15
「(どうしよう…どうすれば……)」
この足は動いてくれるの…?
手裏剣を握る手に、自然と力が入る。
文次郎と光ちゃんの影が離れた。
「夕日、綺麗だね」
「お前にも見せたくてな」
「ふふっ、文次郎って意外とロマンチストなんだね」
「わ、わりぃかよ」
二人の幸せそうな声。
「そろそろ戻るか」
「そうだね。今夜は…テストもあるしね」
二人の足音が近づいてくる。花はハッとして咄嗟に茂みに隠れた。
葉の隙間から、二人が食堂の方へ行くのを確認し、花はほっと胸を撫で下ろす。
「(びっくりした…)」
二人は恋人同士。"そういうこと"をするのは当たり前だ。
それ以上のことをしても、おかしくない。
それはわかっていた。
わかっていた、はず。
それなのに……
「(やっと、実感したのかな)」
手に痛みを感じて見ると、指が切れて出血していた。
「…………」
花はゆっくりと立ち上がって、茂みから出た。
「(とりあえず手裏剣を片付けなくちゃ)」
運動場に向かって数歩歩いた、そのとき。
「えっ!? あ、うわっ!!!」
がくんと体が傾き、視界が一気に真っ暗になる。体が落下していることを感じたと思ったら、背中に強い痛みが走った。
「いっ…!」
落とし穴だ。
「あ…綾部…!」
校庭の隅のこんなところにまで落とし穴を掘っていたなんて…
花は立ち上がり、上を見上げた。
「結構深いなぁ…」
軽く5メートルはあるだろう。花の持ち物は、今拾った手裏剣のみ。
「や、やるしかないか…」
手裏剣で登るなんて聞いたことないけど、使えるものは何でも使うのが忍者だ。
頭巾を外して怪我をした手に巻いてから、手裏剣を土に刺し、ゆっくりと登っていくが…
「あっ」
土が崩れ、そんなに登らない内に花はまた底に落ちた。
「やっぱダメかー…」
土が柔らかすぎて、手裏剣では登れそうにない。
叫ぶ気力も無く、体中の力が一気に抜け、花は底に座る。見上げれば、丸く切り取られた空が群青色に変わっていくのが見えた。
「(お腹すいたな)」
星が輝き始める。
結局、サボることになっちゃった。
「(またシナ先生に怒られる…)」
まあ、いいか。
テストを受けたいわけではないし、誘いたい人もいないし…
闇が濃くなった。もうだいぶ遅い時間に違いない。
誰かが自分のことを探していないかと期待はしたが、この様子ではどうもそれは無いらしい。
怒られても罰則を受けてもいいから、シナ先生が探しに来てくれないだろうか…
「(テストはどうなったんだろ)」
文次郎と光ちゃんは今頃……
「(幸せ、だよね…?)」
文次郎、あなたは今、幸せだよね?
大好きな人がそばにいる
大切な人が一緒にいる
たったそれだけなのに、それだけで人は幸せになれるから
「(光ちゃんが…大切な人がずっと隣にいるから)」
文次郎は、幸せだよね…?
***
「ヘム!ヘムヘム!」
「!」
目を開けると、目の前にヘムヘムがいた。
「あ…ヘムヘム…?」
花は目をこすって、空を見上げた。いつの間にか朝になっていた。
「花先輩、大丈夫ですかー?」
穴から綾部が覗き込んでいる。縄梯子を登り、花は半日ぶりに地上に出た。
「ちゃんとサインを置いといたのに、どうして落っこちちゃったんですか?」
「サインって……、あ」
たしかに木の枝が三本並んでいて、罠があることを知らせていた。
あのときはそれどころじゃなかったから…
「さっきヘムヘムが見つけて、僕に知らせてくれたんです」
「そっか…ありがとう、二人共」
花が頭をなでると、ヘムヘムは嬉しそうにしっぽを振り、綾部は「子供扱いしないでください」と唇を尖らせながらも、頬をちょっと赤く染めた
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