09
年が明けて、カレンはホグワーツに戻った。
休暇の間にハリーは「透明マント」を手に入れていた。そして新しい事実が判明した。
「賢者の石?」
「ニコラス・フラメルが創ったんだって」
「きっとフラッフィーが守ってるのはこれだわ」
不老不死になれる力を持つ、賢者の石…
そんなものを、何故欲しがるというのだろうか。その答えはわからぬまま、やがて季節は春へと移っていった。
「もうやだー!」
カレンは羽根ペンを投げ、机の上にぺったりと倒れた。
「カレンったら」
「だって、せっかくのイースター休暇なのに宿題で終わっちゃうよ!」
2年生に進級するための試験が迫っていた。1年生は大量の宿題を出されて、毎日それと格闘している。
「ねぇ、気分転換にハグリッドに会いに行かない?」
「いいね!行こう行こう!」
カレンの提案にハリーとロンは大賛成し、ハーマイオニーも「カレンが言うなら…」と渋々承諾した。外はもうだいぶ暗かった。
ハグリッドの小屋は全てカーテンが閉められていた。中はとても暑く、まるで蒸し風呂のようだ。
「あっ…つい!」
「どうしたんだい?ハグリッド」
暖炉の火はごうごうと燃え盛り、やかんも煙を吹いている。
「ん、ま、まあ…春とはいえ夜になると寒いからな」
ハグリッドは明らかに動揺している。その目がちらちらと暖炉の方に向くので見ると、炎に包まれている大きな卵を発見した。どう見ても鳥の卵ではない。
「これ、何の卵?」
「あーいや、それは…その…」
「うわあハグリッド、どこで手に入れたんだい?」
ロンは珍しい物を見た、というような目で卵を見つめた。
「この間、パブで賭けをしてもらったんだ」
卵がカタカタと鳴った。ハグリッドは急いで卵を拾い、机の上に置いた。
卵に大きな亀裂が入り、中で何かが動いている。そして殻がパックリと割れ、その生き物が出てきた。
「これって…ドラゴン?」
「素晴らしく美しいだろう」
ハグリッドはうっとりとドラゴンを眺め、指で赤ちゃんドラゴンを撫でた。
「ノーバートや、ノーバート。ほれほれ、ママちゃんはここだぞ」
カレン、ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔を見合わせた。
「ねぇハグリッド、いくらなんでもドラゴンは育てられないよ」
「バレたら大変だし…」
そのとき突然ハグリッドが立ち上がり、蒼白な顔をして窓の外を見ていた。
「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが覗いておった…」
窓際に駆け寄って外を見ると、城に向かって誰かが走っていくのが見えた。あのプラチナ・ブロンドは…
「ドラコだ…」
「どうしよう」
一同は不安そうな顔を見せた。カレン、ハリー、ロン、ハーマイオニーはすぐに城へと戻った。
ドラコは、今見たものを誰かに告げ口するだろうか?
その問いの答えは、すぐに返ってきた。
「こんばんは」
四人の前に現れたのは、マクゴナガル先生とドラコだった。
「一体どういうことなんですか?こんな真夜中にベッドを抜け出し、校内をうろつくなんて…
よって五人には罰則を与えます。そして、グリフィンドールから50点減点です。一人50点です」
「そんな…!」
先生の言葉に、四人は愕然とした。そんなに減点されたら…
罰則はハグリッドを含めた六人で、禁じられた森で行われる。ノーバートはルーマニアの、ロンの兄チャーリーのところへ送られたそうだ。
罰則の内容は、傷ついたユニコーンを探すことだった。最近、ユニコーンが殺される事件が続いているらしい。
夜の森は真っ暗で、とても気味が悪い。所々に、銀色のねっとりしたものが垂れていた。
「ユニコーンの血だ。このあたりにいるはずだ。ここで二手に分かれよう」
ハグリッドが言った途端、ハリーとドラコがカレンにぴったりとくっついた。足元ではファングが尻尾を振って、カレンを見上げている。ハーマイオニーが口を開きかけたが、ハグリッドの「決まりだな」の声で口を閉じた。
「気をつけるんだぞ」
「カレン、二人に何かされたらすぐに呼びなさい」
「? わかった」
カレン組は右、ハグリッド組は左の道を進んだ。
三人と一匹は森の奥へと入っていった。ファングが先頭を行き、次にハリー、そしてカレンとドラコが並んで歩いていった。
「ドラコ…大丈夫?」
ドラコは右手にランプを持ち、左手はしっかりとカレンの右手を握っていた。
「……怖い?」
ドラコの左手がビクッと反応した。ハリーがにやりと笑った。
「へぇ、僕知らなかったなあ。あのマルフォイお坊ちゃんが極度の怖がりで、女の子の後ろに隠れないと禁じられた森を歩けないなんて」
「う、うううるさいぞポッター!」
「どもってるし」
「大丈夫だよ、私も怖いから」
本当に怖がっているのかわからないがカレンは笑い、手を握り返すとドラコは顔を赤くしたが、暗い森の中ではあまり見えなかった。
突然、ファングが立ち止まって低く唸り始めた。
「ファング?どうし…」
ユニコーンが倒れていた。死んでいる。そして何かが、ユニコーンに覆い被さっている。頭からフードに身を包んだ何かは、ユニコーンの喉元に噛みつき、血を吸っていた。
カレンの体の奥で、何かが疼いた。
いやだ……直感でそう感じた。
「わあああああああああああ!!!」
ドラコが絶叫し、今来た道を全速力で逆走し始めた。手を繋いでいたカレンも一緒に走ることになったが、ハリーはその場に立ちすくんだままだった。
「ハ、ハリー!」
カレンは叫んだが、ハリーに届いたかどうかはわからなかった。ドラコの叫びとファングの吠え声が森に木霊した。
「まっ、待って!ドラコ!と、とりあえず、止まろう!」
先程ハグリッドたちと分かれた場所まで戻り、二人は止まって息を整えた。そのときハグリッドたちがやって来た。
「どうした!?何があった!?」
「む、向こうに、ユニコーンが…く、黒い、フードが、血を…!ハ…ハリーが…!」
それだけ聞くと、ハグリッドはファングと共に急いで向かった。
「カレン、大丈夫?」
ロンとハーマイオニーが心配そうに聞いた。
「うん…大丈夫……」
カレンは微かに震えていた。この震えは寒さではないとカレンはわかっていた。
繋がれたドラコの手を、カレンは無意識の内に強く握りしめていた。
←