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――――夏。
それは恋に出会って恋を知り、恋を覚えた若者達が、奮って恋に溺れる季節。




「キーちゃん、バナナボート行こう!バナナボート!」

「はあ?何でこの俺がバナナボートなんて……あ、おい!引っ張るな!」

「何?バナナボートだと?バナナでボートを作ったのか?安全面の考慮の欠片も無い、そんな馬鹿げた代物を作った奴がいるとは……」

「ジョシュア王子、ご安心ください。バナナの形を模しているだけであって、バナナで作られたボートではありませんから」




恋に溺れる事、大いに結構。
そこに浮き輪も救助艇も一切必要無い。
溺れたなら自力でパドリングをして、恋の波を頭から被ったならいい。
それが夏の恋と言うもので―――……。




「また皆さん元気なもんですね。今にバテるんじゃないですか?」

「……別に。俺には関係無いから」

「ちょっと、ちょっと。ウィルりんにグレたんってば、何で木陰で休んでるの?はい、ビーチをもっとエンジョイして!」

「おい、ロベルト王子!バナナボートに乗るのか乗らないのか、どっちだよ?!」

「キーちゃん、待った!グレたんも乗るって〜!」

「何で俺まで?!ちょ、ウィル王子助けてくださいよ!」

「……俺には関係無いから」




子供はちょっぴり大人に、
ちょっぴり大人になった子供は大人へと変わる。
夏は大人への階段を段飛びに登る事の出来る、絶好のシーズン。
即ち、思春期の少年が一っ飛びで大人へと変わる事が出来てしまったりする、ファンタジックなシーズンなのだ。




「じいさんも突拍子も無い事を考えついたもんだな。まさか、王子達を全員引き連れて、国交間の親睦を深め合う為に合宿するだなんてさ。要は只のバカンスだろ?」

「こら、テオ。口を慎め。皆様方の前だ。それに、ノーブル様に対してその口の利き方は……」

「はいはい。分かってるって。大人しくだんまり決め込むよ。今だけな」

「……全く、ああ言えばこう言うだな」




うら若き男女よ、奮って恋に溺れたならいい。
息継ぎすらも困難で、うねる波に足を取られて波間で溺れるような、そんな恋を。




「テオく〜ん!見て見て、ほら!じゃんっ、蟹!」

「じゃんって……アンタ、蟹なんか捕まえてたのかよ?ガキ」

「ガキって酷いなぁ。だって蟹だよ?凄くない?」

「いや、蟹くらい普通いるだろって。海なんだし……」

「テオ君も一緒に行こうよ。あっちに岩場があってね、小さな魚も沢山いるの!」

「は?一緒にって……わ、おい待てったら!」




必死にもがいて、足掻いて、ひたすら手足をばたつかせる。
そうして溺れる恋に、
きっとこの夏、心は何かを知る筈だ。




「テオ!茉莉様を一人で岩場に行かせるのは危険だ。この場は俺が見ているから、お前は茉莉様に付いて行ってくれ」

「分かったよ。ったく、仕方ねぇな……あのお姫様は」




……―――さぁ、夏が始まる。




「おい、茉莉!待てって……!」

「テオ君、こっちだよ!早くおいでよ〜!」

「……ぷっ。海ではしゃぐなんて、やっぱりガキじゃんか。アンタ一体幾つだよ?」

「あ、またそんな事言って…!そうやって人をからかう方が子供なんだよ?」

「どっちが子供なんだか。ほら、足元。蟹が横切ってるけどいいのか?」

「え?あ、本当だ!またいた!」

「ははっ、ほらな?」





切なくも愛しい、胸を焦がす想いに怯まず挑め。
恋の荒波に溺れたなら見える、目映い景色が其処にある筈だから―――……。















恋、始めました。

Butler Teo & U.















六か国から遥か遠く海を跨いだ此処は、赤道直下の南の島。
照り付ける陽射しは強く、至る所に南国のそれらしき木々が生い茂る。
見渡す限り、何処までも一面に広がる紺碧の海。
ビーチは白く、咲き誇る花々は目にも眩しい原色で、先住民達の文化も色濃い。
そんな南の果ての楽園に訪れているのは、言わずと知れたVIP御一行様だ。




「本当に私まで一緒に来ちゃって良かったのかな?ノンちゃんからの招待状には、六か国の親睦を深める為ってあったけど……」

「いいんじゃないか?あの王子達が揃う場に、アンタが居ないって方のが逆に不思議だろ?茉莉が居るからあの王子達が纏まるっていうのもあるし。まぁ、王子達がバラバラにならない為の接着剤みたいな役割って所だろうな」

