昔の友より、虹の貴女へ


  幼い頃の「朧げな」記憶が、現在まで俺を苦しめている。

 黒くてフカフカでヤンキーが好きそうな……あの丸くてカワイイ……
 なんだったっけ?思い出さなくちゃあならないんだ、そういう約束なんだ。お母さんが脳の病気になったとかでスゴく後悔していた、そのフワフワちゃんと、俺は確かに約束をしていたんだ。



 雲が細く棚引いている。良い青空だ。
『空が綺麗に見える……この街の人々が生活を大事にしている証だ』
 M県S市紅葉区、杜王町。先日の震災による影響で、人類史上稀に見る大きな爪痕をその「場所」に残したここは、言わば「陸の孤島」だ。
 別に人間が暮らせない土地になってもいないし、ガスや電気などのライフラインは復興事業によって整備し直され、不完全だが日常は取り戻されつつある。けれどこの町はある理由によってポッカリと……切り離されてしまっている。
 

 俺は小さい頃、この杜王町に住んでいた。ノスタルジーって言うんだろうか?記憶はもうボンヤリとしかないけれど、たまには昔を懐かしむのも良いだろうと思って戻ってきた。


 もうひとつ、ここに来なければならなかった理由。
 人を探している。
 多分女の子だ。髪の毛が長くてワンピースだった気がするし。

 そういや、ここの土地に昔から住んでる家系が代々長男だけ女の格好をするって風習を持っていると母から聞いたことがあるぞ。恋した相手を探している訳じゃあないが、もし男だったら微妙だな。

「スミマセン」
『ああ、はい』
 後ろから声をかけられる。道のど真ん中で空ばかり眺めていたからだろう。冷ややかな女性の声だ。

『……!』
 黒くてフワフワでