ビター&スイート / 01
久々に地元に帰ってきた。地元には苦い思い出があり、あまり近づきたくないと随分と遠ざけてしまったが、その日は不意に海が見たくなった。海を見たいと思った時に思い浮かんだのがたまたま地元だっただけだと、誰にするわけでもない言い訳を心でする。
何もない、小さな町だ。あるものと言えば海と山と、そして神社。そこで育ち、そして遠ざけた。やくざという道を選んでしまった手前、小さな町だからこそ帰りにくかったというのもある。
海を見るのに最高のロケーションが少し高い位置にある神社で、俺は迷わずそこへ進んだ。まさかそこで琉生と再会するとは思わなかった。何年振りかにあった琉生との時間は懐かしくもあり苦しくもあったが、それでも話してみてようやくあの頃に止まっていた時間が動き出したような気がした。
甘いものが好きで、男ながらに作るのも得意だった琉生は道を違えてからパティシエになったと言っていた。似合っている。学生当時に食べた甘い甘いクッキーがまるで口の中に広がるような錯覚と共に、ああ、俺はまだ琉生のことが好きなのだと実感した。
できる事なら時間を戻したい。決して叶うことのない願いを思い、じくじくと痛む胸の内もやがて時間と共に気にならなくなるのかと半ばあきらめていた俺に、琉生は隣町のスイートハウスに来いと言う。
元来甘いものは苦手で、琉生と過ごした時からまるで縁のなかった俺でも知っている「antique」で働いていると言う。そして俺に自分が作ったそこの新作ケーキを食べに来いと。甘いものは苦手だが、琉生の菓子は食べたいと思う。
言い逃げしてしまった琉生の背中をみて、多分俺は微笑んでいた。
あれから数日。
もっと早く来たいと思っていたが、なかなか段取りできずに少し日が経ってしまったが俺はその件の店に来ていた。
洒落た外観が男一人では受け入れませんと言っているようで妙に緊張する。かといって誰かを連れてくるわけにもいかない。意を決してドアを開ければこれまた可愛らしい音でちりんとベルが揺れる。
「いらっしゃいませ」
物柔らかな声に迎え入れられ、それが琉生の声でなかったことに安堵と共にがっかりする。奥が喫茶になっているようなので、俺はそちらに歩を進めた。注文を聞きにきた彼女に珈琲と新作のケーキはあるかと問えば聞いてきますといい奥へ入って行った。厨房だろうそこを何の気なしに眺めていると、白い服に身を包んだ琉生がお盆を片手に出てきた。
「やっと来たんかよ」
一見ぶっきらぼうに聞こえるそれは琉生がかなり照れている時のもの。
「わりいな、これでも忙しい身なんだよ」
俺の前にチョコでコーティングされたケーキを置きながら
「毎日毎日梗慈が来るかもって思って一個新作ケーキをよけておいて、来なかったら自分で買って家で食べて、ある意味むなしいのとお前に対する怒りのようなものと……とにかくごちゃごちゃになってたよ」
ぶつぶついうが、それは世紀の告白のように聞こえることに奴は気づいているだろうか。ふっと笑った俺の目の前に座った不良パティシエは
「食えよ、で、感想聞かせろ」
とぞんざいに言い放った。そのふてぶてしい態度も可愛いと思ってしまう。現実の時間は戻らないかもしれないが、琉生と過ごす時間はまるで当時に戻ったようで殺伐とした時間を生きる俺には一筋の癒しのようだ。
「あ? 甘くねえな」
「お前でも食べられるだろう、それだったら」
顔を真っ赤にして言う琉生ともう一度同じ時を過ごすようになるのは案外近いのかもしれない。
終
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