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「先輩…っ…あの、私と付き合ってください!」





そう言って、照れて俯くその子の顔は当然髪に隠れて見えないし、名前だって言われた所で下級生だ、知る筈も無い。

ただ『お願いです…!』と、今にも泣き出しそうな震える声に断り文句も浮かばずに、困ったな、参ったなと困惑した後、YESを返した。



「本…当ですか…?……嬉しい…っ…」



そんな自分とは対照的に、漸く顔を上げた彼女は顔を真っ赤にしながら結局は泣き出してしまった。

その健気にも純粋な感情を前にしたなら、自分も素直に可愛い子だなと、そう思えた。



同時に

こうやって忘れていくのだろうとも思った。




「俺で良ければ……それより、取り敢えず泣き止んで?」





それこそ純粋に何色にも染まる事の無い、無色透明な幼き恋心。

それでいて、時折硝子玉のように虹色に輝いては煌めいて見せた




―――――初恋を。


























母親を亡くして以降、何事も無かったかのように再婚をした父親と共に、自分の身は大して馴染みも無い『クジョウ』の家に移る事になった。



「ユウは相変わらず成績も優秀だな。この分なら私も世間に恥ずかしくは無い。全く、最初はどうなる事かと思ったが……これであいつらを黙らせられる」



毎夜の如く自分の成績や生活素行を酒の肴に、晩酌を愉しむ父と義母。
世話になっている以上は彼等の望む『優秀な子』であり続けなければならなかった。



(……丸聞こえだ。それとも聞かれても構わないって所か)



王族でありながら一般人である母と駆け落ちをした父は王家の汚点でしかなく、その末に生まれた自分は汚点を更に泥塗りにしたような厄介者でしかない。

そんな自分を引き連れて実家に戻った父は、火の粉のように降り注ぐ親族からの中傷に、見返したいのか居場所欲しさか、次第に躍起になって自分に完璧を求めるようになっていた。

母を忘れた父には辟易していても、今の立場を守る為には何事にも一切逆らわず、ただ『優秀な子』を演じ続けなければいけない。

恥ずかしくもなく手を煩わせる事もない、成績は常に上位でいなければならず、聞き分けも品行も良くなければならない。

そうまでしてでも今この家を親族達から追い出される訳にはいかない。
将来自分が成し遂げるべく目標の足掛かりが失くなってしまうからだ。



(部屋に戻って勉強でもするか……)



いつの日か国王を失脚させ、母を捨てた王家に復讐を。

強く胸に誓ったその目標の為に、今は剥き出したい本心を『優秀な子』という仮面の下にひた隠す時期だった。



風呂上がりに通り掛かったリビングから聞こえてくる、耳障りな父と義母との笑い声。
それを聞き流し、さっさと自室へと向かった。

部屋へと戻り『パタン』と扉を閉める。
机にベッド、夥しい数の教材に参考書だけの四角い空間は、今の自分が唯一素で居られる場所だった。



「……メール?」



開放感から深く息を吐き出した時、ふと机の端にある携帯が着信を知らせて光っているのに気付く。

見れば、一件のメールを受信していた。
送り主は、今日告白を受けた彼女からだ。



「ああ、そういえば聞かれたから教えたんだっけ……」



自分がアドレスを教えた事すら既にうろ覚えだ。
連絡先を交換した経緯をぼんやりと思い返しながら、メールの内容を目で追った。

そこに綴られていたのは、改めて告白を受けて貰えた事への喜びと、自分を好きになったいきさつから、純真な思いの丈まで。
何とも初々しい恋心が、短いながらも一杯に文面に認められている。



(名前……何だったっけ……)



