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ホーディが最優先で殺したがっているという事もあり、案の定しらほしは真っ先に狙われた。
「狙撃部隊!!しらほし姫を狙え〜〜!!」
「ヨホホホ!感心できませんね、世界の憧れ人魚姫を傷付けようなんて!!
"キントーティアス 幻想曲"!!!」
「やれ!鉄の甲羅部隊!!」
「"三刀流 黒縄・大竜巻"!!!」
「ウニ衣トゲ部隊〜〜! あの足技男を串刺しにしろォ!!」
「"悪魔風脚 焼鉄鍋スペクトル"!!!」
「猛毒部隊行けェ!!」
「"クロサイ FR-U4号"〜〜〜!!!」
新魚人海賊団は多種多様な部隊が揃っていたが、2年の修業でパワーアップした"麦わらの一味"の敵ではなかった。
ルフィの覇気で半分に減ったとはいえ、本気を出さずともこれではあっという間に片付いてしまうかもしれない。
「すごいぞ…!あいつら、本当にすごい!!」
「10倍も多い敵に全く怯まねェ…!」
「いいぞ〜!麦わら〜〜!!」
"麦わらの一味"の強さを目の当たりにして、住民達は歓声を上げた。
その声を聞いて、ホーディは苛立ったようにチッと舌打ちをする。
「クラーケン!広場へ出ろ!!」
ホーディは、背後に控えるクラーケンを呼んだ。クラーケンはビクビクと体を震わせて怯えている。
海で出会った時はいきなり襲われたし危険な生物なのかと思ったが、実は臆病な性格だったようだ。
「たった10人だ!踏み潰して来い!それで終わりだ!!」
クラーケンはそろそろと出てくるが、触手を丸めて小さく縮こまっている。そんな様子に、ホーディのイライラが増す。
「お前は北極からわざわざ連れてきたおれの奴隷だ!しっかり働け!!」
縮こまっていても、下手な船より大きい化け物タコだ。住民達は不安そうに言葉を漏らす。
「まずい…伝説の怪物を出してきた…」
「あんなのに潰されたらひとたまりもないぞ…!」
その時、ルフィがクラーケンに気付いた。
「あ!おい、スルメ〜〜!おれだよ!
のせてくれー!お前、1回ウチのペットになったから友達だろ!!」
クラーケンもルフィに気付いた。途端クラーケンは寝返り、ルフィを背中に乗せて、嬉々として海賊達を蹴散らし始めた。
「ギャ〜〜〜!!クラーケンが裏切った!!」
「止まれこのバカタコ〜〜!!」
そんな様子を見て、ホーディの額にはピキッと青筋が立つ。
「あいつ、ホーディの部下だったのか」
「北極から連れてきたって」
「どうりで… クラーケンが住むには、この辺りの海は温かすぎると思ったわ」
クラーケン、もといスルメが海賊達を蹴散らしていくのを一味のメンバーはのんびりと眺めた。
「いいか、スルメ!お前はここでよわほしを守るんだ!」
ある程度敵を片付けると、ルフィはスルメにしらほしとサニー号の守護を任せた。スルメはニコニコ笑って頷く。よっぽどルフィに懐いているらしい。
しらほしの方を心配しなくて済んだので、いよいよ"麦わらの一味"は全員が戦闘に加わった。
「"突風ソード"!!!」
「"竹ジャベ林"!!!」
「"角強化"!!!」
弱小トリオ(ナミ、ウソップ、チョッパー)も新技を披露して敵を倒している。
「(みんな、強くなってる)」
シャオリーはエースを守れなかった自分の非力さを呪い、この2年、死に物狂いで修業してきた。
もう二度と、誰も失わないように。
次こそは、大切な人を守れるように。
誰にも負けないくらい、強くならなくちゃ。
他のみんなも、きっと同じような気持ちで修業してきたはずだ。
「クラーケン! よくぞしらほしを捕まえた!!」
その時ホーディがスルメに声を掛けた。
「そのまま握り潰せ!!」
スルメはすぐには命令に従わず、戸惑いを見せた。
「………北極で平和に暮らす、お前の兄弟。その居場所はわかってる。おれ達ならいつでも容易く殺しに行けるんだぜ。
伝説の種だ、死体でも高く売れるんだろうな!!」
