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朝起きて一番に目にするにはかなり衝撃的な格好をしたキャスターが、巻き髪を掻き分けながらお色気たっぷりに今日の天気を告げた。




「皆さぁ〜ん。今日はアルタリア全土で雨の予報で〜す」




何とも大雑把な予報だが、どうやら今日は一日雨らしい。
そのくねくねとしたキャスターの物言いには、思わず語尾に「うっふん」と付け加えたくなってくる。




「アル。早朝番組には全く以て不釣り合いなグラマーな女性を天気予報のキャスターとして起用する理由には何がある?」

「さあ、私には何とも……。考えられるのは男性視聴者の獲得、または中高年層の男性視聴者に対するカンフル剤代わり……でしょうか?」

「アルってば、真顔で何を言ってるの?」

「いや、ロベルト様こそ朝から私に何を言わせるのです?」




取り敢えず今日は雨らしい。
それも、「じとじとじっとり、不快指数も半端無い雨よ。うっふん」だと言う。
否、うっふんとは一言も言ってはいないけれども。




「ふ〜ん。そっか、雨か。へえ……雨ねぇ」

「……何ですか、その含んだ言い方は」

「別に?」

「白状なさい。今、善からぬ事を考えたでしょう。善からぬ事を」

「考えてないってば、酷いなぁ。俺、今起きたばっかだよ?そんな直ぐには頭も回転しないって……」

「それなら良いのですが……」




頭はいつだってフル回転、フル稼働。
起き抜けの寝惚け頭も何のその、脳内に立てたプランを実行に移すべく、あれそれと脱走手段を練るのに忙しいくらいだ。




「今日は一日雨だって言うし、大人しくしてるよ」

「ロベルト様が大人しくしてくださる理由に、雨だとか晴れだとかは関係無いように思いますが?」

「アルも聞いてたでしょ?折角お天気お姉さんが中高年層の視聴者に向けてセクシーに予報を言ってくれてるんだから、ちゃんと聞いてなきゃ駄目じゃんか」

「ほお、私は中高年層ですか」




雨なら雨の日なりのデートの楽しみ方があるんだって事。
流石にそこまではキャスターだって教えてはくれない。
だって、そうだろう?




「さてと、朝ご飯。朝ご飯〜」

「ロベルト様、私は中高年層なのです?」




それを君に教えてあげるのは、俺だけの役目なんだから。

……―――なんてね!















It's gonna rain!

相合い傘?
I&I傘?
それとも愛愛傘?
取り敢えずこっちにおいで、
一緒に傘に入ろうよ。
















しとしと、しとしと。
小雨よりは気持ち大きい雨粒が、傘をぱらぱらと叩いて音立てる、とある雨の日の午後。




「……ん?門の所に凄い人集りが出来てるけど、何かあったのかな。…って、もしかして……」




最早、定番になりつつある光景を前に、茉莉は一応確認してみるべく人集りの輪に加わった。
門の前に作られた人垣。
その大半は女生徒達で、皆して一様にきゃあきゃあと黄色い声を上げている。




(まさかとは思うけど、この展開はそのまさかだよね……?)




茉莉は傘の柄をきゅっと握り直すと背伸びをした。
人垣の隙間から顔を出して、輪の中心に居るだろう人物の姿を探してみる。
すると、案の定だ。




「……あ。茉莉〜!」

「やっぱり……!」




「ロベルト!」、と言い掛けて、慌てて口を噤む。
そんな気を回さずとも既に遅いのだが、これ以上騒ぎを広げる事だけは避けたい。
茉莉は女生徒達の輪からロベルトを引っ張り出すと、そそくさとその場を退散した。
大学を後に、暫く市街地を歩いた所で茉莉が漸くホッと息を吐く。
どうやら女生徒達の追随も、パパラッチ達による尾行も無いようだ。




「ロベルト、今日は突然どうしたの?」

「ん?別にどうもしてないよ。近くまで寄ったからさ、茉莉の顔が見たいな〜と思って来ちゃった」

「来ちゃったって……近くまで寄ったって事は、シャルルで公務でもあったの?」

「え?あー…うん、そうそう!公務公務」




へらっと笑うロベルトは見るからに怪しく、茉莉は「本当かなぁ」と内心で疑った。
まず第一にロベルトが「そうそう」や「平気平気」と、言葉を繰り返し用いる時は、大概の場合が何かを誤魔化そうとしている時が多い。
今日もまたアルタリア城を脱けて来たのかと勘繰る茉莉を余所に、ロベルトはもう別の話題へと会話を掏り替えている。




「向こうも朝から雨だったけど、こっちも今日は雨なんだ?」

「うん。天気予報でも今日は一日降ったり止んだりするって言ってたよ」

「それって、やたらくねくねしたお天気お姉さんが言ってたりしない?"今日は一日降ったり止んだりでしょう〜、うっふん"みたいな天気予報じゃなかった?」

「ええ?別に普通の天気予報士の人だったけど……」

「だよねえ」

「ねえ、何の話?……あ、ところでロベルトは今日はもう予定は無いの?例えば今からまた公務があるとか……」

「うん?無いよ。だから茉莉に会いに来たんだけど……もしかして駄目だった?」

「ううん、そうじゃなくて……最近のロベルト、ずっと忙しかったみたいだから、今日はこのまま一緒に居てもいいのかなって思って……」

「当たり前でしょ。むしろ、茉莉が一緒にいたら駄目な時なんて俺にある訳が無いって」

「そうなの?」

「そうなの」

「ふふっ、うん」




ロベルトが脱走したのかどうかのそれは一先ず置いておくとして、生憎の天気の中、彼が大学まで自分に会いに来てくれた事には茉莉も素直に喜んだ。
こうしてロベルトの笑顔を間近で眺めるのも、実に2週間ぶりだ。
久し振りのデートに、茉莉の胸は甘い期待を感じて早速高鳴ってしまう。




「取り敢えず近くのパーキングに車を停めてあるから、そこまでいい?」

「うん。今日は雨だから流石に前みたいな運転はしないでね?」

「もっちろん。だって、世界で一番大好きな子を助手席に乗せて走るんだよ?ハートに誓って危ない運転は致しません」

「ふふっ、宜しくお願いします」




傘の軌道はシャルル王国からアルタリア王国へ。
大好きな人の隣に乗車して、そのまま車で走る事数時間。
馴染みのある愛しい街へと辿り着いたなら、雨に濡れる6月の、嬉し恥ずかしデートの始まり始まり―――……。










しとしと、しとしと。
雨に霞み掛かる街を愉し気に二本の傘は行く。
パンプスに跳ね返る雨水や、肌に纏わり付く湿気は中々気分が良いとは言えないけれど、それも好きな人と一緒ならまた視点だって変わるものだ。




「わざわざ雨の日にデートするってのも新鮮だよね。皆、傘差してるから堂々と歩いてても意外と気付かれないし」

「そっか。言われてみるとそんな利点もあるね。確かに皆ロベルトの存在に気付いてないみたいだし……。傘が目隠しになってるのかな」

「でしょ。だから、このまま歩いてたって、きっと俺だってバレないよ。多分アルと擦れ違っても気付かれないんじゃないかな〜」

「うーん。アルベルトさんには通用しない気がするけど……」




アルタリアの街に響き渡る、雨のオーケストラ。
それは、至る所で奏でられる優しい音楽だ。
ぱちゃぱちゃと水溜まりに跳ねる音や、木々の葉をぱたたっと弾く音。
ぽたぽたと屋根から伝い落ちてくる音に、傘をぱらぱらと叩く音。
それら雨が生み出す賑やかなメロディーに耳を傾けてみるのも、たまには良いものかもしれない。




「いつもは茉莉と会う日に雨が降ってたりすると、正直少しだけめげるんだよね……」

「どうして?」

「どうしてって……折角髪をセットしたって湿気でウネウネしちゃうし?」

「そうだったの?でも、別に今も気にならないよ?」

「え?でも俺、結構ウネウネしてるよ?」

「ふふっ!気にならないったら」




他愛も無い話に華を咲かせつつ、二人並んで歩く雨に濡れたストリート。
普段、一際賑わいを見せる市街地も流石に今日は人通りは少いようだ。
特別行く宛がある訳でも無しにぶらりと通りを歩く。
目にした物、全てにああだこうだとリアクションをしながら、笑顔を交わし合いながら歩く。
たったそれだけの事でも、今の茉莉には十分過ぎるくらいに楽しい。
雨の音をBGMに、そう会話を弾ませていたなら、ふと隣を歩くロベルトがぴたりと足を止めた。




「ロベルト?」

「うーん。邪魔だなぁ……」

「邪魔って何が?」




彼は突然立ち止まると、自身の差す傘を見上げて何やら思案しているようだ。
一体何があったのかと茉莉は「?」と小首を傾げた。
すると、何を思い立ったのか。
ロベルトは茉莉の手元からヒョイッと傘を取り上げてしまう。




「え?どうして傘を……わっ」




傘を取り上げられると同時、ロベルトの身体が茉莉にズイッと密着してくる。
一つの傘に二人で納まるその格好は、自然と彼の二の腕と茉莉の肩とをぴったりと寄り添わせた。
二人で雨を凌ぐ、
つまりは相合い傘の状態だ。




「何か傘、邪魔じゃない?」

「傘が邪魔って……」

「ほら、いつもは茉莉ともっと隣り合わせで歩いてるのに、傘があるとその分茉莉と離れちゃうから、何か邪魔だなーって思ったんだけど……うん。これで良し」

「良しっていうか、あの……」




傘の下、見上げたなら直ぐそこにあるロベルトの顔が、茉莉の瞳を覗き込んでにこりと無邪気に微笑む。
その眼差しが何だか擽ったくて、茉莉は顎を引いてロベルトから視線を外した。




(これだと、いつもより余計に近いんじゃ……。それに、これって相合い傘……だよね?)




一人照れて俯く茉莉に対して、ロベルトはお構い無しといった様子だ。
ロベルトは茉莉の腰にナチュラルに手を回すと、「行こっか」と言って歩き出す。
一つの傘に納まろうと歩幅を合わせて歩けば、一歩足を踏み出す度に肩は彼の腕にトンっと当たった。
茉莉の胸は、それだけでも甘いこそばゆさを感じてしまう。




(ち、近い……。相合い傘って腕を組んで歩くよりも照れるかも……)




トクンと弾む高鳴りは煩く、胸を叩く鼓動は軽く痛い。
だが、ロベルトが傘を持つ手を持ち変えてくれたお陰で、腰に回されていた手は直ぐに離された。
これでどうにかどきどきと煩かった鼓動も少しは落ち着いてくれそうだ。




(もしかして今日のデートって、ずっと相合い傘になるのかな……?)




慣れない相合い傘に気恥ずかしさを覚えはするものの、触れ合う腕と肩とは何だかんだと言っても嬉しい。
雨の楽団が奏でるメロディーは、傘の中でやんわりと反響する笑い声も隠してくれる。
紫陽花のように花開く傘は、周囲から二人の姿を目隠しするパーテーションへと早変わり。
誰に指を差されるでもなく、声を掛けられる訳でもない。
普段なら億劫に感じる雨の日も、気付けば利点だらけだった。






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