下校間際に呼び止められた昇降口。
告白前に名乗りついでに言われた学年とクラスは覚えていても、肝心の名前を忘れている自分は如何な者かと苦笑した。

今までに告白された事等何度もある。
だが、所詮上辺だけしか見ていない評価での恋心なのだろうと、交際なんて何だか煩わしい気がして、どれも断ってばかりいた。

それがどうした事か、今ではこのメールの送信者が『彼女』なのだと思うと不思議だ。

一先ずそれとなしに返事を返し、携帯を机に置くと、乾き切れていない髪を軽くタオルで拭き取った。

直ぐ様携帯が返信を受けて再び光った事には正直驚いたが、付き合うという事はそういう物なのかと、妙に納得してしまった自分はやはりここでも『優秀な子』だった。



「……勉強するか」



心動かされた訳では無い。
では何故告白を受けたかと言えば、単に淡々と過ぎ行く日々に変化を望んでみた表れかもしれない。

だが『彼女』に対しても、望まれているだろう通りの『優しい先輩で彼氏』という仮面を既に被っている時点で、何の変化もある筈がない。


それでも―――――。





参考書を取り出そうと手を伸ばした本棚。
そこにある写真立てに写る幼い頃の自分、そして隣に並ぶ更に幼い女の子。

泣き虫で、直ぐに顔をくしゃくしゃにしては泣いていた小さな女の子に、今日告白をした際の彼女の泣き顔が重なったのもあるかもしれない。

告白にYESと返した理由がそうだと言うのなら、それこそ本当に自分は如何な者かと苦笑する。



「元気にしてるかな……」



この柵だらけの生活の中、今では生涯を掛けての復讐を誓った自分が、唯一『こう』なる前の自分に戻れる小さな存在、小さな思い出。



まだ幼かったあの頃、あの頃の自分達に公園はとても狭かった。

公園を飛び出しては原っぱで、川で森でと陽が暮れるまで遊び、他愛もない事にはしゃぎ回っては、他愛もない事に涙するまで笑い合った。

ひらひらと蛇行しながら飛んで行く紋白蝶を追い掛けていれば迷子になり、道すがらに出くわした野良犬の後を追い掛けていたら、元居た公園に戻っていた。
そんな無邪気な思い出ばかりで。



「今でも泣いたりしているかもな……流石にもう転んだりはしてないか」



写真立ての自分達は膝に腕にと擦り傷だらけ。
何処をどう遊んだのか、靴は泥塗れになってクタクタだ。

だが手を繋いでカメラ目線に満面の笑みを見せている無邪気な子供達は、今はもう過ぎし日の思い出だった。


よく転んでは大粒の涙を零して泣いていた。
泣き止むようにと機嫌を取れば、嘘みたいに直ぐ様明るい笑顔で手を繋いできたあの子は、

初恋のあの子はもう、遠い日の思い出なのだ。










中学を卒業すると同時に『彼女』とは別れた。


元より、告白を受けた時には受験も目前だった。
然程大した付き合いという付き合いらしい思い出も無いままに、自分から関係を絶った。

その後、相変わらず上辺だけの人並みな恋愛経験は経てはきたつもりだ。
それでも、何処か頭の片隅には遠い記憶の、あの日の泣き虫な女の子の存在は優しい温もりと共に在り続けたように思う。

そうして高校に大学にと通いながら執事養成学校の研修を経て、念願叶い正式な王家正執事職に就いた。



「グレン様、アラン様。お時間になります」


「ああ」


「グレン兄ちゃん!早く、早く行こう!」


「アラン、遊びに行く訳じゃないんだぞ?」



母の仇に付き従いながら従順な執事を演じ、腹の内では国王の崩御を願い続ける。

幼少期を共に過ごした従兄弟のグレン相手にも憎しみは飛び火し、それを表には出さずに復讐の機会を待つ毎日。



「そうですよ、アラン様。ミッシェル城に着きましたなら、まずは練習なさった通りにノーブル様にご挨拶をしませんと」



そんな物は得意中の得意だった。

何せ自分は今までそうやって生きてきたのだから。

『穏やかに優しい』、
それが仮面なのか素顔なのかも時折自分で分からなくなる程に、この身は自然と馴染み切っていた。



「では参りましょうか、グレン様」







憎み続けて生きてきて

気付けば自分はもう、二十六になっていた。











夜風に乗って耳に届いていた優雅な旋律が、ふとして途切れる。



「車を回してください。間もなくグレン様とアラン様がお戻りになります」


「はい、かしこまりました」



パーティーも終盤だ。
一足先に運転手に指示を出すと、自分も助手席に乗り込み二人の戻りを待った。

報道陣や正門前の混雑を避けて裏口に回したリムジン、程無くして姿を見せた幼い王子に主人。

そこには、主人に連れ立って歩く見慣れない顔の女性が一人、幼い王子とやけに親し気な様子で手を繋ぎながらこちらに向かって歩いて来ている。



(……誰だ……?)



そうしてリムジンへと乗り込む彼女に、彼女の声に雰囲気に。



「……あれ、君は……」



声に雰囲気に、あどけなさの残る奥二重に、その面影に―――――。




「君……は……」








泣きそうになったんだよ。


可笑しいと言って笑うかい?

君が『君』だと気付いた瞬間、不思議な事に今にも泣きだしてしまいそうになったんだ。




「もしかして……ユウお兄ちゃん……?」




怨んできた。

怨んで恨んで、憾んで今まで生きてきた。

この歳になるまでそうやって生きてきた自分を、柵だ何だと思いながらも、自らの怨恨が一番に柵だったこの人生を。




「……茉莉ちゃん……」




何もかもが煌めいていたあの日々に戻ったかのように。

『もう、いいんだよ』、まるでそう言ってくれているかのように、
君の顔を見た瞬間に。




「……やっぱり茉莉ちゃんだったんだね」







仮面の下で
君と過ごしたあの頃のように

子供みたいに泣いていたんだよ。





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