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サンジは無事に意識を取り戻した。
血液提供者がニューカマーと知って死にそうな声で叫んでいたが、あれだけ騒ぐ力があるならもう大丈夫だろう。

パッパグに蛤を届けに行くというケイミーが島案内をしてくれると言うので、シャオリー、ルフィ、ウソップは同行した。
チョッパーはサンジの看病で残ると言う。

「ここが"マーメイドカフェ"の入口だよ!」

目の前には、まるでテーマパークのような可愛らしい建物が建っている。見目麗しい人魚達がウェイトレスをしていて、美味しい料理を提供してくれるお店である。

ちなみに、このマーメイドカフェの裏口を借りてサンジを寝かせてもらった。ケイミーはマーメイドカフェの店員で、店長マダム・シャーリーが快く部屋を貸してくれたのだ。この事はサンジには内緒である。

「ワカメブリュレ、コンブタルト、モズクスフレ……海藻ばっかりだね」
「人魚はお肉もお魚も食べないんだ。貝のお肉はあるよ」
「貝は肉じゃねェ!!お前肉をナメんなよ!!」

店の外に掲げられているメニュー表は、全て海藻や貝を使った料理だった。体に良さそうだなと思うシャオリーとは対象的に、ルフィは猛抗議した。

「あれ!?ルフィさん達!?ご無事で良かった!!」
「ムギ〜〜〜!!会いたかったぞ〜〜〜!!!」

すると、店の入口からブルックとパッパグが出てきた。ブルックは両脇に美しい人魚をはべらせている。

「ソウルキングまた来てね!夢の様な時間だったわ〜〜!」
「もー骨抜きです…! あっ!骨抜いたら私なくなっちゃいますけどー!!
はーもー死んでもいい……!!」

ブルックは美しい人魚達に、言葉通りすっかり骨抜きにされたようだ。

「これからホネを我が屋敷へ招待するとこなのさ!」

パッパグの家に連れていってくれると言う。魚人は肉も魚も食すそうなので、海獣の肉を振舞ってくれるそうだ。
マーメイドカフェは後日一味全員でまた訪れる事にし、シャオリー達はお魚タクシーに乗ってセレブ街"ギョバリーヒルズ"へ向かう。

「アレ?ちょっと見てください!これって、バンダー・デッケン!?」

壁に貼ってある手配書を見て、ブルックが驚きと恐怖の混ざった声を上げた。バンダー・デッケンとは、先ほど海底火山で出会ったゴーストシップの船長の名だ。

「お前ら会ったのか!?
そいつは今国を挙げて何年も捜してる、海底の盗賊みてェな海賊なんだ!」

バンダー・デッケン九世。
幽霊船伝説の元となったバンダー・デッケンの子孫で、彼はリュウグウ王国の王女、人魚姫に結婚を申し込み、当然断わられた。
だが、彼は執拗に人魚姫に手紙を送り、やがてそれは脅迫状へと変わり、それでも求婚を受け入れて貰えないとなると、何も思ったか遂には斧やナイフといった武器を送り付けてくるようになったそうだ。

「怒った国王様のネプチューン王が三人の王子様と軍隊を引き連れてずっと捜し回ってるんだけど、見つからないの」

人魚姫は、世界一の美女と言われるハンコックにも匹敵するほどの美貌の持ち主と聞いた。きっとバンダー・デッケンも、彼女の美しさに惚れ込んでしまったのだろう。
だが、結婚を断っただけで命を狙われるなんて、ただの逆恨み以外の何物でもない。

「ん? アレなんだ?」

ルフィが何かを見つけた。大きな建物に、海賊旗が掲げられている。

「あれは『おかし工場』。
この島は今、あの海賊旗に守られてんのさ。あれはシャーロット・リンリンという海賊のマーク。
通称"ビッグ・マム"。『四皇』の一人だ」

四皇。
"偉大なる航路"の後半、"新世界"にてその名の通り王のように君臨している四人の海賊の総称だ。
2年前までは、白ひげ、シャンクス、ビッグ・マム、カイドウ。
白ひげ亡き後の現在は、シャンクス、ビッグ・マム、カイドウ、そして黒ひげの四人だ。

2年前まで、魚人島は白ひげに守られていたが、白ひげが亡くなってからはビッグ・マムに守ってもらっているそうだ。
代わりに、毎月大量のお菓子をビッグ・マムに納めている。

「白ひげのおっさんの代わりに守ってくれてんなら、そのビッグ・マムって良い奴なのかな」
「さあな… 少なくとも白ひげは見返りは求めなかった。
ビッグ・マムはビジネス程度に考えてるのかもしれん」

