微睡む幸せと不幸せ / 01


 金城隼人、十九歳。

 持っているものと言えば、その名前と十九歳にしては貧相な細い発育不良の体と、少しばかり目付きの悪い顔くらい。昨日までは確かに大学生と言う肩書もあったはずだが、昨日が締め切りの後期の授業料が払えなかったのでそのうち除籍になるだろう。

 悪いことは続くとはよく言ったもので、高校生の時から世話になっていたバイト先のコンビニも昨日クビになった。仕事ぶりが悪いだとか、よく無断欠勤をするだとか、そういうクビになりそうな理由は全くなくそれこそ突然言い渡されて、もう何を言い返す気力もなかった。

 持って生まれた運のなさは仕方がないと割り切ってしまうにはあまりにも理不尽で、不甲斐無い。

 貯金があるわけでもなく、頼れる親がいるわけでもなく、どうして自分ばかりがこう不幸なのだろうと嘆きたくなるのもいたしかたないことだろう。

 とは言ってもそんな事ばかり嘆いていても生活は成り立たない。この財布の中身のなけなしの全財産の千円札二枚を使い切ってしまうまでに何とかしなければ、食べることにも困る。この際、差し迫った家賃は勝手に少しばかり延ばさせてもらおうと、隼人は途方にくれながらもぐっと拳を握りしめた。

 早く家に帰って今日は眠ってしまおう。また明日から頑張るから。と言い訳じみたことを考えながら家路を急ぐ。

 眠ることは幸せだ。辛いことも苦しいことも全て忘れられる。怖いこともなければ哀しいこともない。何も持たない隼人の楽しみは昔から眠ることだった。いっそのことずっと眠っていられたらいいのにと考えてしまうくらいに。現実逃避だと分かってはいるが、それぐらいは許してほしいとも思う。

 それなのにやっぱり願いは叶わないものらしい。

 ぼろい今にも崩れ落ちそうな家の前に、不釣り合いな黒い高級車が止まっている。ここ数カ月で見慣れたそれは、隼人にとって不幸を運んでくる禍々しいものでしかなかったが、今日その車のまわりにいる人たちには見覚えがなかった。どちらにしても良い知らせなわけはないだろうけれど。

 ぼろいこのアパートは、確かに常人には不人気な物件だろうけれど、隼人のようにお金がない人間や、脛に傷を持つような輩からはやたらと人気のある物件だった。だから必ずしも自分のところに用事があるとは限らないのだが、それでも容易く自分の所に用事だろうと思ってしまうのはここ数カ月の出来事で身に沁みついてしまったものだった。

 それでも傍迷惑にどんどんと扉を叩いたり、喚くように脅しにかかるような台詞を言うわけでもなく、幾ばくかの好感を持てる。それこそが非常識な思考だと言うことに既に気付かないくらいに、自分では自覚しないままに隼人は追い詰められていた。

 部屋の前に立っている人に、ドアに鍵を差し込みながら

「うちに何かご用ですか」

と尋ねられるくらいには。

「金城隼人さんですか」

 尋ねると言うよりは確認と言うように問うてきた男を、隼人はちろりと見上げて

「そうですが」

と先を促す。細身だが高い身長からか威圧感がある。物腰は柔らかいのに怜悧な雰囲気が漂い、厳つい顔ならまだしも、優男風の容姿が油断ならない相手だと知らしめる。

「金城重伍はご存知ですか」

 ああ、またかと思う。親子とは、例え親子らしい関係がなかったとしても切っても切れない縁にあるのだとここ最近身に染みて感じたことをリプレイするかのように思う。

 相手も隼人の返事を聞くまでもなく肯定と受け止めたようで、では、と続ける。

「金城千香子もご存知ですね」

 またかと思うようなことをするのは決まって父親の方だったので、久しぶりに聞いた姉の名前に隼人は一瞬戸惑った。戸惑ったものの姉とも家を出てから一度も会ってはいない。

「知ってます」

 名前だけは、と続けたいところだが多分それを言っても通じないだろうと他人事のように思う。

 男が続けた話は、またかと溜息を吐きたくなるようなことだった。

 金城重伍は隼人の父だ。が、物心がついてから何一つ父親らしいことをしてもらったことはないと思っている。それどころかここ数カ月のうちに殺意の湧くようなことをしでかし、今もなお隼人を苦しめる。始まりは単純だった。死にもの狂いで大学生になり死にもの狂いで家を出、苦しいながらも何とか人並みな生活ができるようになった今年、突然父親が死んだとの知らせを受けた。その時、姉とは連絡がつかなかったようだ。仕方がないので隼人が後の処理をした。どんな親でもやはり感傷的になるものだと浸っていると、父親の借金を取り立てに立ち代り人が来るようになった。大学の学費ともしもの時の為にと苦心して貯めた二百万円は湯水の如く消え失せた。それでも足りなかった少しばかりの借金は大学に行きながらバイトをして少しずつでも返すつもりだったのだ。それなのに、死んだ父親はこの男のところで数百万の借金を、そして姉は一千万近い借金をした挙句、この男の所が経営している店の金を持ち逃げしたのだと言う。

 馬鹿馬鹿しくて笑うしかないとはこのことかと、隼人は力なく笑った。

「人の借金返すくらいなら、俺だって借りればよかった」

 悔し紛れか本心か、自分でもわからない台詞がぽつりと漏れた。



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