08
「だいたい、お前らがどっちも航海術持ってねェのはおかしいんじゃねェか?」
「おかしくねェよ。漂流してたんだ、おれたちは」
"偉大なる航路"へ向かう小船の上で、海を渡る者とは思えない会話が繰り広げられていた。
「航海術とか難しいこと、私わかんないよ?」
「よ?って言われてもなァ……これじゃ"偉大なる航路"どころか次の島にも辿り着けねェ。早ェとこ航海士を仲間に入れるべきだな」
「航海士!どんな人がいるのかなあ」
「とにかくメシだ!おれ、もう死にそうだ…」
バタッと大の字になってルフィが倒れた。食料は底をつき、シャオリー、ルフィ、ゾロは昨日の朝から何も食べていない。ああ、お腹すいた…
「………シャオリー、お前、なんかうまそうだな。いい匂いするし」
フンフンと、まるで犬のようにシャオリーの匂いを嗅ぐルフィ。その口の端からはヨダレが…
「えっ」
「白くて柔けェし、ダイフクみてェ」
「わ、わ、ルフィ!くすぐったいよ」
「動くなよシャオリー〜!」
シャオリーに抱きつき、その首筋に顔を寄せるルフィ。髪の毛が首をくすぐるので、シャオリーは身をよじった。端から見れば、甘えん坊の彼氏が彼女にベタベタじゃれついているようにしか見えない。
「…………………」
そんな二人を、ゾロはモアイ像のような表情で見つめた。
「ん?鳥だ」
「お…でけェな」
3人の上空を、1羽の大きな鳥がはばたいていく。
「あの鳥食おうっ!!」
「? どうやって」
「おれが捕まえてくる。ゴムゴムの…ロケット!!」
自身の能力でパチンコ玉のように飛び出したルフィは、真っ直ぐに鳥に向かっていく。
「大丈夫か?」
「言ってくれれば私行ったのに」
シャオリーとゾロは空を見上げる、と…
「はっ!」
「「は!?」」
鳥の大きな嘴にルフィは頭をくわえられ、鳥はそのまま飛び去っていく…
「ぎゃーーっ助けてーーー!!」
「あほーーーーーーっ!!!」
「ルフィーーーッ!!」
白い翼を広げ、シャオリーも空へ飛び出した。
「(追い付くか…?)」
相手は、人を丸飲みしてしまうほどの大きさのある鳥だ。空を自在に飛べるシャオリーでも、さすがに空で生きる鳥には敵わない。
遥か下の海上では、ゾロが大きな水しぶきをあげて船を漕いでいるのが見えた。
「(もう少し…!)」
鳥の尾羽根をすぐ目の前に捉えた途端、
ドオン!
「おあーっ!!」
「きゃ、」
突然鳥が爆発した、というわけではなかったが、どこからか大砲が撃ち込まれたらしい。シャオリーの視界は真っ黒な爆煙で一杯になった。
「う、ケホッ…はっ、あ、ルフィは…!?」
爆煙から出ると、鳥が慌てて飛んでいくのが見えた。しかしルフィの姿は見当たらない。
見失った…!
「ど、どうしよう…ルフィどっかに行っちゃった…!」
シャオリーは、いつの間にか町の上空にやって来ていた。ルフィは町に落ちたのだろうか…
「(とりあえず、私も降りよう)」
シャオリーは町の外れに着地した。周りに人はいない。
「静かな町…」
誰も歩いてないし、声も聞こえない。誰もいないのか?
シャオリーは、人っ子一人見当たらない町の中を歩く。道路の真ん中にある噴水の音だけが、ジャバジャバと静寂を乱していた。
「……ん?」
ある店の前に、白い何かがいる。犬?