大物海賊が全員"良い奴"かどうかは、微妙なところだろう。
シャオリーが知る限りでは、白ひげとシャンクスは"良い奴"に近い存在だが、ビッグ・マムとカイドウが"良い奴"だと聞いた事ない。
黒ひげも、ジャヤで出会った時はそこまで悪い印象は無かったが、頂上戦争で出会った彼は確実に"悪い奴"だった。

「(ビッグ・マムもカイドウも黒ひげも、よく知らないけど……)」

良い奴だろうが悪い奴だろうが、所詮は海賊だ。

「ビッグ・マムか……シャンクスと同じ『四皇』。
いつか出会うのかなあ」

ルフィは空を見上げながら、浸るように言った。
ルフィの進む道には、必ず「四皇」は立ち塞がっているはずだ。いつか出会う事もあるだろう。


***

「さァ着いたぞ! ここがおれの家だ!!」

目の前には、五階建ての立派な建物がそびえている。
パッパグの自宅だ。
1階はクリミナルブランドの店舗になっており、入口に立っていたスタッフが「お帰りなさいませ、ご主人様」とパッパグを迎えた。

「でっけェ〜〜〜!!」
「セレブの家だ…」
「あれ? お店で誰か騒いでるね」

シャオリー達は店に入った。中はたくさんの服やファッションアイテムがずらりと並んでおり、どれもシャオリーのお小遣いでは買えなさそうな値段だった。

「だからァ!この店高すぎじゃない!?」

文句を言って店員を困らせているのは、ナミだった。

「ナミ!」
「え… みんな!ケイミー!!」

ナミは一人で、どうやらショッピングを楽しんでいたようだが、あまりにも高い値段設定にクレームを付けていたらしい。ブランド品ならこんなもんだと思うが、そこはナミ。お金に関する話では常識が通じない。

「(確かにお洋服、すごく可愛い)」

シャオリーはすぐそばにあったスカートを手に取る。ちらっと値札を見るが、お値段は全くかわいくなかった。

「これ、シャオリーに似合いそうだな! これも!」

ルフィが、服をポイポイと渡してくる。いつもシャオリーが好んで着るようなデザインの服ばかりだったので、シャオリーの趣味を理解しているのか、それとも勘か、もしくはルフィ自身の好みか。

「ちょ、ちょっとルフィ! こんなに買えないよ!」

渡された服はどれも可愛いが、せいぜい1着買えるか買えないかという値段なのだ。5着も10着も買える金は無い。
それを見たナミが、パッパグのほっぺをぐいっと摘む。

「ここ、あんたの店なんでしょ? ちょっとはまけてよ! 」
「水くせェ事を言うな。お前らには2年前の大恩がある。
何でもタダだ!好きなものを持っていけ!!」
「タダ!? ほんと〜〜!?」

パッパグが胸をどんと叩き、ナミが目をキラキラ輝かせた。
結局店内の商品を全て貰い、ナミはご満悦だった。

「ムッシュ〜〜〜!!!」

店の入口に立っていた使用人が、慌ててパッパグを呼んだ。

「どうした!?」
「見て下さい! 上空に…!」

只事では無い空気に、シャオリー達は店の外へ出た。

「なんだアレ、くじら?」
「誰か乗ってる」

巨大なくじらが空を飛んでいる。くじらには誰かが乗っているが、それを見た周りの人魚や魚人達が騒ぎ始めた。

「あァ〜〜〜!?あの方は!!!」
「どうしてここに!?」
「軍隊も連れずにたった一人で!?」
「国の一大事では!?」

シャオリー達は訳が分からぬまま、くじらがこちらへ降りてくるのを見ていた。
くじらはシャオリー達のすぐ目の前で止まった。

「ほっほっほっほっ。
ネ〜〜プチュ〜〜〜ン!!」

くじらに乗っていたのは、巨大な男の人魚だった。
オレンジ色のもじゃもじゃした豊かな髭と、同じ色の髪。黄金でできた王冠と三叉槍を持っている。
リュウグウ王国の国王ネプチューンと、愛鯨のホエだ。

「(人魚の王様……)」

シャオリー達に何か用だろうか。もしかして、不法入国した私達を、国王が自ら捕らえに来たのだろうか。
すると、ネプチューンの陰から何かが現れた。それはシャツを着たサメで、先ほど深海でクラーケンに捕まっていたのと同じサメだった。