「ええ?接着剤なの?」




この面子が揃って島に訪れるというのも懐かしい。
だが、以前茉莉もキャンプに訪れた事のある例の離島とはまた異なり、この島にはコテージは勿論の事、ちゃんと長期滞在に備えた施設等は万全に揃っている。
ノーブル公の所有する島の一つであるこの楽園に、王子達と共に茉莉も訪れていた。
ゼンは勿論ながら、今回は珍しくテオも一緒だ。




「でも、テオ君やゼンさんと何処か出掛けるのって楽しいね。いつもはお城の中だけだから、まさか海に皆で来れるなんて思わなかったな」




岩場に腰を下ろした茉莉が、足をぶらつかせてぱしゃぱしゃと水面を蹴る。
その横に並んでしゃがみ込むテオは、捕らえた蟹を指先に摘まんで何やら弄っている。




「別に、俺とゼンは遊びで来てる訳じゃ無いから、いつもと変わらないけど……。城に居るか海に居るかの違いだけで、やってる事は同じだし」

「そりゃそうだけど……でも、折角だから楽しめる時は楽しもうよ。今だったらテオ君も息抜き出来るんじゃない?ここなら私しか居ないよ?」

「誰も見てないからってサボれるかよ。俺は執事なんだから……」

「ふふっ、そっか。テオ君も執事だもんね。お仕事の邪魔しちゃ悪いか」

「何笑ってるんだよ。今、どうせ俺が執事ってって思っただろ」

「きゃあ!蟹を投げないでよ!酷……!」

「ははっ、ビックリした?」




ぽ〜んっと茉莉の膝の上にやんわりと蟹を投げ付けて、テオが小馬鹿にしたように笑う。
蟹は茉莉の膝をかさかさと横向きに移動すると、そのまま岩場に逃げ込んでしまった。




「普通は蟹を投げ付けられたら誰だって驚きます!もう、可哀想な事して……蟹、逃げちゃったじゃない」

「つーかさ、逆に聞くけど蟹を捕まえてアンタ何する気だったんだ?」




二人の居る岩場から、遠く向こうの海では、一隻のバナナボートが猛スピードで波を掻き分けている。
見ればロベルトやキース、グレンとがボートに乗っているようだが、何故か先頭にはジョシュアが鎮座している。
少し異様だ。




「ふふっ、何だかんだ言ってても皆楽しそうだね。テオ君やゼンさんには休憩とか無いの?」

「無いな。まぁ、滞在するコテージにはこっちの使用人達もいるから、少しは楽になるんだろうけど」

「そっか……。折角海に来たって、あまり遊べないね」




ぱしゃりと海水を蹴って、茉莉が残念そうに肩を落とす。
しょんぼりと悄気る彼女に、テオは一度かしりと髪を掻くと、ぶっきら棒に言葉を投げた。




「……まぁ、夜になればゼンも時間が空くんじゃないか?」




あのまま蟹を捕まえておけば良かったと、テオは内心で呟いた。
蟹の居なくなった指先は手持ち無沙汰で、気不味さに落ち着ける居場所を探しているが迷子だ。
彼女と、―――茉莉と。
ゼンの話をするのは苦手だ。




「だから……それまでの辛抱って事で、我慢したら?」




彼女の肩が落ちているのはゼンに時間が無いからであって、彼女が寂し気な顔をしているのはゼンと海を楽しめないからだ。
それら彼女の悄気返る理由に、自分は当然登場すらしない。




「この島にいる間、ゼンもずっと時間が無いって訳でもないんだろうしさ……」




だから、柄にも無く彼女を励ましてみたのだが、その彼女がクンッと。




「違うよ。ゼンさんじゃなくって……」

「え?」




茉莉がクンッと、テオの袖口を指で引っ張る。
ゼンでは無いと断りを入れた茉莉は、窺うように首を傾げてテオの顔を覗き込んだ。




「テオ君も夜になれば時間が出来るの?」

「俺?」

「うん。テオ君と少しでも一緒に遊べたら嬉しいなって思ったんだけど……」

「……え?」




ぱちくりと、テオがアーモンド型の瞳を大きく見開く。
予想だにしなかった茉莉の言葉に、どうリアクションを返そうかと戸惑っている様子だ。
そんな彼の態度に、茉莉はぱっと視線を海へと逸らしてしまった。
ぱしゃぱしゃと再び水面を蹴り出す彼女の、その耳は赤い。




「俺なら別に……。夕飯の給仕に立ち会うくらいで、用付けが無い限りはこれと言って後は何も……」

「本当?じゃあ、夜になったらテオ君、時間が空く?」

「え?ああ、多分……」




視線を海へと外していた茉莉が、テオを振り返って嬉しそうに微笑む。
そのはにかんだような茉莉の笑みの中には、何処にもゼンの面影は見当たらない。






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