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シャオリーとルフィ、そしてしらほしを連れたメガロは、竜宮城の外へ出た。
人魚や魚が陸や空を移動するときは、尾びれに浮き輪のようなシャボンを取り付け、空中を泳ぐように進む。

「"海の森"に行くのは良いんだけど、今竜宮城でも大変な事が起きてて…」
「ゾロ達がいんだろ? へーきだよ」
「……そう、だけど」

さすがにしらほしの前で、国王と兵士達を全員縛り上げて竜宮城を占拠しましたとは言えず、シャオリーは口を閉じた。

「(バンダー・デッケンが人間の海賊を飛ばしてきた事も、まだ言わない方がいいかな…?)」

ルフィの言うように、ゾロ達がいるのだからあまり心配はしなくてもいいのかもしれない。むしろ、しらほしを竜宮城から遠ざける方が良かった可能性もある。
竜宮城は気がかりだが、また"海の森"の方も気になる。ジンベエと合流できるのなら心強い。何より、シャオリーもジンベエに会いたい。

「ウオッフ…!」

メガロが時折苦しそうな声を漏らす。
しらほしは10mを超える大きさのため、そのまま外に出ようものなら一発でバレてしまう。こっそり秘密に、周りには内緒で外に出たいという本人の要望のため、メガロの中に隠れれば良いとルフィが提案したそうだ。

「(大丈夫かな)」

メガロの頑張りを知ってか知らずか、ルフィとしらほしは楽しそうに話している。

「どうだ? 10年振りの外は」
「ドキドキします…わたくし、とても悪い事を……」
「悪ィわけねェだろ、外出るだけでよ」
「この様な事を、"冒険"と言うのでしょうか?」
「あはは、うん。ドキドキすんなら、そりゃ冒険だな」

理不尽に命を狙われ、10年間ずっと塔の中に閉じ込められていたしらほし。
限られた人としか会えず、会えても短時間。唯一の友はサメのメガロだけ。お陰でバンダー・デッケンの脅威から確かに命は守られていた。
でも、心はどうだろうか。

「どうして"海の森"に行きたいの?」

しらほしは聞き分けが良く従順で、少し気が弱いところはあるが素直な性格のようだ。半分ルフィが強引に連れ出したようなものだが、そんな彼女が周りに内緒にしてでも行きたい"海の森"に何があるのか、シャオリーは気になった。

「お墓です!
建ってからまだ一度も訪れていないお墓があるのです。10年間ずっと、一番行きたかった場所です」

予想していなかった答えに、シャオリーは言葉に詰まった。
きっと大切な人のお墓なのだろう。一度も訪れていないという事は、塔に閉じ込められている間に亡くなったのか。お見送りもできなかったのだろうか。

大切な人が、自分の知らないところで居なくなるのは、つらい。

「あの…ルフィ様もシャオリー様も、たくさん冒険なさって来たのですよね?
海の上の世界…"タイヨウ"の輝く世界のお話、いろいろ聞かせて貰えませんか…?」

しらほしの声には好奇心が乗っていた。
シャオリーとルフィは顔を見合わせ、二人で笑うと、話し始めた。今まで巡ってきた島のこと、出会った人のこと、生き物や自然のこと、食べ物のこと……

静かな空には、しばらく三人の笑い声だけが響いた。


***

「あれ? ここ、さっき来たところじゃない?」

シャオリー達は魚人島の外れの方まで来ていた。"マーメイドカフェ"や"人魚の入江"のある場所だ。
ちなみに目的地である"海の森"は、市街地から更に離れたところにあるらしい。

「ホントだ。……んん?」

シャオリーと一緒に眼下を見ていたルフィが、何かを見つけた。

「サンジ〜!! チョッパ〜〜〜!!!」

サンジとチョッパーだ。サンジは無事に復活したようだ。

「サンジ!もう起きて大丈夫なの?」
「シャオリーちゃん、心配かけちゃってごめんね。 ありがとう、もう大丈夫だよ〜!」

シャオリーはメガロから飛び降り、サンジのそばに着地した。サンジはいつものようにメロリンしている。すっかり顔色も良くなり、また鼻血を出さなければもう大丈夫そうだ。

周りを見ると、シャオリー達は魚人や人魚達に囲まれていた。彼らは怒りや恐怖といった表情を浮かべており、中には武器を持った人までいる。
サンジの後ろで誰かが倒れており、チョッパーが介抱していた。

「えっ!? ハチ?」
「どうしたんだ、そのケガ!?誰にやられた!?」
「ニュ〜……麦わら…お前か…」

ルフィも飛び降りて、シャオリーの隣に立った。
ハチは身体中を包帯で巻かれており、傷が深いのかかなりのダメージを負っているようだ。声も弱々しい。

「それが教えてくれねェんだよ。おれ達に『島を出ろ』の一点張りで…」
「周りにいる人達は…?」
「急に、人魚を誘拐したとか何とか言ってきて」
「!!」

既に市民の間にも情報が出回っているようだ。
海賊という立場上濡れ衣を着せられるのは慣れてるが、非人道的な行いは別だ。本当の誘拐犯を見つけたらただじゃおかないと、シャオリーは心に決めた。