「メガロ、この者達で間違いないな?」

ネプチューンに問われ、サメはコクコクと頷いた。
すると、ネプチューンは再びシャオリー達を見据え、こう言い出した。

「"麦わら"の人間達よ!!
おぬしらを竜宮城へ招待するんじゃもん!!!」


***

シャオリー達は、サメに乗って空を泳いでいく。
隣には、くじらに乗ったネプチューンが並走していた。

サメはメガロという名で、ネプチューンの娘、つまり例の人魚姫のペットなのだそうだ。
メガロが無事に帰宅し、事情を聞いて、"麦わらの一味"にお礼をしようとこうして国王自ら迎えに来たという事だ。竜宮城で宴を催してくれるらしい。

「実はおぬしらの仲間の一人を既に招いておる。そやつが今さっさと酒盛りを始めていてな……宴は皆でやる方が楽しいと言うのに、身勝手な男よ!」
「ゾロだ」
「ゾロだな」
「確か名前が……ゾリ!!」
「ゾロだって」

どうやらゾロは一足先に招かれ、一人で先にお酒を飲み始めているようだ。
他の一味が今どこにいるのかと聞けば、フランキーはトムさんという人の親族を捜すと言って行ってしまい、ロビンは大切な歴史がどうとか言って一人でいなくなってしまったそうだ。

「ねー、ところでおじいちゃん」

ナミがネプチューンに声を掛ける。

「ここは深海なのに、どうして魚人島のある場所だけ明るいの?」
「ここには、地上の光をそのまま海底に伝える"陽樹"イブという巨大な樹の根が届いておる。唯一光の射すこの場所に、祖先が住み始めた……それが魚人島になった」
「"陽樹"イブ……」

光と共に空気も届くので、深海にも関わらず魚人島には陸海空が揃っている。地上が夜になれば、魚人島も夜になる。
サニー号は"宝樹"アダムを使って造られた船。何か関係があるのだろうか。

「不思議…」

世界には、シャオリーの想像を超えるものがたくさんある。

「さァ、ここじゃもん!!
我が城じゃもん、ゆるりとしていけ!!」

竜宮城へ到着した。
海の底にある豪華な王宮。サンゴや岩、貝殻なんかで出来ているのだろうか。亀の甲羅のような物も使われていたりするのが見える。
竜宮城は海水の中にあるので、シャオリー達は大きなシャボンの中に入り、ネプチューンに続いて城の中へと進んだ。
おとぎ話の中では美しい姫が迎えてくれるのだが、シャオリー達を待っていたのは王の側近である大臣達と、城の兵士だけだった。

「まったくあなたという人は!!
ご自分の立場も弁えずまた勝手に城の外へ!護衛も連れず下海に下りるなど言語道断!!何かが起きてからでは遅いのですよ!今この国は…!」
「……はい……はい……以後気をつけるんじゃもん……」
「「 (怒られてる) 」」

大臣達がガミガミ怒鳴り、ネプチューンはしゅんと項垂れて体を小さくしている。国王が現れた時の街の人々の反応を見れば、やはり異常事態だったようだ。

「あれ? ルフィ?」

"臣下に怒られる国王"という図が面白くてそれに見入っていたシャオリーだが、ふと、さっきまで隣にいたはずのルフィが居ないことに気付いた。

「さっきまで隣にいたのに」
「あんにゃろ、1分とじっとしてられねェからな」

誰もルフィの行方を知らない。能力者のルフィは、シャボンがないと移動できないはずなのだが。

「大丈夫かしら…」
「ま、ルフィなら一人でも何とかするだろ」
「そうじゃなくて、余計なトラブルを持ってくるんじゃないかって事よ!」
「やめろ、フラグを立てるな」
「宴が始まれば、ご飯の匂いにつられて戻ってくるよ」

誰も「今すぐ探しに行こう」とならないのは、相手がルフィだという事と、ここが厳重な警備と海水に囲われて容易に外へ出られない場所だからだ。城の中にいるのならすぐにルフィは見つかるだろうし、シャオリーの言う通りご飯の匂いに引き寄せられて帰ってくるはずだ。
ましてや、ルフィは人魚姫のペットの恩人なので、丁重に扱われるべきゲスト。誰かが見つけたら、国王のところまで連れて来てくれるかもしれない。

「おもてなし、まだですかねー」
「お腹すいたね」
「魚人島の料理、楽しみだわ」

シャオリー達が呑気な会話をしている間、国王と大臣達は何やら小声でヒソヒソと話し始めた。兵士に何か命令を下している。
すると周りに控えていた兵士達が、ゆっくりとシャオリー達を囲むように移動を始めた。

「……?」

先程とは変わった空気に、シャオリーは眉をひそめた。

「取り押さえろ!!!」

大臣が叫び、兵士が一斉に襲いかかってきた。


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