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"人魚の入江"にやって来た王国の船とは、この魚人島リュウグウ王国の王族の船だった。
リュウグウノツカイという深海魚に、三人の人魚が乗っていた。

「(男の人魚だ)」

リュウグウ王国の王子三兄弟、上からフカボシ、リュウボシ、マンボシだ。
入江の人魚達が黄色い声を挙げる。

「不法入国者の報告を受けているのですが、ここへは来ていませんか?」

フカボシの言葉を聞き、シャオリー達は体を固くした。やはり、シャオリー達を捕らえに来たのだ。

「い、いいえ…! ここには誰も来てませんが…」
「そんなにも重要な人物なのでしょうか?」
「王子達がわざわざ降りて来られる程の!?」
「ウム… まあ… まだ私の思う者達と確定したわけではないのですが……」

人魚達は口裏を合わせてくれる。

「では、他をあってみよう。どうもありがとう。
遊戯中に邪魔をしたね…」

王子達が踵を返して去ろうとした、その時だった。

ブバァッ!!!

サンジが噴水のごとく鼻血を吹き出した。
身を隠すため、人魚の一人に抱き抱えられていた。豊かな胸に顔を埋められて、鼻血を出さない方がおかしいかもしれなかったが。

「キャーーーー!!」
「サンジ!?」

チョッパーが慌てて駆け寄る。
サンジは鼻血で顔を真っ赤に染めており、しかし微かにニヤついていた。だが、今吹き出した血の量は危険なレベルだった。

「押し殺した興奮が爆発したんだ!!」
「今の血の量やべェぞ!!」

人間は、20〜30%の血液を失うと命の危険がある。おおよそ1リットル程らしいが、今の鼻血はそれを遥かに超える量のように思えた。
すると、ルフィの姿を確認したフカボシが兵に命令を下した。アンモナイトの魚人だろうか、同じような姿形の兵が無数にやって来る。

「待ってくれ!!不法入国した事は悪かったよ!!捕まえるのは後にしてくれ!
その前に今すぐ誰か献血してくれねェか!?」

兵士が近付く前に、チョッパーが叫んだ。

「血液型は『S型RH-』!!
ちょっと珍しいけど、この中に誰かいないか!?」
「おい!頼むよ!!サンジに血ィやってくれ!!」
「お願いします!!」

続けてルフィ、シャオリーも叫ぶ。
だが、人魚も兵士達も、誰も何も答えない。

「ハモハモハモォ!!
人間共がァ!バカ言ってやがるぜ〜〜〜!!!」

下卑た笑い声が聞こえきた。見れば、先ほど海獣に乗っていたハモの魚人達が少し離れたところに立っていた。こちらの様子を一部始終見ていたらしい。

「クソみてェな"下等種族"のてめェら人間にィ!!
血をくれてやろうなんて物好きはこの島にゃあいねェよ!!」

さっきも、彼はやたらと「人間」を軽視したような口調だった。

「この国には古くからの法律があるのさ!!
『人間に血液を分かつ事を禁ず』!!!」
「!?」
「これはお前ら人間が決めたルールさ!!
長い歴史において、我らの存在を化け物と恐れ、血の混同をお前達が拒んだ!!
魚人島の英雄"フィッシャー・タイガー"の死も然り!!」

フィッシャー・タイガーという単語に、ルフィが「ん?」と反応する。

「種族構わず奴隷解放に命をはったにも関わらず…!
血液さえあれば確実に生きられた命を、いとも簡単に落とした!!心無き人間達に供血を拒まれたからだ!!!」

シャオリーは覚えていた。
聖地マリージョアで大暴れし、たくさんの奴隷を救ったという魚人海賊団の船長。ハンコック達三姉妹の恩人だ。
既に亡くなっているとは聞いたが、死因は初めて知った。人間に輸血を拒否された…?

「そんな部下一匹の命なんか諦めて、おれ達と"魚人街"へ来い!!
『新魚人海賊団』船長ホーディ・ジョーンズ様がお前らをお呼びだァ!!!」

サンジの顔はみるみる青白くなっていく。早く輸血をしなければ、あと数十分で失血死してしまう。
ルフィ達が応じないとわかると、ハモの魚人はバズーカを取り出した。

「"打瀬網"!!!」

漁で使うような大きな網がシャオリー達に飛んでくる。

「あれは任せていいか?」
「うん」

ルフィとシャオリーは短く言葉を交わすと、動き出した。
シャオリーの背中に白い翼が生えるのと、ルフィの身体が蒸気を発するのは同時だった。
まずルフィが網を避ける。網はバサリとシャオリー達に覆い被さるが、次の瞬間、白い羽の竜巻によって網はバラバラに千切れてしまった。