「あのー」
声をかける。無視された。犬はぴくりとも動かない。むしろ、本当に生きてるのか?と思うほどだ。
店の看板には「PET FOOD」の文字が。この店の看板犬兼番犬のようだ。しかし、店は閉まっているようだ。人の気配も無い。
ちょん、と犬の頭に触れてみる。ぴく、と耳が動いたが嫌がらないので、シャオリーは頭を撫でてやった。
「一人でお留守番?ご主人様はどうしたの?」
犬がシャオリーの目を見つめ返した。
「…!」
シャオリーは、犬の頭から手を退けた。あまりにも、
「(寂しくて、鋭い目)」
大きな悲しみを乗り越えて、何かを決意したような目だったから。
シャオリーは犬の隣に座った。
「お前も、一緒だね」
空を見上げるシャオリーを、不思議そうに見上げる犬。
「私も、同じなんだ」
「ワン」
犬が返事をした。犬の言葉なんてわからないから、シャオリーは勝手に思い込んだ。
「ワン」
「うん。お互い、頑張ろうね」
シャオリーが笑ってそう返したときだった。
ドゴゴゴゴォォォンッ!!!
「!!?」
爆発音と轟音、そして目の前の家々が吹き飛んでいく。一体、何が起きたのだろうか…シャオリーはただ呆然とその光景を眺めていた。
明らかに素人の仕業ではない。誰かがいるのか…"悪"に分類される誰かが。
「ワン」
「お前は…逃げないの?」
「ワンッ」
即答だ。ここにいたら危険だとわかっていても、この犬はここに居るつもりだと言う。
それほどまでに大切な、店。
「……そっか、じゃあ私もここにいるよ。
本当は仲間を探してるんだけど、見てないよね?」
犬は沈黙する。ルフィはここには来ていないようだ。
「あー、誰か来ないかなー。ルフィ〜ゾロ〜」
「お前…こんなとこで何してんだよ…」
「ゾロー!」
見上げれば、腹を血まみれにしたゾロが立っていた。大きな檻を引きずっている。
「なんでここに…っていうかその傷!」
「ん?その声はシャオリー!!」
「えっ、ルフィ!」
檻の中には何故かルフィが。シャオリーはゾロとルフィを交互に見た。
「何があったの?」
「かくかくしかじかだ」
ゾロはそのままドサリと倒れた。出血の量が尋常じゃない。
「なァシャオリー、この犬なんだ?全然動かねェぞ」
「このお店の番犬みたい」
「何してんのよ、あんた達。こんなとこで寝てたらバギーに見つかっちゃうわよ?」
オレンジ色の髪の女の人が現れた。口振りからして、味方のようだが…
「誰?」
「うちの航海士だ!」
「航海士!」
ぱああ、と顔を明るくさせてシャオリーは彼女を見上げた。
「えっ。ち、違うわよ!」
「私、シャオリーって言います。よろしくね」
「ナ、ナミよ…よろしく」
顔の周りにお花が見えそうな程ニコニコのシャオリーに、ナミは強く言い出せないようだ。
「バギーって誰?」
「酒場でたむろしてる海賊よ。いろいろあって、私たち追われてるの」
「ふーん……あっ、バギーっぽい人が来た!」
「誰がバギーじゃ!!」
現れた老人に向かって、シャオリーはファインティングポーズ。
「この人は違うわよ…」
「誰だ、おっさん?」
「わしはこの町の長さながらの町長じゃ」
町長ブードルさんは、犬シュシュにエサをやりに来たのだそうだ。町民たちは、酒場のバギーを避けて町外れに避難しているらしい。ちなみに、ゾロは隣の町長さんの家で寝ている。
シュシュは、病死した主人の代わりにこの店を守っているのだという。
「この店は、シュシュにとって宝なんじゃ。大好きだった主人の形見だから、それを守り続けとるのだと、わしは思う」
そっか、だからか。
再びシャオリーがシュシュを撫でると、ペロペロと手を舐められた。
「グオオォオォォオオ!!!」
「え!?」
「!」
突然聞こえた咆哮。大きな獣のようだ。
「こ、こりゃあいつじゃ!"猛獣使いのモージ"じゃ」
「もーじ?」
「逃げるわよっ!」
ナミはシャオリーの手を掴み、町長と共に走り出した。
あっ、ルフィ置いてきちゃった…!
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