その言葉を聞いて、シャオリーの中でふつふつと何かが湧き上がってきた。
スルメには兄弟がいるんだ。それを人質に取り、言うことを聞かせようとしている。
「えっ、う… するめ様…!? く、苦しいです……!」
しらほしが呻き声を上げる。スルメが触手でしらほしを握り潰そうと締め上げたのだ。
しらほしは苦しさに顔を歪めているが、スルメも同じ目に遭っているかのような表情をしていた。
「スルメ!!」
ルフィが名前を呼ぶ。触手から僅かに力が抜けた。スルメは微かに震えており、歯を食いしばってフーフーと息を荒らげていた。
「兄弟を守る為に、あいつの言いなりになってたのか」
スルメは、ルフィをキッと睨む。対して、ルフィは帽子を被り直して問うた。
「守りてェよなァ。 弟か? …………兄ちゃんか?」
帽子から手を下ろすと、ルフィは笑顔で言った。
「ししし! それ、おれにも守らせてくれよ!」
その笑顔を、その言葉を聞いて、スルメははらりと触手を緩めた。
シャオリーは目を閉じた。何を犠牲にしても、守りたいものがある。その気持ちはシャオリーにも痛い程理解できた。
ルフィは、ホーディの元へと歩き始める。
「麦わらァ〜〜!!」
「船長のとこへは行かせぬっヒ!!」
新魚人海賊団の幹部、ドスンとイカロス・ムッヒがルフィの行く手を遮る。しかし。
「なんか燃えてきた!!!」
二人の幹部をかわし、ルフィは一瞬で移動するとホーディを蹴り飛ばした。
シャオリーは、ルフィを見失い戸惑う二人の幹部を吹き飛ばした。ドスン、イカロス・ムッヒ共にシャオリーの何倍もの大きさだったが、二人は風に煽られる木の葉のように宙へ舞い上がり、そして地に落ちた。
二人が落ちた近くに、一人の女の魚人が立っていた。
「!」
青い半透明の髪は、彼女と同じ。
クラゲの魚人で、顔付きもどことなく似ている。
「まさか」
彼女はじっとシャオリーを見つめて……否、睨み付けていた。
その時、急に広場が暗くなった。
「なに…?」
誰もが動きを止めて、空を見上げた。
「えええ〜〜〜!?!?」
「あれは"ノア"!?」
「"魚人街"にあるはずなのに…!」
「なんで!?」
島と同じくらいはあろう巨大な舟が、島のシャボンの外側に浮かんでいた。舟は船首をこちらに向け、近付いてこようとしている。
「あんな舟がぶつかれば島ごと砕けるぞ!!」
「シャボンが割れたら、水圧で居住区なんて吹き飛んじまう!!」
「一体誰が動かしてるんだ!?」
野次馬の住民達だけでなく、新魚人海賊団の面々も動揺している。あの舟は、彼らの仕業ではないようだ。
その時、舟から何かが落ちてきた。先ほど海の中で出会った海坊主だった。
「バンらーれっケン船長〜〜!!
おれが落っこっちまったらー!舟を止めてくれ〜!!」
「デッケンだと!? あのイカレ海賊!!」
ホーディも舟を見上げて悪態をつく。これは想定外の出来事で、バンダー・デッケンが勝手にやっている事らしい。
「バンダー・デッケン…… じゃあ、あの舟をしらほしに向かって飛ばしたってこと!?」
あの巨大な舟は、しらほしの元に到着するまで止まらない。しかし、あんな舟がぶつかったら命はない。
広場にはホーディ達もいるとわかっているはずだ。もしかして仲間割れだろうか。
「しらほし姫はどこ行った!?」
海賊の誰かの声が聞こえて、シャオリーはハッと振り返った。スルメに守られていたはずのしらほしの姿が、消えていた。
一瞬、みんなが舟に気を取られている間にホーディが攫ったかと思ったが、ホーディもしらほしを探して周りを見回している。
「わたくしなら、こちらです!!」
その時、しらほしの声が聞こえた。広場の上空に彼女の姿はあった。
「しらほし! なんであんなところに」
「あの舟は姫に向かって飛んどるんじゃ!」
「まさか、舟を広場から遠ざけるために…!?」
「よわほしのやつ!遠くに行くなっつったのに!!」
しらほしは両腕を広げ、舟の上のデッケンに向かって叫んだ。
「あなた様の"マト"はわたくしの命ではございませんか!
