のりあき君、いい加減にしなさい


※花京院の姉設定、捏造たくさん


ジュウ、ジュウと脂の滴り落ちる音がする。所々焦げの付いた鉄の金網を真上から覗けば、ガスによって赤々燃え上がる炎によって白い脂身からゆっくりと半透明の高カロリーな液体がじわり。まだ生々しいピンク色をしたロースの表面からも、ぷつりと透き通った油が熱に煽られて浮き出た。
ひっくり返す。
金網に敷いてからまだ幾ばくも経っていないというのに、その表面には良い色の規則的な焼き跡がついている。店に備え付けられていた黒い箸の表面はてらてらと艶めき、気が抜けたような水蒸気と湯気の沸き立つ音と、それに乗ってわたしの鼻腔にとんでもなく腹の虫の鳴く匂いが届けられた。

ああ、この旨そうな一切れの牛肉はわたしの口に入ったらどんな風味をもたらしてくれるのだろう。最初は塩が良いだろうか、豪快にタレに浸してガブリ!なんてのも一つの嗜みだ。いや、肉そのものと脂を落とさないようにパクつくのは?お店のメニューにもあった通り、この肉は程よく美しい霜降り肉なんだそうで。きっと味も「姉さん、食べないなら貰いますよ」

『は?』

両面が程好く焼かれるタイミングを今か今かと待っていた私は、ひょいと取り上げられたその肉が我が一族特有のでかい口の中に放り込まれるのをただ見ていることしか出来なかった。
『な、な、』
育てていた肉を突然かっ拐われたショック。あまりのことにぱくぱくと開閉するしかない口から出てきた言葉は意味を為さず、弟の咀嚼するそれがゴクリと音を立てて食道にインするまで硬直が解けなかった。
「この部位は基本薄切りなんだからサッと焼かないと駄目なんですよ……ふむ、少し焦げが残っているのが難点ですが流石高級牛。脂がべたつかないな」
『典明いィィーーーッ!貴様ッ!それは私の肉なのよ!!』
感情に任せ机に拳を叩きつけると、ドンッ!と盛大に木製のテーブルが震え皿が耳障りな音を立てる。典明は我関せずといった風に(元はと言えばこいつのせいなんだけど!?)追加で頼んだシャリ飯を大盛り一口。作法が妙に綺麗なのがなんともムカつく。


「姉さんが悪い。こういう席では早めに取らないと食事が無くなってしまうんですよ」
『この卑劣漢!鬼!チョロ毛!』
「貴女の前髪も相当変ですよ」
次の肉を頬張りながら意地悪く目を弓なりにする高校生の弟は、約50日間の行方知れずの旅で随分揉まれてきたようだ。架空の友人の存在を主張してきた幼少期や友人を作らなかった旅の前までのコイツとは違う、人間らしい笑顔を見せるようになった。
少し前までは姉弟で焼き肉なんて考えられなかったのに、父母に内緒でどうだとどきどきしながら誘ってみれば食いついてきたのだ。

先程の肉の取り合いも、まるであの拉致同然のような──両親から見ればいきなりいなくなった息子が腹に穴を開けて帰ってきたら色々な可能性を疑うだろう──旅行で生まれ変わったかと思えるほどありえないやり取りなのだ。良い傾向には代わり無いから、ため息をひとつ溢すだけでロース一切れ分は許してやる。
『……法皇の緑(ハイエロファントグリーン)は元気?』
その一言でぽろり、と典明の箸が落ちる。からん、とあっけない音がした。

「……見えるのか」
『いいや見えない。けれど、“いる”って思わなくちゃあ辻褄が合わない』
「現実主義者め」
あからさまに肩を落として座敷に落ちた箸を拾う典明に、次いで独り言のように話しかける。
『11月末のカイロ行き飛行機事故、香港の乱闘騒ぎに不審火の報告。シンガポール行きの沈没に南シナ海付近の豪華客船の幽霊、ホテルの惨殺死体にドッペルゲンガー、インドで三人の男性が死亡』
特に最後のインドでの事件にぴくり、と体が揺れる。まだ高校生なのだ。まだ少年なのだ。埃がついたのか代わりの箸を一本、備え付けの箸置きから抜き出す。
『まだまだ他にもあるけれど、1月上旬にエジプトで都市規模の不可解な現象が起こったのを最後にぱったりと目に留まる変な事件は止んだ。まるで、“目的を達成したかのように”』
「何が言いたい!」
今度はあちらが怒号を飛ばす番になった。ここは角の部屋だから、周りに聞こえづらくて良かったと今更ながらほっとした。
未だ修羅のような顔で実の姉を睨む弟に姿勢を正す。まるで大事な宝物を奪い取られそうな人みたいな、野生の獣とまでは血縁者には言いづらいが物々しい雰囲気。多分ハイエロファントグリーンも彼の背後かどこかに控えているのだろう。

意を決して言葉を紡ぐ。
『SPW財団って知ってる、かな。姉さん、そこに就職するの』
典明が目を見開いた。私と同じ色の瞳が驚愕に揺れる。

『いい加減にしなさい、のりあき。
 私の弟なのよ、意地張らないできちんと話してほしい』
「……こっちの台詞だよ、全く」






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