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『この国は一度崩壊する。そして生まれ変わる…
新しい王は、おれだ!!』

ホーディ・ジョーンズのスピーチは、国中に流れていた。

『人間との"友好"を望む者はこの国から消えろ。
人間を信じ笑顔で歩み寄っても、人間はまたお前達を裏切るだろう!
お前達はネプチューン一族に唆され、死へ続く道を歩かされているだけだ!目を覚ませ!!』

「そんな……」

しらほしは涙を浮かべ、小さく声を漏らした。
シャオリー達は静かに、耳を傾ける。

『これを見ろ』

映像が切り替わり、ホーディの後ろにいる人物が映し出される。
それは血まみれで鎖に拘束されるネプチューン王の姿だった。

「お父様!!」

しらほしが悲鳴をあげる。
ネプチューンを鎖で縛ったのはシャオリー達、というかほとんどゾロの仕業だが、タイミング悪くホーディ達が攻め込んできてしまったのだ。

『旧リュウグウ王国との決別の時だ。
3時間後、ギョンコルド広場にてこの無能な王の首を切り落とす!!』

ホーディは一枚の紙を手に持っている。それはかつてオトヒメが手に入れた"天竜人の書状"だ。魚人と人間が友好な関係を築く事に賛成するという意味の内容が書かれており、天竜人の署名は"世界会議"でも大きな力を持つという。
そして彼の後ろには、大きな籠いっぱいに入った"地上への移住を希望する者の署名リスト"だ。

過半数を超える国民の署名、そして天竜人の書状があれば、リュウグウ王国は地上への移住が可能なものになる。
人間達と同じ世界で、タイヨウの輝く世界で、生きていくことが夢ではなくなるのだ。

「なんという…!」

ジンベエは怒りに満ちた目で映像を見た。

『そして最後に、海賊"麦わらの一味"!これを見ろ!』

ふいに名指しされ、シャオリー達は映像を注視する。
映像には、鉄の檻に入れられたゾロ、ウソップ、ブルックの姿が映っていた。

「何をやってんだアイツら…」
「ありゃー!捕まってる!」

ゾロはホーディと戦っていたと聞いたが、恐らく負けたのだろう。
三人の檻は城内のどこかの部屋に、天井から吊らされている。部屋の壁の穴から海水が入り、既に部屋の4分の1ほどの量が溜まっていた。このままでは、いずれ部屋は海水でいっぱいになってしまう。

『王の処刑が終わる頃には、この部屋も海水に沈む。下等な生物"人間"は、これだけで死ぬんだよなァ…!?
懸賞金4億ベリー"麦わらのルフィ"!!
お前達の首は地上の人間達への見せしめにちょうどいい!!』

ホーディはルフィの手配書を掲げる。

「(やっぱり4億だ)」

シャボンディ諸島で偽物のルフィがしきりに言っていたが、本当だった。

『さァ!! 旧リュウグウ王国の大掃除を始めるぞ!!
3時間後、この国はプライドのある魚人島に生まれ変わる!!!』

そして映像はブツンと切れた。
しばし沈黙が流れる、が、それをルフィの声が破った。

「おれの懸賞金4億だって! いつ上がったんだ〜?」
「それどころじゃないでしょ!!」

嬉しくてニコニコのルフィを、ナミがど突いた。

「戦争でお前さん一気に有名になった……3億を超えたらそうそう上がるもんじゃないんじゃがのう」

戦争の前と後では、他にもいろいろ変わった事が多そうだ。

「明らかにケンカ売られてんなァ」
「でもゾロが捕まるなんて… ホーディって実はかなり強い?」
「地上だったら負けねェのに」
「まァ、売られたケンカは買うだけだ!」

どのみち、ゾロ達を助けに行かなければならない。
それに、ルフィが名指しまでされて売られたケンカを買わないなど有り得ない。絶対に有り得ない。

「お父様が…! メガロ!助けに行かなきゃ!!」
「姫様!待ちなさい! メガロ止まれ!!」
「ジンベエ親分様… でも…!」

メガロに乗って広場へ向かおうとしたしらほしを、ジンベエが止めた。

「ニュ〜〜…… おれも行かねェ方がいいと思うぞ。
ホーディが今最も恐れてるのは、しらほし姫の"才能"だ。ホーディは姫自身を捕らえてその力を利用しようとは思ってねェ。力の存在そのものを恐れてるんだ…」

しらほしの"才能"。
それは、海王類と会話ができること。

人魚は魚と意思疎通する事ができる。
それは人魚族だけが持つ力で、魚人族にはあまり見られないがジンベエなど一部の魚人も魚と話せる人物はいる。
だが、人魚でも海王類と話す事はできない。しらほしの父ネプチューンだけ唯一クジラと会話ができるようだが、それすらも稀な才能なのだそうだ。

数百年に一度、海王類と話せる人魚が産まれてくる。
それが、しらほし姫だ。

海王類と話せる人魚姫の元に、いつか力を正しく導く者が現れ、その時世界には大きな変化が訪れる。
そんな言い伝えが、このリュウグウ王国にはあるそうだ。

愛を持ってその力を振るえば、多くの人を救う。
だが、もし、悪意を持って海王類に命令したなら。
魚人島どころか、世界を簡単に滅ぼせる程の力になる。
それを、ホーディは恐れているのだという。だから、姫の命を狙えるバンダー・デッケンと手を組んだのだ。

