01
7月31日。イギリスに戻って一ヶ月が経った。
12月、誕生日にホグワーツから入学許可証をもらい、カレンは約10年ぶりにイギリスへと戻ってきたのだ。10年ぶりといっても、最後にイギリスに居たときカレンはまだ1歳の赤ん坊だったので、ほとんど覚えていないのだが。
この10年間、カレンは日本で暮らしていた。
朝、カレンは飲み終えたアイスティーのグラスを流し台へ飛ばした。フワフワと、宙に浮かせて。今のは手品でも何でもない。正真正銘の、魔法だ。
カレン・ルーチェは普通の女の子ではない。魔法が使える少女なのだ。
「あら、だいぶ上手になったじゃない」
向かい側に座り、コーヒーを飲んでいたシンシアが感心した。自分も同じようにコーヒーカップを流し台へ飛ばす。
「本当?やった!」
「ええ。二週間前までは、流し台に入る前に途中で落として、お皿3枚とグラス5個を粉々にしてくれたものね」
「う…」
カレンは嬉しそうにした顔を、気まずそうにしかめた。粉々にしたと言っても母の「レパロ」の一言で全て直ったのだが。
カレンはシンシアにとても似ていた。白い肌と大きな青い瞳。カレンは母の良いところを全て受け継いでいた。しかし髪だけは、ブロンドではなく漆黒の髪だった。亡き父と同じ色。カレンとシンシアを守って死んだ父親と。
「さあ、カレン。準備はいい?」
「え…何が?」
「昨日言ったでしょう、今日は買い物に行くって」
「………あっ」
ホグワーツに入学するにあたって用意しなければならない物がたくさんある。それらを買いに行くのだ。
「それじゃあ、いいわね?」
身支度を整えたカレンは、シンシアと並んで暖炉の前に立った。煙突飛行粉という、暖炉から暖炉へ移動できる粉を使って行くらしい。
「行き先ははっきりと発音しなきゃ駄目よ。じゃないと別の場所に飛ばされちゃうからね」
シンシアは、キラキラ光る粉の入った壺を差し出す。カレンは粉を一掴みし、暖炉の中に入った。初めての体験に、心臓がドキドキしている。
粉をまくと緑色の炎が燃え上がり、カレンを包んだ。
「わっ」
炎は熱くなかったが、予想だにしない出来事にカレンは驚いて頭が混乱してしまった。
「(えっと、次はどうするんだっけ?えっと、えっと…)だ、だ、だいっ、なゴホッ横丁!」
落ち着こうと深呼吸をした瞬間灰を吸ってしまったらしく、カレンはむせながら叫んだ。
大きな渦に吸い込まれるように回転しながら暖炉の中を飛んでいき、やがてカレンはズザザッと床に放り出された。
「いたた…」
カレンは服に付いた埃を払いながら立ち上がった。そこは見知らぬ場所で、とても暗かった。周りには誰もいない。
ここが大納言…ではなくてダイアゴン横丁なのだろうか?しかしカレンはそう思えなかった。はっきりした発音で言えなかったので、どこか別の場所へ飛ばされたようだ。よく見てみると、どうやらここは店らしい。
「(これ…手…?)」
近くの棚には萎びた人の手のような物が置いてある。大きなキャビネット棚、ネックレス、積み重なった頭蓋骨などなど…不気味な物ばかりが並んでいる。カレンは本能で感じた。ここは危ない。
「(早く出よう)」
幸い店員は奥に引っ込んでいたので、カレンは気付かれないようにそっと店の外へ出た。店の看板には「ボージン・アンド・バークス」と書かれていた。
店の外も暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。通りに並ぶ店も「ボージン・アンド・バークス」と似たり寄ったりで、客も怪しい人しかいなかった。明らかにカレンは場違いだ。
「夜の闇横丁」と記された看板を見てカレンは足を止めた。
「ノクターン…横丁…」
一体どこなのだろうか。マグルの世界でないことは確かだが。
「どうしよう……」
カレンが立ち尽くしていると、後ろから男の声がした。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
「迷子か?」
ハッとして振り向くと、三人の男がニヤニヤしながらカレンを囲んでいた。
しまった…!
「俺たちがお母さんのところまで連れていってやろうか」
「ほら、おいで」
男の一人がカレンの腕を掴んだ。
「は、放してください」
「大丈夫だよ、何もしないから」
カレンは腕を振りほどこうとしたがやはり無理だった。抵抗しようとしたが、男の一人が杖を取り出した。どうしよう…っ!
「おい、そこで何してるんだ?」
別の声がして、カレンと男たちは振り向いた。一人の少年が、プラチナ・ブロンドを輝かせて立っていた。
「やっと見つけたよ、カレン。勝手に一人で行くなってあれだけ言っただろう?」
少年はカレンの腕を男の手から放し、自分の方に引き寄せた。
「う、うん…ごめん……?」
カレンは困惑しながらも少年の演技に合わせた。
「人の女に手を出すとは、良い度胸してるじゃないか」
少年は、カレンを自分の後ろにかばい、男たちを見下すように話した。カレンは少年の顔を見上げたが、やっぱり知らない人だった。
どうして私の名前を知ってるんだろう…?
男たちは去った。姿が完全に消えるのを確認すると、カレンが口を開いた。
「あ、あの…」
「君の母上が探しているぞ。まさかと思ってここまで探しに来たけど、正解だったな。
僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだ。よろしく、カレン」
ドラコが手を差し出したので、カレンはその手を握り返した。
「うん…よろしくね」
カレンは、ドラコの手がとても温かいことに気付いた。なんだか、安心する……
「助けてくれて、ありがとう。ドラコ」
そう言ってカレンが笑うと、ドラコは少し頬を染めながらも笑顔を返してくれた。とても綺麗な笑顔だった。
今思えば、これが運命の出逢いであり、全ての始まりだったのかもしれない。
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