179
「おれがお前の母を殺したと知ってたとは……どういう事だ」
ホーディはしらほしを睨み付ける。
オトヒメ王妃は人間の海賊に撃たれた。リュウグウ王国の誰もがそう思っていた。
そのせいで、人間と魚人・人魚族との和解は絶望的な状況になってしまった。
そうなるように、ホーディが仕向けたのだ。
しらほしは目に涙を浮かべ、きゅっと下唇を噛む。
「事件から数年後…メガロがこっそり教えてくれました…
この子は元々ネプチューン軍のペット。あの日、全てを見ていたのです……!」
ホーディに睨まれたメガロは、怯えつつもシャーと威嚇している。
「ではっ、なぜそれをわしらに…!?」
「言えば誰かがホーディ様をお恨みになると思いましたので……それではお母様が悲しまれます…!!」
しらほしはポロポロと涙をこぼす。
「お母様と交わした、最期の約束なのです…!!!
犯人様がどちらのどなたでも決して憎んではいけないと…」
犯人が誰であろうと、憎しみや恨みに囚われないで。
それは母の遺言。死にゆくオトヒメが最後まで言い続けていた事。
「(親の仇を憎まない? ありえないわ)」
ボニートは、不可解なものを見るような目でしらほしを見た。
自分は、姉が人間の小娘に負けて海軍に捕まったと聞いただけでも、その小娘に復讐してやろうと思っているのに。
「(何なの、この女)」
イカレてる。普通じゃない。
私には、そんな事できない。
私は、絶対に相手を同じ目に遭わせてやる。
「ジャハハハハハ!!
メガロ、お前よくこのマヌケ女を選んで話してくれた!他の誰かならおれ達の計画は潰れてた!!」
ホーディは更に機嫌を良くした。
当然だ。もしこの事実をネプチューン王や王子達、ジンベエ等に話されていたら。
ホーディはとっくに捕まり、リュウグウ王国は今頃地上へ移住していたかもしれない。
「(そうすれば、姉さんも捕まる事はなかった……のかな)」
ふとそんな未来を想像したが、ボニートはすぐに現実に意識を引き戻した。タラレバ話は意味がない。
「お前がおれを憎まなかった事で、これからこの王国は滅びる!!
お前のせいで!父も兄も国民も全員が死ぬんだよ!!」
「違う!!耳を貸すな姫様!!あんたのやった事は間違いじゃない!!」
「ジャハハハ! 間違い以外の何だ!?」
ジンベエが擁護するが、ホーディはそれを笑い飛ばす。そして右手を大きく振った。
「"矢武鮫"!!!」
大量の水滴がまるで弾丸のように、王と王子達の体を貫く。蜂の巣になる、とはまさにこの事だ。
水滴が磔台に当たり壊れたのだろう、ネプチューンの体はホーディの足元に倒れた。意識はなく、まだかろうじて生きてはいるが虫の息だった。
ガラン、と黄金の王冠が地面を転がる。
「ぎゃはははは!!みっともねェ姿だ!!!」
「お父様あ〜〜!! お兄様あ〜〜!!」
海賊達の嘲る笑いの中に、しらほしの悲痛な叫びが響く。
ボニートは、足元に倒れる王子達を見下ろした。うめき声を上げる間もなく気を失い、傷口から流れた血がじわじわと地面に広がっている。
もし、王や王子達をこのまま殺したら。
しらほしは、どういう行動に出るだろう。
「(それでもやっぱり、あんたは誰も恨まないの?)」
ボニートは髪を王子の尾びれへと伸ばす。こっそり毒でも注入してやろう。
しかし、その時子どもの泣き声が聞こえてきて、ボニートはピタリと止まった。
「帽子をかぶった海賊は、いつこの島を壊しに来るの!?」
「おれ今がいいな! そしたらあいつらも困るから!!」
「王様が殺されちゃうなんてやだー!!」
野次馬の中には当然子どももいる。一部始終を見て、そんな事を言い出した。
すると子ども達の声に賛同したのか、周りの大人も口々に叫び出す。
「おい、"麦わらのルフィ"〜〜!!