「私達、今"海の森"に向かってるところなの。伝言をもらって。そこでジンベエが待ってるみたいなの」
「ジンベエが…?」

サンジの顔が少し曇ったが、シャオリーは気付かなかった。

「とにかく今は早くここを離れた方が…」

シャオリーがメガロを見上げた、その時だった。

「きゃ」

限界を超えたメガロが、しらほしを吐き出した。

「「 あっ 」」

シャオリーとルフィの声が重なった。
その場にいた人々は、サメの中から出てきた人魚姫を見て絶叫する。

「「「 しらほし姫様ァ〜〜〜!?!?!? 」」」

人魚誘拐疑惑のある海賊団の船長が、人魚姫をサメの中に隠していた。
これはどう見ても…

「「「 人魚姫誘拐事件だァ〜〜〜!!!! 」」」

もう言い逃れもできなさそうだ。

「おい、人魚姫って…まさか」
「ダメだサンジ!!振り返ったら命を落とすぞ!!」

サンジが神妙な顔をする。しらほしを背に立っているので、サンジには見えていないのだ。
人魚に出会っただけで出血多量で死にかけたのだ。ハンコックにも匹敵する美しさと言われる人魚姫を見たら最後、今度こそサンジは召されてしまうかもしれない。

「こら弱虫!なんでサメから出てくんだ!」
「ご、ごめんなさいルフィ様…お怒りにならないでください…え〜〜ん」
「姫様を泣かしやがった!」
「極悪海賊め〜〜!!」

ルフィに怒鳴られ、しらほしは泣き出した。それを見て周りは"海賊が人魚姫を泣かした"と騒ぐ。

「ダメだサンジ〜〜〜!!!」

今度はチョッパーが絶叫した。制止を振り切り、サンジが後ろを振り返ってしまったのだ。
男の、否、全人類の夢である"人魚姫"を目の前で見て、サンジの体は石になってしまった。

「石化した!?」
「こんな症状始めてだ! オカマ献血のせいかな!?」
「とにかくハチ!誰にやられたんだよ!?」
「ニュ〜〜……」
「ル、ルフィ様、わたくし…どうしたら…えーん」

現場はもう大混乱だ。

「……ん?」

その時、シャオリーは何かがこちらに飛んでくるのに気付いた。
大きな珊瑚に、男が乗っている。

「見ィつけたぞォ〜〜〜ォ!! バホホホ!!
しらほしィ〜〜〜〜ィ!!!!」

バンダー・デッケンだ。

「あいつが…!?」

しらほしにしつこく求婚し、"悪魔の実"の力を使って命を狙っている男だ。魚人だったのか。

「答えろ、しらほし! YESならば"死"を免れる!!
このおれと! 結・婚・しろォ〜〜〜!!!」

性懲りも無く、男はまた求婚をする。断ればしらほしを殺すつもりだ。
一同は困惑しながらも、しらほしの返答を待つ。

「タイプじゃないんですっ……!!」

目に涙を浮かべながらも、しらほしはそう答えた。

そ、

「(そういう問題?)」

その場にいた全員が同じ事を思っただろう。
デッケンはガーンとショックを受けている。しばらくピクピクと体を震わせていたが、気を持ち直すと懐から大きな斧を2本取り出した。

「おれを想わぬお前など生きてるだけで目障りだ!!
死ね!!しらほし〜〜〜!!!」

斧を構えて迫ってくるデッケン。自分を好きになってくれないのなら、他の相手に取られるくらいなら殺す、だなんて…

「ヤ、ヤンデレだーー!?」
「ちょっと違うと思うぞ…」

シャオリーがウワーッと叫び、ハチが弱々しくツッコんだ。

「シャオリー、行くぞ!」
「うんっ」

ルフィがシャオリーを呼び、二人は地面を蹴った。
シャオリーが矢を放って珊瑚を粉々に砕くのと同時に、ルフィがデッケンの両腕を蹴り上げる。その衝撃で2本の斧はクルクルと宙を舞って飛んでいった。

「おれとしらほしの愛のけじめを!! なぜ邪魔する!?」
「あなたのそれは"愛"じゃないよ」

シャオリーはデッケンを吹き飛ばした。デッケンは地面に叩き付けられ、ピクピクしている。

「あいつが弱虫に色んな物投げて来てた奴か?」
「今頃?」
「とにかくここを離れよう!」

シャオリー達は急いでメガロに乗り、"海の森"へと出発する。

「ハァ、ハァ…逃がすんじゃねェ…
ワダツミィ〜〜〜〜!!!」

意識を取り戻したデッケンが叫ぶと、海から巨大な影が現れた。海坊主だ。

「さっき海底で会った奴だ!!」
「どうする!?倒す!?」
「おれに任せろ!」

シャオリーが弓を構えようとすると、ルフィが一歩前に出た。

「"ゴムゴムの"…… !」
「うおおおおおお!!!」

ルフィが構えを取るのと同時に、海坊主も拳を振り上げる。

「"JET銃"!!!」

ルフィの攻撃が海坊主の前歯に当たった。バキィッと嫌な音がして、海坊主の前歯が折れて飛んでいく。

「ああああ!!前歯がァ!!折れらあああ!!!」

海坊主は両手で口を抑えて悶えている。その隙にメガロは急いでその場を離れていく。

「行くぞ弱虫! 海の森!!」
「はいっ」

シャオリー達は"海の森"へと急いだ。


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