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「(どうしよう…どうすれば……)」

この足は動いてくれるの…?
手裏剣を握る手に、自然と力が入る。

文次郎と光ちゃんの影が離れた。

「夕日、綺麗だね」
「お前にも見せたくてな」
「ふふっ、文次郎って意外とロマンチストなんだね」
「わ、わりぃかよ」

二人の幸せそうな声。

「そろそろ戻るか」
「そうだね。今夜は…テストもあるしね」

二人の足音が近づいてくる。花はハッとして咄嗟に茂みに隠れた。
葉の隙間から、二人が食堂の方へ行くのを確認し、花はほっと胸を撫で下ろす。

「(びっくりした…)」

二人は恋人同士。"そういうこと"をするのは当たり前だ。
それ以上のことをしても、おかしくない。

それはわかっていた。
わかっていた、はず。
それなのに……

「(やっと、実感したのかな)」

手に痛みを感じて見ると、指が切れて出血していた。

「…………」

花はゆっくりと立ち上がって、茂みから出た。

「(とりあえず手裏剣を片付けなくちゃ)」

運動場に向かって数歩歩いた、そのとき。

「えっ!? あ、うわっ!!!」

がくんと体が傾き、視界が一気に真っ暗になる。体が落下していることを感じたと思ったら、背中に強い痛みが走った。

「いっ…!」

落とし穴だ。

「あ…綾部…!」

校庭の隅のこんなところにまで落とし穴を掘っていたなんて…

花は立ち上がり、上を見上げた。

「結構深いなぁ…」

軽く5メートルはあるだろう。花の持ち物は、今拾った手裏剣のみ。

「や、やるしかないか…」

手裏剣で登るなんて聞いたことないけど、使えるものは何でも使うのが忍者だ。
頭巾を外して怪我をした手に巻いてから、手裏剣を土に刺し、ゆっくりと登っていくが…

「あっ」

土が崩れ、そんなに登らない内に花はまた底に落ちた。

「やっぱダメかー…」

土が柔らかすぎて、手裏剣では登れそうにない。
叫ぶ気力も無く、体中の力が一気に抜け、花は底に座る。見上げれば、丸く切り取られた空が群青色に変わっていくのが見えた。

「(お腹すいたな)」

星が輝き始める。
結局、サボることになっちゃった。

「(またシナ先生に怒られる…)」

まあ、いいか。
テストを受けたいわけではないし、誘いたい人もいないし…

闇が濃くなった。もうだいぶ遅い時間に違いない。
誰かが自分のことを探していないかと期待はしたが、この様子ではどうもそれは無いらしい。
怒られても罰則を受けてもいいから、シナ先生が探しに来てくれないだろうか…

「(テストはどうなったんだろ)」

文次郎と光ちゃんは今頃……

「(幸せ、だよね…?)」

文次郎、あなたは今、幸せだよね?

大好きな人がそばにいる
大切な人が一緒にいる

たったそれだけなのに、それだけで人は幸せになれるから

「(光ちゃんが…大切な人がずっと隣にいるから)」

文次郎は、幸せだよね…?

***

「ヘム!ヘムヘム!」
「!」

目を開けると、目の前にヘムヘムがいた。

「あ…ヘムヘム…?」

花は目をこすって、空を見上げた。いつの間にか朝になっていた。

「花先輩、大丈夫ですかー?」

穴から綾部が覗き込んでいる。縄梯子を登り、花は半日ぶりに地上に出た。

「ちゃんとサインを置いといたのに、どうして落っこちちゃったんですか?」
「サインって……、あ」

たしかに木の枝が三本並んでいて、罠があることを知らせていた。
あのときはそれどころじゃなかったから…

「さっきヘムヘムが見つけて、僕に知らせてくれたんです」
「そっか…ありがとう、二人共」

花が頭をなでると、ヘムヘムは嬉しそうにしっぽを振り、綾部は「子供扱いしないでください」と唇を尖らせながらも、頬をちょっと赤く染めた


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