いつか島を滅ぼすなら!! 今来い!!」
「今すぐここで暴れろ〜〜〜!!!」
「島のどこかにいるならすぐにここへ来い!!」
「"麦わら"ァ〜〜!!」
そんな声を聞き、ホーディは呆れたように息を吐いた。
「呆れたぜ。藁にもすがるとはまさにこの事…」
「虚しい叫びだな」
「………………」
叫び声がうるさく、ボニートは少し顔をしかめた。
子どもの泣き声も、助けを求める必死な叫びも、耳に障る。
他力本願な住民たち。自分の力で戦おうともしない。
「イライラする…」
ボニートはぼそりと呟いた。
「血迷ったバカ共を現実に引き戻してやろう」
ホーディはネプチューンの頭を左手で押さえ付け、右手を大きく振りかぶった。
「よく見ておけ!!
先代国王ネプチューンの頭が飛び散る様をよォ!!!」
右手が海水を纏う。
「ルフィ様あ!! お父様をお守りください!!!」
しらほしが叫んだ。途端にメガロが苦しそうな鳴き声を出し、何かを吐き出した。
「!?」
それは一瞬でホーディの目の前へ移動し、
「オオォッ!!?」
ホーディを蹴り飛ばした。
身体から蒸気のように煙を発し、それは着地する。
「あれは…!」
その場にいた全員の目が、その人物へと注がれる。
「「 "麦わらのルフィ"だァ〜〜!!!! 」」
"麦わらのルフィ"は、静かな怒りを湛えていた。
彼はメガロの口の中から出てきた。最初からサメの中に潜み、機を狙っていたのだ。
「ネプチューン王を助けてくれた!」
「しらほし姫があいつに助けを求めたぞ!!」
野次馬の声が、悲痛なものから少しづつ希望を孕むものに変わっている。対して、新魚人海賊団の幹部たちは動揺が隠せない。
「急げお前達ィ〜〜!!」
ジンベエが誰かに向かって叫ぶ。それに応えるように、女の声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、最初から急いでたわ」
突然何もない空間から、女が現れた。何かの技を使ったのか、姿を隠していたようだ。
女は一枚の紙を持っている。天竜人の署名がしてある書状だ。
次に、王と王子達の鎖が外された。いつの間にか鍵も盗まれていたのだ。ジンベエやしらほしの鎖も外れる。
「よくやった!上出来じゃ!」
ジンベエは嬉しそうな声を上げた。
そこでボニートは気付く。
「………最初からこれが狙いだったのね」
海賊はサメの中に隠れ、わざと罠にかかり、広場へ潜り込む。
そして姿を消せる者が書状と鍵を盗み、王と王子を助けるという算段だ。
「おい!空を見ろ!!」
誰かが空を指さす。空にはネプチューンのペットのクジラと、"麦わらの一味"の船サニー号が飛んでいた。
「"ガオン砲"! 発射ァ!!」
船首の大砲から巨大な空気の塊が発射される。広場の壁を壊され、衝撃と爆風で人も壁も吹き飛ばされた。
混乱している内に、クジラが王と王子を奪取して逃げていく。
「"麦わらの一味"全員来た!!」
船はしらほしのすぐ隣に着陸し、他の船員達も船から降りてきた。
その中にお目当ての人物を発見し、思わずボニートはニヤリと笑みを浮かべた。
「おい、"麦わらのルフィ"〜〜!」
「お前らは本当に魚人島を滅ぼすつもりなのか!?」
「なぜ竜宮城を占拠した!?」
「人魚を誘拐したのはお前達なのか?」
住民達は疑問を次々に口にする。
人魚誘拐疑惑に続いて竜宮城占拠。魚人島を滅ぼすとの予知もされているが、たった今ネプチューン王の命を救った。
「答えてくれ!!
