億泰くんと11/11


 一度だけ、彼と恋人らしいことをしてみたい。
 私の我が儘を、どうか聞いてほしい。


『おッ、……億泰。ちょっとオーソン寄ってかない?』
「……おう」
 これだけの言葉を絞り出すのに、学校を出てから既に20分も経っている。せっかく東方や広瀬に頼み込んでコイツの放課後を開けてもらったのに、無言のまま目的地までたどり着くのはいかがなものか。バカだバカだとは言われている億泰でもこの沈黙をよくない方向に考えてしまうのではないか──

「そーいや新発売の板チョコストロベリー味が今日からだった気がすんだよなぁ〜ッ!行こーぜ!行こーぜ!」
 バカで良かった!
『億泰に感謝するよ』
「そんなにオーソン行きたかったのォ?」
『いいから』


 ねんがんの ポッキーを てにいれたぞ!
 新発売と定番の狭間で揺れ動いている億泰を放置してオーソンを出る。この日のために何度頭の中でシミュレーションしたかッ!後はどこかのベンチで休みながら口にこれをくわえて差し出せばあの人のことだ、「くれるモンはビョーキ以外貰う」とかなんとか言って食べてくれる筈だ!

「よォー買ってきたぜェ〜!やっぱ期間限定の方がおトクだよなあ〜〜っ」
『あ?ああ、うん』
「あすこのベンチで食おうぜ」
『!』
 彼から誘ってくれたぞ!
 これは私に運が向いてきているということなんじゃあないのか?
 
 二人並んでベンチに座る。彼はいつも人との距離が近いが、ベンチという限定された空間では服の裾が触れるほどに近くなる。勿論そんな気持ち悪いことを意識しているのは私だけだ。億泰は板チョコをかじりながら、どこか別の方向を向いている。
 視線の先を伺っても何もない。……本当になんにも考えていないんだろう。
「なぁ〜それってよォ〜」
『うおっ』
 突如視界が彼で一杯になる。
「ポッキーだよなぁ、その……」
 いきなり振り向く奴があるか、と怒鳴りたくなったが当初の目的を思い出す。
『こっちも食べる?』
「いいのッ!?くれるモンなら何でも貰うぜーッおれァよ〜〜っ」
 かかった、けれど億泰はなにも考えずポッキーを貰えるとばかり思っているだろうから、ここでいきなり口にくわえてはいけない。只でさえ考えることの苦手な彼に、前後の繋がらない行動をしてはならない。

 袋から取り出した一本をそっと億泰の口元に運ぶ。
『アーンして、アーン』
「ナヌッ!?」
 急騰した水のように彼の顔が熱く火照る。しまった、この行動もダメか!しかしここで怖じ気づいたら努力がパーだぞ、踏ん張るんだ!
『わっ、私の手から食べるのがそんなに嫌?』
 違う!脅迫してどうする、目的は億泰に気持ちよくポッキーを食べて貰うことなのに!
 頭の中が羞恥と後悔でパンクしそうだ。顔に出ていないだろうか、とポッキーにばかり集中している彼の表情を盗み見る。大丈夫。時々体温を下げるために手で顔を扇いでいるが、あからさまに嫌そうな態度はとられていない。
「べっ、……オホン、別に嫌じゃあーねーなあ、ウム……」
 裏返る声を無理矢理押し戻し、彼はチラチラと目線をよこす。
『そう。じゃあ、その、アーン……』
「あ、あー」
 ………。
 ……………。
 ………………………!!
 やったッ!第一関門クリアってトコか?億泰の歯がチョコのかかったクッキー生地を噛み潰すのを、奇妙な高揚と共に見守る。


 しかし、一口咀嚼しただけで彼は離れてしまった。
「……や、やっぱよぉ〜、外でこーいうことやんのはよぉ──」
『ッ!』
「ハズカシーっていうか、クラスの奴に見られたらナメられるぜェ〜?それにお行儀悪いっつーか」
『あ、』
 性格はどうであれ、彼は不良だ。それに相反するような、彼が家族の誰かに叩き込まれただろうマナーの良さは、相乗効果で簡単に恋人との接触を拒んだ。
 考えてみれば、彼とは付き合って一年も経っていない。家にお邪魔したこともないし、手を繋いだりキスや恋人らしいことなんて一つもしたことがない。それは外見に似合わず大事にしてくれている、というよりもかなり根深い……“私には関係ない”事情のせいだ。
 
 だからこそだ。だからこそ私から関係を作らねばなるまい。
 億泰と二人で帰らせてほしいと彼の友人達に願ったとき、彼らは快い了承のあとに「億泰(くん)をよろしく」と付け足した。応える必要があるのだ、彼らの期待にも。

『億泰。私は、貴方にもっと近づきたい』
「おおッ!?」
 ベンチの手摺で挟まれ密接した空間で、私は彼に少しだけ近づく。すると彼も無意識のうちに、磁石のNとN、SとSのように同じだけ離れていく。
 逃げられないよう彼の右手を両の手で掴み、視線を絡めとったまま指も絡める。汗ばんでいる。二人ともだ。体温で残ったままだったチョコが皮膚にしたたり落ちたけれど、そんなことは誰も気にしなかった。


 もっと距離を縮める。
 貴方がどれだけ私を遠ざけようと、すぐに追い付いてやる。

 一生逃がすものか。
 何度も告白して、呆れられながらも最後には手に入れたのに。



 億泰の視線が遠いところを見たその瞬間、唇に噛みついてやった。








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なんだこれは。




なんだこれは。
以上、2018/11/11でした。ポッキーあんまし関係ないね。
   




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