01
小さな港村の、小さな一軒家。
その玄関先には、7、8歳くらいの少女が座り、野良猫にエサをあげていた。
「なんじゃシャオリー、また猫と遊んどったのか」
ふいに玄関のドアが開き、村長が声をかけた。少女はビクッと体を反応させたが、声の主が誰だかわかると、ホッと笑顔を漏らした。
「そ、村長…びっくりした」
「おお、すまん。やはりまだ慣れんか…」
「ううん。大丈夫だけど…えへへ」
シャオリーは眉を下げて笑った。しかし村長は、これでもだいぶ進歩したと感じた。
他人恐怖症だったシャオリー。つい半年前までは、彼女の笑顔が見られるなど想像も出来なかったのだ。
「おーい、シャオリー〜〜!!」
向こうから、一人の少年が走ってきた。満面の笑みを浮かべて、千切れんばかりに手をブンブン振っている。
「ルフィ!」
シャオリーの顔が、パアアアと輝く。明らかに反応が違う。
シャオリーは、駆け寄ってきたルフィにぎゅっと抱きついた。ルフィもしししっと笑い、シャオリーの背中を撫でる。
「相変わらず、シャオリーはルフィにべったりじゃのう…」
村長は呆れ半分にそう呟いて、家の中へ引っ込んだ。
「シャンクスたちが帰ってきたぞ!」
「本当!?」
シャオリーがバッと顔を上げた。目がキラキラと輝いている。
マキノの経営する酒場へ向かうと、中からは賑やかな声が聞こえてきた。
「シャンクス〜〜〜〜!!」
入るなり、シャオリーはカウンター席に座る赤髪の男の元へ駆けた。
「よォ、シャオリー!お、ちょっと背ェ伸びたか?」
赤髪の男、シャンクスはヒョイとシャオリーを抱き上げる。会うのは約2ヶ月ぶりだった。
「少しずつシャロンに似てきたなァ…」
「シャンクス、今日もお母さんの話聞かせて!」
「んー、そうだなァ。じゃあ、おれがまだ14歳のとき……」
シャオリーの母・シャロンとシャンクスは同期。母との思い出が少ないシャオリーにとって、シャンクスが語ってくれる母の話を聞くのは、一番楽しみにしていることだ。
この時ばかりは、大好きなルフィのこともそっちのけ。
「なーなーシャオリー、あのな、」
「たしかお母さんって、料理苦手だよね?」
「そうだそうだ、それでよく焦がしてたっけな」
「シャオリー〜聞いてくれよ〜」
「得意料理はおにぎりとサラダだもんね」
「火ィ使わないやつな」
「なァ〜、シャオリーってば」
「もうルフィ!ちょっと静かにしてて!」
相手にしてほしいルフィが、シャオリーの服や髪をいじるものだから、思わずシャオリーは声を荒げた。叱られたルフィは、ブスッとして席を離れた。
「どうした、ルフィ。シャオリーにフラれたのか?」
煙草に火をつけながら、副船長ベン・ベックマンが声をかけた。
「シャオリーが、シャンクスとばっかり話してておれと喋ってくれねェんだ」
「ああ……お頭も意地悪だな。ありゃあわざとだ」
「わざと?」
「お前の反応が面白くて、わざとシャオリーを独り占めしてるのさ。良いことを教えてやろう」
ベンはルフィに何か耳打ちをする。
一方、シャオリーとシャンクス。
「なァシャオリー。お前、おれのことは好きか?」
突然の質問に、シャオリーは目をぱちぱちさせたが、
「うん、好きだよ」
笑顔で答えた。
「じゃあマキノさんのことは?」
「好き」
「ルフィは?」
シャンクスの目がギラリと光ったが、シャオリーは気付いていない。マキノが「船長さんったら」と笑う。
「好きだよ。ここにいるみんな、大好き!」
「………、そうか」
眩しい笑顔で答えるシャオリーを見て、シャンクスは満足気に笑った。
「でも、なんでそんなこと聞いたの?」
「いや、別に…」
「シャオリーッ」
シャンクスの言葉を遮って、ルフィが声を上げた。
「ルフィ?どうし、」
いきなり、ルフィはシャオリーの腕を引っ張る。バランスを崩したシャオリーは椅子から落ちるが、ルフィがギリギリ抱き止めた。
「おい、ルフィ!危ねェだろうが」
「? ルフィ…?」
シャオリーが顔を上げた、瞬間、小さな唇と唇が重なった。
シャンクスはフォークを落とし、グラスを磨くマキノの手は止まった。酒場がシーンと静まり返る。
ただ一人、ベンだけは口角を上げて酒を飲んでいた。
やがてシャオリーとルフィの唇は離れ、ルフィは叫んだ。
「シャオリー!お前はおれのそばにいろ!!」
ルフィは、フンと鼻から息を吐く。シャオリーはポカンとした表情のままだ。
「いいか!?シャオリーッ!」
「えっ、は…はい…?」
訳がわからないまま、シャオリーは返事をした。するとルフィは嬉しそうにしししっと笑った。
ただじっと見つめていた船員たちも、わっと騒ぎだした。
「……ベン、お前だな」
「少し助け船を出しただけさ」
「ふふっ。でも将来が楽しみね」
ここは、小さな港村。
村は今日も、いたって平和である。
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