お前達は魚人島の敵なのか? 味方なのか!?」
結局、"麦わらの一味"はどっちなのか。
その問いに、船長の"麦わらのルフィ"はこう答えた。
「そんなの、お前らが勝手に決めろ!!!」
***
"麦わらの一味"は、まず二手に別れた。
ゾロ達を救出する組と、ジンベエと共に広場に潜入する組だ。
潜入組はルフィ、ナミ、ロビンの3人。残りのメンバーが救出組だ。
捕まっていたゾロ、ウソップ、ブルックは、竜宮城に取り残されていたパッパグの手を借りて檻から逃げ出していた。
ちょうど竜宮城の出入口で救出に来ていたシャオリー達と鉢合わせしたので、そのままこの広場までやって来たのだ。
当初の予定では、ジンベエとメガロだけがわざと捕まり広場に侵入するはずだったが、何故かしらほしまでこの場にいる。しらほしは安全なところで待機し、王や王子達と共に逃げてもらう計画だった。
「"よわほし"のやつ、危ねェぞ」
「捕まった事自体が計画外じゃ」
「今からだと、一人で逃げるのも危険だよね」
体の大きなしらほしは、ただでさえ的になりやすい。
彼女の事は何としてでも守らなければ。
「使えねェ男だったぜ、バンダー・デッケン!!」
ルフィに蹴り飛ばされていたホーディが戻ってきた。
「まんまと引っかかった様だ。ジンベエ、あんたが大人しく捕まってる時点で気付くべきだった……!
人間達と仲が良いんだなァ!? お前みてェな奴がおれは一番嫌いなんだよ!!!」
ジンベエはフィッシャー・タイガーを慕っていたし、かつてはアーロンと共に同じ船に乗っていた。タイガーは人間が原因で命を落とし、アーロンは他の誰でもない"麦わらのルフィ"に負けた。
それなのに人間に復讐しようともしないし、その"麦わらのルフィ"と懇意にしている。それが、ホーディは気に入らないのだ。
「おれがこの島の王になり、全てを変える!!
世界中の人間共を海底に引きずり下ろし奴隷にしてやる!!
やがて魚人族に逆らう者はいなくなる!海賊の世界も同じだ!」
"新魚人海賊団"には、人間の海賊が3万人ほどいる。ここ数ヶ月、魚人島に来る途中の海賊船を襲って無理やり従わせているのだ。
全員、首には爆弾を取り付けられている。つまりは奴隷だ。
「これがお前達の未来だ、"麦わら"!
おれこそが真の"海賊王"にふさわしい!!!」
ルフィがぴくりと反応する。
シャオリー、ゾロ、サンジは「終わったな、ホーディ」と心の中で合掌した。それ系の発言は、ルフィの地雷なのだ。
「吹けば飛ぶ様な10人ぽっちの海賊に何ができる!!
こっちは10万人だぞ!!やっちまえ"新魚人海賊団"!!!」
ホーディの号令と共に、7万人の荒くれ者の魚人達と3万人の人間の奴隷達が雄叫びを上げて襲いかかってきた。
「一人頭1万人か」
「数いりゃ良いってもんじゃねェだろ」
ゾロとサンジが臨戦態勢に入ろうとしたが、ルフィが数歩前に進み出た。
そして立ち止まったかと思うと、衝撃が体を通り抜けていく。
すると、荒くれ者の魚人達と海賊の奴隷達は意識を失って倒れてしまった。ざっと半分ほど、5万人が一瞬で倒されたのだ。
「これは……覇気…!」
「やっぱ資質あったか、覇王色」
「このくらいやってもらわねェと、船長は交代だ」
ロビン、サンジ、ゾロは納得したような顔をした。
シャオリーはルフィの背中を見つめる。
2年前の頂上戦争の時は、自分にこんな力があると自覚すらしていなかったのに。
レイリーさんから教わったとはいえ、本来なら何年もかけて訓練していくものをたった2年でここまで扱えるようになるとは。
「(やっぱりルフィは凄いな)」
ルフィの成長ぶりが目まぐるしく、シャオリーは嬉しくもあり、そしてちょっと寂しくもあった。
「ホーディっつったな。お前はおれがぶっ飛ばさなきゃなァ。
お前がどんなとこでどういう"王"になろうと勝手だけどな」
ルフィはまた一歩踏み出す。ザリ、と砂の音がした。
「"海賊"の王者は一人で充分だ!!」
ルフィはギア3を発動し、残った海賊団達を殴り飛ばしていく。それを合図に、シャオリー達も戦闘態勢に入った。
「よし、行こう!!!」
戻る