わたくし一人の命を奪う為だけに、リュウグウ王国の皆様まで巻き添えになさるのは!おやめ下さいませ!!」
広げた両腕は震えている。人よりも特別臆病な彼女は、本当は怖くてたまらないはずだ。
だがそれよりも、国民を巻き込みたくない、王国を守りたいという気持ちが彼女を突き動かしている。
しらほしが移動した事により、舟は少しづつ進路を変えていく。
「あれ!?ホーディ船長がいないぞ!?」
「あ!あそこに!!」
気付くと、ホーディは舟からぶら下がっている幾つもの鎖の一つにしがみついていた。デッケンとしらほしを殺しに行くつもりだ。
「サンジ待て! おれが行く!!」
ホーディを追ってサンジが舟に向かって飛んでいこうとしたが、それをルフィが止めた。
「シャオリー!! おれを連れてってくれ!!」
呼ばれて、シャオリーはルフィの元へ駆け寄った。
「行くよ!掴まっててね!」
「ああ、頼む!」
シャオリーはぎゅっとルフィを抱きしめ、空を飛んだ。
「ここは海底… "天使"は大人しく地に落ちていろ」
シャオリーとルフィが追ってきている事に気付き、ホーディが"矢武鮫"を放つ。ただの水滴が、彼がこの技を使うと弾丸よりも威力のある弾となって相手の体を貫く。
「お生憎。私は"堕天使"だよ」
シャオリーは大きく旋回し、それを避けた。ホーディの近くは危険と判断し、隣の鎖の上方へルフィを連れていく。
「ここでいい?」
「ああ、ありがとう! しらほしはおれが守るから、シャオリーは広場を頼めるか?」
「うん。 ルフィ、気を付けてね」
ルフィを鎖に降ろし、シャオリーはその場を離れる。本当はルフィのそばにいて援護したいが、海の中に出られてはむしろ足手まといになってしまう。ルフィに言われた通り、大人しく広場へと戻った。
広場では、"麦わらの一味"と"新魚人海賊団"の幹部との戦いが始まっていた。
「(私も誰かの援護に…)」
みんなの戦況を確認しようとしたが、足に何かが絡み付くのを感じて、シャオリーは跳躍して少し離れたところに着地した。
青くて半透明の触手がうねっており、振り返れば、先程シャオリーを睨み付けていた女の魚人が立っていた。
「あなたは……」
忘れはしない。
2年前、"東の海"のココヤシ村で出会った"アーロン一味"。その元測量士でクラゲの魚人、フロート。青い髪で相手を刺し、毒を注入させるのが得意だった。
シャオリーと戦い、そして敗れた。目の前の女性は、そのフロートによく似ている。
「フロートの、」
「妹よ!」
彼女はボニート、フロートの妹だ。
人魚族、魚人族は親子や親族でも似てないことが多いというが、フロートとボニートはよく似ていた。青い髪は、同じく毒を持っているのだろう。
「2年前、あんたに負けて姉さんは海軍に捕まった。
人間の村を統治していただけなのに… 何も悪いことなんてしてないのに!!」
"統治"とはよく言ったものだ。確かに形だけ見ればそうだったかもしれないが、アーロンは人間を支配し、苦しめる事が目的だった。
「あそこにいるオレンジの髪の女。あれがアーロンさんが雇った人間なんでしょ? あの女のせいで、姉さんは仕事を奪われた。
そしてあんた達と戦って、姉さん達は全員捕まった!」
確かにボニートの言い分は間違ってはいないが、自分に都合の悪いことを見ていない。
「ナミは、突然やってきたアーロンに育ての親を殺された。
アーロンの仲間になったのも、ほとんど脅迫だったって聞いてる。そうせざるを得ない状況だったって。
親の仇に協力させられて自分を犠牲にして、10年も過ごした。
ナミは、何も悪いことなんてしてないのにね」
シャオリーが言い返すと、ボニートはむ、と口を歪ませた。
「そもそも海賊をやってる時点で海軍に捕まる理由はあるし、フロートが私に負けた事とは別の問題。
牢獄に捕まった姉を助けに行かないのは、あなたの問題」
「牢獄に捕まった人を、どうやって助けろって言うの… 助けようとして自分も捕まるのがオチよ」
「自分のことを顧みないで兄を助ける為に牢獄に侵入した人を、私は知ってる」
まさに、ルフィはエースを助けるためにインペルダウンへ侵入した。ただルフィの場合、最初からハンコックという協力者がいたので引き合いに出すには少し違うかもしれないが。
「私と戦って、もしあなたが勝っても、フロートは帰って来ないよ」
「うるさい!」
戦意喪失させたかったが、逆に火を付けてしまったようだ。
ボニートの髪がうねり、揺れた。まるで髪そのものが生きているかのように。
シャオリーも背中の翼を広げ、ボニートの攻撃を受ける準備をした。
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