ミスタいじめ
イタリアの遅い昼。
もうすぐで日も赤く染まり始めるであろうこの時間。
一人の男が机に向かい、ペンを片手に熱心に仕事に励んでいる。
かりかり、かりかりとインクが紙に擦り付けられる音が響くこの部屋にもう一つ、男の集中を途切れさせる規則正しい音が含まれている。
ひときわ大きくその時計の歯車が時を刻めば不意を突かれたように顔を上げ、そしてぎょっとしたように口を開く。
「………お、そろそろじゃあねーか。しゃあねえ、これを終わらせて……」
ペン先のインクの出を確かめ、さらりと最後の書類を完成させる。彼の性格からすれば意外に小綺麗な机の上からキャップを探し当て蓋をすれば、それが合図だったかのように勢いよく扉が開く。
『ミスタぁーっ!!』
「うわ、びっくりした。ナマエかよ」
驚かせんな、と怪訝そうに顔をしかめるグイード・ミスタは、また今日もこの時間がやって来たと心のうちでため息を漏らす。対する名前は壁に立て掛けられた文字盤を見上げてにんまりと笑みをこぼす。
『ミスタ、今何時だと思う?ねえねえ、今何時だと思う?』
「知らねーよ、てかノックぐらいしろよ無作法な」
『……4時』
悪態を吐いていた男の肩が大げさにびくりと揺れる。みるみる青ざめていく顔はいっそ可哀想なほどに情けない表情を晒していた。
「おい、お前またかよ!」
『わたくしナマエ、只今の時刻、』
「今すぐ止めろ、洒落になんねえ」
一言ずつナマエが単語を重ねるごとに、じわじわとミスタの顔も青ざめていく。被っている帽子と襟元の赤を残して、彼の全身は恐怖の色に染め上げられていくのだ。
それを分かっていて彼女はミスタのもっとも忌み嫌う数字を並べていくのだ。しかも毎日。これが嫌がらせでないとすれば、いったいなんなのだろうか。
『─────4時44分をお知らせします!』
「あああああああああまたやりやがったなてめええええええ!!」
『4ばっか気にしているからさミスタのばぁーか!』
「駄目だオレはここで死ぬ運命なんだああああ」
ガシャァーーン!と何かを倒したような音を後にして、舌を突きだした彼女はその部屋から駆けていったのだった。