大好きです、億泰君


※まさかのBL



『ああ!今日も会えタねマイセニョール!格好良イ!好き!デートしてッ!』
「マジで止めろよなあ〜ッいつもいつもベタベタして来やがってよお〜ッ」

ここには二種類の二人の男がいる。一人は我が世の春だと言わんばかりに全身をくねらせ出会いの喜びに身もだえる男。もう一人はそんな男を精一杯の軽蔑の目でもって接近する“それ”から逃げようともがく男。

どちらか片方が女であればこのような惨劇はまだ華のあるものとなっただろう、しかし悲しいことに今ここにいる人物は全員男なのだ。
20は過ぎているだろう男が爬虫類顔の男子学生の肩を抱き、学生の方はそれを引き剥がすのに躍起になっている、まさに地獄絵図。

そんなことを考えながら食前の水をちびちび飲んでいる仗助の元に、この店の店主であるトニオ・トラサルディーが歩いてくる。
「コンニチハ、仗助サンに億泰サン。ウチの従業員がご迷惑をおかけしてテスミマセンね……」
「ああ、大丈夫ッスよ。こっちに被害は出てないんで」
「全然ダイジョウブじゃあねえ〜〜〜〜ッてのッ!!」
しれっと友人を売る仗助に億泰は抗議の声を上げるも、僅かに残っていた余裕を搾り取るようにきつく抱き締めてくるナマエを剥がす作業に戻る。
二人の攻防を見守るトニオはしょうがないなとため息をひとつこぼし、彼らに向き直った。

「いい加減にしなサイッ!美しいシニョリータが貴方のコトを笑っテマスよッ!」
『な、なにぃ〜〜〜ッ!申し訳ありませン可愛イ人!デスガ君の笑顔は清らかナ水のよ………アレェ?』
女性が見ていると聞いて慌てて億泰から離れ、がらんとした空席に深く頭を下げるナマエは、端から見ればさぞ滑稽だろう。もちろんその席に誰かがいるはずはなく、顔をあげてキョトンとする弟子をトニオは鼻で笑った。
「お店にいルお客様の人数さえ覚えていないトハ……アナタ、料理人の風上にも置けまセンよ」
『にゃ、にゃにおーんッ!騙したのハお師匠でしょうが!』
騙されたと知って、若き料理人見習いは血の昇った顔で非難の声を上げた。だがトニオの言ったことはもっともであり、それ以上の罵倒を続けられないのでナマエは怒りを燻らせたまま厨房に引っ込んでいった。大方皿洗いとキッチンの清掃で頭を冷やそうとするのだろう。


「さて……ナマエが失礼をしまシタネ、お詫びと言っては何デスガデザートに一品付け足しまショウ。お代はいつもの通りで結構です」
「やりぃ〜〜〜ッ得したぜッ!」
抱き締められた時に気管がどうにかなったのか仕切りに襟元を擦っていた億泰は、くれるものは何でも貰うと豪語した通りに無料のデザートに飛び付いた。先程の全てを忘れたように嬉しそうだ。
「仗助サンもドウゾ、食事中に埃を立てるなど料理人にあるマジキ行為デスから」
「い、いいんすか……あざっす」


程なくして未だ不機嫌な顔のナマエが皿を運んできた。
『ドウゾ……特製アフォガート、ジェラートの甘味がエスプレッソのコクを逃がさず包み込んでくれマス』
ことりと可愛らしい音を立てて透明なグラスが二つ置かれる。白いバニラアイスが上から注がれた熱いエスプレッソに溺れるようにして溶かされ、下品でない程度に甘く香るバニラを乗せられた新鮮なミントが引き立てている。
「おお〜〜こりゃ女の子に人気が出そうなメニューッスね。試作品ッスか?」
『マア、そんなところで……デハ、ごゆっくり』
歯切れが悪そうに言葉を濁した彼を仗助は疑問に思ったが、横から聞こえた友人の「いっただっきマーーーースッ!」などと力の抜ける掛け声に気をとられてどうでもよくなった。


具体的に言えばスプーンで二口を食べ終えた時、仗助は目の前でスプーンをくわえながら唸る億泰に気づいた。
「なんだよ、億泰……行儀わりーぜ、せっかく貰ったモンなのに食わねえのかよ」
あまり食べ進められないようなら貰って仕舞おうか、と心のウチで画策する友人をよそに、億泰はまだ唸り続ける。腹でも痛いのかと思ったがどうもそういうことではなさそうだ。
「なんだよ、じゃあ好みの味じゃあなかったとか言うんじゃねーだろおーなあーっ、おめー前に辛いパスタも啜ってたろーが」
「そ、そうなんだよなあーっ、トニオさんの料理が食えないはずがねえんだよな……でもよ、このアイス微妙〜〜にいつものと違う気がしてよおー」
自分でも具体的にどのような差異があるのかよく分かっていないようで、首を捻り強面に似合わない難しい顔をする億泰。

「言うならパズルで似たようなピースを嵌め込んでみたら実は別のところのだったっつーか、テストで答えを書いてみたは良いものの本当は間違いなんじゃねーかってギリギリまで焦っちまうあの感じ?」
その例えなら何となく仗助にもわかる気がする、が味の違いについては全く気づけない。甘いもの好きの彼だからこそ見抜いたのか、もしくはトニオの料理にご執心だからこそなのか。


レジの会計でナマエから香るコーヒーの匂いで合点がいった仗助は、それでも気づかず頭を悩ます億泰を見て呆れたような気持ちになるのだった。



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アフォガードという名前はあンマァーイアイスが
苦めのコーヒーに“溺れた(affogato)”ように見えることから
付けられたらしいとかなんとかウィキペディアに書いてあったので。
これ以上解説すると恥ずかしいことになるのでやめます





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