「えっ! シャオリーちゃんって…!」
「天使!?」

人魚達がどよめく。

「お前らの言う事は聞かねェって言っただろ!
"ゴムゴムのJET銃"!!!」

魚人達はルフィの攻撃で吹き飛ばされた。一人、タコの魚人だけがかろうじて攻撃を受け止めていた。

「何なの!? ルフィちゃんすごい!!」

シャオリーやルフィの強さを目の当たりにし、人魚達は驚き、王子三兄弟は感嘆したような声を出した。

「ルフィちん達〜〜〜!!!」

すると上空から声がして、ケイミーが王子達の乗っていたリュウグウノツカイをジャックしていた。

「これに乗って町まで行こう!!町の港には人間の人達がいっぱいいるよ!!」

ルフィがサンジとウソップを、シャオリーがチョッパーを連れて急いでリュウグウノツカイの背に飛び乗った。リュウグウノツカイはケイミーの頼みを快く聞き入れてくれて、兵士や王子達を振り切る事ができた。

「ごめんね。私が同じ血液型なら拒否なんてしないのに…」

ケイミーが申し訳なさそうに謝る。
人魚や魚人も人間と同じ血液のため、輸血は可能だ。だが、同じ血液型でないと輸血は成功しない。

「お前が謝る事じゃねェだろ! 元々はコイツのやましい気持ちから始まってんだ」
「それにしても……法律で輸血を禁じられてるなんて」

つい200年前まで、魚人と人魚は差別を受けていたと聞いた。
人間が魚人の事を「汚らわしい」「化け物」と蔑んでいたり、美しい人魚の事をまるで物のように扱って売買しているところは、シャオリーも見た。
だが、魚人側も人間のことを「下等種族」などと言って見下していた。

「(そういえばアーロン一味も、そんな感じだったっけ)」

あの時、シャオリーはクラゲの魚人フロートと戦った。彼女の身内とかがこの島にいたらどうしよう。

「2年前、シャボンディ諸島でお前やハチが受けた"差別"といい、根っこは深そうだな…」

人間に輸血を断られたから、それを法律で禁じる。
少し引っかかるものを感じるのは、シャオリーだけだろうか。

今はとにかく、サンジを救う事を考えよう。
港で、献血者が見つかるといいが。


***


リュウグウ王国・港町サンゴが丘。
ケイミーが、近くに知り合いの家があると言うのでそこにお邪魔させてもらい、サンジをベッドに寝かせる。
血液提供者は無事に見つかり、チョッパーが急いで輸血の準備を始めた。

「良かった、なんとかなりそうだ…!」
「あとはサンジが起きるのを待つだけだな」

シャオリー、ルフィ、ウソップはぐったりとソファにもたれ掛かる。人間を、しかも同じ血液型の人物を探して町中を走り回ったのだ。

「あの……本当にありがとうございました」

シャオリーは、血液提供者の2人に礼を言う。
酒場でやっと見つけた、双子の海賊スプラッシュさんとスプラッタさんだ。

「いいのよ、気にしないでバカん」
「人間、困った時はお互い様よん」

ニューカマーの二人は快く血液を提供してくれた。ガタイも良く、だいぶ血液を頂いたが二人ともピンピンしている。しかもすっごく良い人だ。

「ルフィ、ちょっと右腕見せてくれ」

チョッパーがルフィの元へ来る。ルフィの右腕には、何かに刺されたような小さな痕が残っていた。
チョッパーが薬品を取り出し、傷口の成分を調べる。

「毒の反応だ! やっぱりそのアザ、毒をくらってるよ!」
「毒…?」
「そういえばさっき魚人達と戦った時、チクッとしたような気がしたんだ」

シャオリーもルフィのそばによって、右腕のアザを見る。
腫れたり痛んだりはしていないようだが、刺された箇所だけ肌の色が微かに赤紫色に変わっていた。

「大丈夫なの?」
「これ猛毒だぞ!! でもルフィの体には抗体ができてて……知らねェ内にはね返しちゃってるんだ」

チョッパーが傷口に薬を塗布する。

「毒かー……毒ならインペルダウンで死に目にあったからなあ」

インペルダウンでの出来事は、シャオリーはあまり知らない。
イワンコフとはほとんど話す暇が無いまま別れてしまったし、ジンベエからは少し聞いたが、ジンベエも牢から出して貰った後のことしか知らない。
ルフィ本人に聞いても「もう終わった事だからいいだろ」としか言わないし、そもそもルフィは起きた事をあれこれと説明するタイプでもない。