「厄介なものは消すのが、ホーディのやり方だ」
「しかし、私… "力"の話は聞いてますが、まだ海王類様とお話させていただいたことがなく……」
「そうか。それならホーディにそれが伝わらん様に気を付けねばな」
「よし、じゃあよわほしはここにいればいいな。 サンジ、頼んだぞ!」

ルフィはしらほしをサンジに託し、メガロに乗って広場へ向かおうとする。しかし再び、ジンベエが止める。

「お前さんらがホーディと戦ってはいかん!!」

ホーディと戦いルフィが勝てば、残った残党が"人間"を恨むようになる。それでは負の連鎖は止まらないとジンベエは言う。

「お前達がそのまま魚人島で暴れたらどうなるか…!
魚人族はこれまで、人間に心を開こうとする度に"人間"によってそれを邪魔されてきた…」

人間は凶暴な生き物。
人間は魚人を蔑み嫌っている。
これまでの歴史が、魚人族にそんな考えを植え付けてしまっている。

「結果、この危機から魚人島が救われるとしても、人間に楯突くホーディを打ちのめそうとするお前さんらの姿は、魚人島の皆に変わる事のない"歴史"を連想させる…!!」

歴史は繰り返すと言うが、そんな事になっては人間と魚人の共存は夢のまた夢だ。

「じゃあ、どうしたらいいの?
ゾロ達を助けなきゃいけないし、私たちには戦う理由がある」
「やるのならホーディをブチのめす凶暴な人間にならず、この島のヒーローになってくれ!!!」

ヒーロー?
シャオリーやナミ達はきょとんとするが、ルフィが抗議の声を上げた。

「ヒーロー!? いやだ!!」
「何!?」
「おれ達は海賊だぞ。ヒーローは大好きだけど、なるのはイヤだ!
お前、ヒーローって何だかわかってんのか!?
例えば肉があるだろ。海賊は肉で宴をやるけど、ヒーローは肉を人に分け与える奴の事だ! おれは肉を食いてェ!!」
「何その基準…」
「でもちょっとわからなくもない」

謎理論だが、なんとなくわかる部分もある。
ヒーローは与える立場。人のため、誰かのために自分の力を振るう。そして、見返りは求めないのだ。

「じゃあ肉は食わせてやるから言う通りにせい!!」
「わかった!!」
「解決した!?」
「肉食えれば何でもいいのかよ」

シャオリー達はジンベエからの作戦を聞き、ホーディとの戦いに向けて準備を進めた。


***

ギョンコルド広場。
ここはかつてこの国の王妃オトヒメが連日演説をし、署名を集め、そして暗殺された場所だ。
今この広場には、オトヒメの夫と息子であるネプチューン王と3人の王子たちが磔にされている。
その下では、新魚人海賊団の船長ホーディと幹部たちが集まり、待っていた。王と王子を助けに、そして自分達を邪魔しに来るであろう者達の来訪を。

女は、幹部たちから1歩離れた場所に立ち、広場を見回した。
後ろにはクラーケンが控えており、周りには海獣達が並んでいる。
そして新魚人海賊団の船員たちが10万人と、足元にはその船員たちにやられた竜宮城の兵士たちが転がっていた。生きているのか死んでいるのかは、わからない。

海賊"麦わらの一味"は、10人しかいない。戦力差は一目瞭然だ。

「(まさか馬鹿正直に、突っ込んで来るわけない……と思いたいけど)」

それでも女は待つ。空を見上げ、その人物が姿を現さないかと待っている。

「さっきからずっと静かだな、ボニート」

ホーディに声をかけられ、女……ボニートは顔だけをホーディに向けた。
ホーディはどこから持ち込んだのかソファに腰掛けている。

「それはあなたもね」

ボニートは素っ気なく言うと、また空へ目線を戻した。
彼女はカツオノエボシの魚人。青い半透明の髪は触手のように長い。

"アーロン一味"の測量士フロートの、妹だ。

「(姉さん……あなたの敵は討つ)」

2年前、フロートは"堕天使"シャオリーに負け、投獄された。彼女は今も牢獄の中で、恐らく二度と出所する事はないだろう。
アーロンの役に立つ為に彼と共に魚人島を出ていったフロートのことを、ボニートは誇りに思っていた。
ボニート自身は人間と交流する事もなかったので、人間に対する恨みなどは無いが、フロートが投獄されたと聞き、原因となった"麦わらの一味"、及び"堕天使"シャオリーへの復讐のために"新魚人海賊団"に入団した。

「しらほしの死亡報告は?」
「まだ無いな」

ホーディが問い、幹部の一人が答える。
バンダー・デッケンに姫を追わせているが、まだ何の報告もない。
彼が一番危惧してるのは、しらほしの力だ。海王類と会話できるという"伝説の人魚"、しらほしが自分の障壁になりかねないと考えている彼は、姫の命を狙っている。

