蛇海賊団の面々が二人の様子を観察する。
「シャオリー本人が『恋人じゃない』って言ってるから、恋人ではないんだろうけど」
「でも、どう見てもあの距離感は普通じゃないわよ…」
「やっぱり幼馴染だから?」
「わらわは認めぬ… 認めぬぞ…!」
嫉妬の炎に身を焦がしているのはハンコックだ。マーガレット達と一緒に物陰に潜み、禍々しいオーラを放ってシャオリーとルフィを見つめている。
シャオリーの前では余裕ぶるハンコックだが、内心は、シャオリーのことが羨ましくて仕方ないのだ。
「(また殺気が)」
そしてシャオリーは、ハンコックの放つ黒い念を察知していた。自分に向けられる負の感情には、すぐ気付いてしまう。
そして、当のルフィはもちろん全く気が付かない。
ハンコックがルフィのことをどう思おうと、それはハンコックの勝手だ。
ハンコックがルフィに迷惑をかけない限り、シャオリーはハンコックとルフィを遠ざけよう等とも思わない。シャオリーが邪魔だと言われれば、自分は消えてしまっても構わない。
だが、シャオリーに対して嫉妬心や殺気を向けられるのは困る。
「(ルフィとは恋人じゃない、ってちゃんと言ったのにな…)」
ルフィと再会して高揚していた気持ちが、ちょっとだけ沈むシャオリーだった。
***
シャボンディ諸島・"13番GR" シャッキーズぼったくりBAR
レイリーはソファに座り、読んでいた新聞を閉じた。
店内には店主のシャッキーの他に、全身を包帯で巻いたデュバルと数人の部下しかいない。
「まだ3人か」
机の上に置かれたビブルカードを見て、レイリーは呟く。
あれから、2年。
"麦わらの一味"は、再集結の時を迎えた。
一番最初に現れたのはゾロだった。極度の方向音痴、迷子の常習犯と仲間から散々言われていた彼が一番乗りとは、幸先が良いのか悪いのかわからない。
それから数日後にフランキー、3人目のナミは昨日やって来た。フランキーはサニー号に向かい、ナミはショッピングをしてくると言って出て行ったきりだ。ここに留まらないように、気を遣ってくれたのだろう。
「……………」
レイリーは酒杯を傾ける。
半年前、ルフィと別れたレイリーは帰り際に女ヶ島へと寄った。
半年後にシャボンディ諸島へと戻るルフィとシャオリーの送り迎えを、九蛇海賊団に頼むためだ。
女ヶ島の港でハンコックやニョン婆と会い、ちょうど修業の休憩中だったというシャオリーもやって来た。
「レイリーさん、お久しぶりです」
そう言って笑ったシャオリーの髪は、別人かと思う程短く切られていた。腰まで伸びていた髪は、今は肩に届くか届かないか。一部だけ長いままだが、イメージチェンジどころの変化ではない。
何か心境の変化があったのか。触れるべきか迷ったが、レイリーは何も言わないことにした。
もし彼女が「変わろう」と思い、そしてその一歩が髪を切る事だったのなら。
「レイリー。ルフィはその後どうなのじゃ?
約束の2年までまだ半年あるが……」
「私が教えられる事は全て教えた。これからは、ルフィ一人で更に鍛錬を積んでもらう。
半年後には、更に成長しているだろう」
「嗚呼……ルフィ…早く会いたい…!」
レイリーの言葉を聞いて、ハンコックは成長したルフィに思いを馳せてウットリした顔をした。
シャオリーも、ひっそりと息を吐く。とりあえずルフィが元気そうで安心した。
相変わらずハンコックの前では一歩引いてしまうシャオリーを見て、レイリーは何かを含んだような笑みを浮かべた。
「………君も、成長したようだな」
レイリーは、シャオリーを一目見て悟った。
シャオリーも、この一年半で随分変わったようだ。というより、頂上戦争を経て、自分の生きる道が定まったと言った方が良いかもしれない。
今までは、ただルフィに付き従いその後ろを付いてきただけだったが、ようやく自分の道を見つけたといったところか。
「成長、できてるかな」
シャオリーは控えめに笑う。
「できてるわよ。シャオリー、すっごく強くなったわ」
「もう私達じゃ敵わないの巻ね」
「そうね。覇気もだいぶ扱えるようになったし」
「もう教える事がないくらいよ」
「そ、そんなに…?」
マーガレットやスイトピーがシャオリーを褒めると、マリーゴールドやサンダーソニアもそれに賛同した。シャオリーはちょっと困惑している。
「女ヶ島総出で鍛えてやったのじゃ。むしろ、成長しない方がおかしい話であろう」
ハンコックが「そんなの当たり前だろ」という口調で言った。相変わらず、シャオリーには当たりが強い。
だがそれは、ハンコックがシャオリーを"ライバル"として認識していることの表れでもある。自分の恋路を邪魔しかねない相手、ルフィを巡って敵になる相手として見ているのだ。
つまり、ハンコックはシャオリーを認めているということになる。
シャオリーは「ハンコックさんに嫌われてるんだな」としか思っていないようだが。
「そうか」
レイリーは言葉少なく答え、そして女ヶ島を後にしたのだった。
「どうしたの、レイさん」
シャッキーに声を掛けられ、レイリーは意識を現実に引き戻す。
いつの間にか口角が上がっていた事に気付き、レイリーは「なんでもない」とだけ答えた。
「(そろそろ、ルフィとシャオリーは再会した頃か)」
女ヶ島からシャボンディ諸島までは数日かかる。もう、九蛇海賊団は二人を乗せてこちらに向かっているだろう。
テーブルの上には、酒杯の他に2枚のチラシが置かれていた。
ブルックのライブと、麦わらの一味が仲間を募集しているという内容のものだ。
「さて…… どうなることやら」
レイリーは楽しそうに呟くと、また酒杯を傾けた。
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