猛毒の抗体ができる程、毒に侵されたという事だ。死に目にあったと本人が言うくらいなので、きっと本当に生きるか死ぬかのギリギリのところだったのだろう。

「でも、1回毒に侵されただけですべての毒に耐性ができるなんて、普通に考えたらありねェよ…」

同じ毒を定期的に摂取する等すればその毒に対する抗体はできるが、たった一度死にかける程毒を浴びて生還したからといって、毒の効かない体になるのは不可能に近いと言う。

「たぶん……」

チョッパーはシャオリーを見る。

「シャオリーの能力……毒を浄化する力ってやつ。それに近い現象が起きてるんじゃねェかな」
「でもそれはシャオリーの"悪魔の実"の力だろ?」
「自分の体に入ってきた毒は浄化できるけど、他の人の体の毒を浄化するのはできないよ」
「それが、おれの仮説が正しければできるかもしれねェ」

以前から、シャオリーの能力を医療に活かしたいとチョッパーはいろいろ調べたり、実験したりしてきた。
この2年で、一つの仮説が生まれたらしい。

「シャオリーの体液を摂取すると、その人にも毒を浄化する力ができるんだ。時間が経つと効果はなくなっちゃうけど」
「体液?」
「うん。血液、汗、唾液、あとは涙とか…」

例えばルフィがシャオリーの血を舐めれば、ルフィにも一時的に毒を浄化する力が備わる。定期的に摂取すれば、効果も持続するというわけだ。

「私の力にそんなに機能が…」
「ん? でもシャオリー、1回虫に刺されて死にかけただろ」
「あの時はまだ力が安定してなかったんだ。
その時におれが仲間に入ったから、それより前はわかんねェけど、その時に調べた血と、今の血を比べると少しづつ性質が変わっていて……」

チョッパーの話は専門用語が多くて難しかったが、要約すると、様々な冒険を経てシャオリーが成長するに連れ、"悪魔の実"の力もより強く、より確実に向上しているという。

「でもなんでルフィが浄化の力を……あ、ああっ…!」

ウソップが疑問に思い、しかし閃いたようにペチンと己の額を叩く。

「唾液か!」

そう、キスだ。
幼い頃から、ルフィはシャオリーとキスをする度に、知らず知らずのうちにシャオリーの唾液を摂取してきたのだ。
定期的に摂取すれば、効果は持続する。
よって「猛毒に侵され生死をさ迷った末に生還した」ことと「シャオリーの唾液」が重なり、ルフィは毒の効かない体になったというわけだ。

「そっか! じゃあシャオリーのおかげなんだな!」

ルフィがニカッと笑って、シャオリーに抱きついた。
当のシャオリーは両手で顔を覆っていた。耳まで真っ赤になっている。

「(さすがに恥ずかしい……)」
「でもなんかすげェよな。シャオリーは、中からも外からも、本当にルフィのことを守ってるんだなって」

ウソップがしみじみと言う。そう言われると、シャオリーとしては嬉しい気持ちもある。そばにいなかった時でさえ、私の力でルフィを守れていた。

「シャオリーの血を使って解毒薬が作れねェかと思ったんだけど、他の物質と混ぜたりすると効果が無くなっちまうみたいで…」
「直接舐めたりしねェとダメってことか」
「でも直接ってなると……いろいろと限られるし」

シャオリーはチョッパーの実験に協力したいので度々血液を提供しているが、成果はなかなか得られていないようだ。

「だからって他の奴とチューしたらダメだぞ!!
シャオリーとチューしていいのはおれだけだからな!!」
「そうだね」

ルフィがハッとして叫ぶので、シャオリーは宥めるようにルフィの頭をなでなでした。
そもそも、ルフィ以外の人とキスすることなんて……

「あ」

シャオリーは小さく声を漏らした。

「(キッドさんと、ローさん……キス…した……)」

2年前、それぞれ別れ際に、ルフィのいないタイミングで。
もしかして二人にも浄化の力が備わったのだろうか。

「『あ』って何だよ」

ルフィがジト目でシャオリーを見てくる。

「ううん、何でもないよ」
「あっ、サンジ!目が覚めたか!」

シャオリーが慌てて答えると、ちょうどタイミング良くサンジが目覚めた。チョッパーがすぐに駆け寄り、ルフィとウソップもサンジの方へ意識を向けてくれたので、シャオリーは陰でホッと息を吐いた。



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