「(姫を仲間に引き入れようとか、利用しようとは思わないのね)」

海王類を操れるなら、とんでもない力になる。しかしホーディは排除しようとするだけで、自分でその力を手に入れようなどとは思っていない。

「(まァ、泣き虫でウジウジした性格の小娘なんて、見てて
イライラするだけ…)」

直接会ったことはないが、しらほし姫がどんな人物なのかはこの国にいる者なら皆知っている。気が弱くてすぐに泣き、皆から愛される箱入り娘……
自分とは正反対だ。

「ホーディ船長〜〜〜!!!」

その時、部下の声が広場に響き渡った。

「しらほし姫と!ジンベエが罠にかかりましたァ!!」

広場の真ん中に、鎖で拘束されたしらほし姫とジンベエが放り出された。姫のペットのサメも一緒だ。

「これは幸運だ!!危惧していた二人が一気に捕まるとは!!」

ホーディの機嫌も一気に良くなり、笑い声を上げる。
騙されやすそうなしらほしはともかく、元"王下七武海"のジンベエがこんなあっさりと捕まるだろうか。ボニートは少し不審に思うが、両手足を拘束された状態ではいくらジンベエでも何もできないだろう。

「これで必要な顔は揃った!
あとはどう動くかわからねェのが"麦わらの一味"か。今頃、竜宮城への入口でも探して途方に暮れてる頃だろう…」

"麦わらの一味"はこちらには来ていないのだろうか。ボニートは広場を囲う建物の上を見回した。野次馬がたくさん集まっている。

「公共の広場でバカ騒ぎして品のないコ達ね!!
調子にお乗りでないよ、ホーディ・ジョーンズ!!!」

そこへ、思いがけない人物が現れた。マダム・シャーリーだ。

「懐かしい顔だ… 何の用だ」
「粋がってるお前に一言云わせて貰いたくてね。
私の占いで『ある男が魚人島を滅ぼす』と出たんだよ」

マダム・シャーリーは占いが得意で、未来予知を外したことはないと言う。幼い頃、大海賊時代の始まりも予知したそうだ。

「実質滅ぼす事になるかもな。そこにおれが映ってたのか?」
「いいえ。"麦わらのルフィ"だよ」

その言葉に、ホーディは顔をしかめる。

「………何が言いてェ」
「つまり、魚人島を支配するのは"新魚人海賊団"ではない」

ボニートが簡潔にまとめた。
"魚人島を滅ぼす"だけじゃいつ、どのタイミングで、どういう形で滅ぶかが不明瞭なので断言はできない。だが、例えこのリュウグウ王国乗っ取り計画が成功しても、いずれは"麦わらのルフィ"に滅ぼされるという事なのだろう。

「ウウッ」

マダム・シャーリーがうめき声を上げて、倒れた。ホーディの"撃ち水"を腹に受けたのだ。

「バカバカしい… 何への当てつけだ!シャーリー!!」

ホーディは立ち上がっていた。

「おれはお前の兄とは違う!!そりゃあガキの頃は、お前の兄アーロンは『魚人街』中の憧れだった!!
だがおれ達は"力"を手に入れた!! 見ろ、この規模を!この実力を!!
今じゃ"アーロン一味"の名は、結束の為の空っぽのシンボルでしかねェんだよ!!」

アーロンのできなかったことを、自分が。
ホーディは少しづつ計画を進めてきた。

「教えてやろうか…!
このリュウグウ王国の、お前らが愛して止まねェ王妃!!
オトヒメを殺したのはおれだ!!!」

その言葉に、広場は一瞬沈黙が流れた。

「……な、何じゃと…!?」

ジンベエが愕然とする。ネプチューン王や3人の王子達は、衝撃で言葉もないようだ。

「そんな…!」
「じゃああの時の"人間"は!?」
「王妃を!?」
「マジですか船長ォ!?」

野次馬だけでなく、新魚人海賊団の船員たちもが驚いている。この事を知っていたのは幹部だけだった。
ホーディは人間の海賊を雇い、署名箱に火を付けさせた。全員がそちらに気を取られている内に、ホーディがオトヒメを狙撃。それから雇った人間を犯人に仕立て上げて殺したのだ。

「邪魔だったんだよ! なァ、しらほし!!」

ホーディが、しらほしに向かって叫ぶ。

「人間への復讐を"悪"とし…人間と仲良くしようと島中に触れ回り!それを実現しかけたあの女が目障りだった!!」

ボニートはしらほしを見る。そして、目を見張った。

「お前の母親は死んで当然の女だった!!」

目の前で母が殺され、幼い心にどれだけの傷を負っただろう。
たった一人で狭い塔に閉じ込められ、どれだけの孤独や不安と戦ってきたことだろう。

「だから殺したのさ!! このおれが!!!」

気が弱くてすぐ泣く、箱入りのお姫様。
だからこんな事を言われたら、目の前の男が母の仇と知ったら、悲しみに暮れて絶望すると思った。

なのに、どうして。

「…………、知ってました」

そう答えたしらほしの目は、真っ直ぐ向いていた。


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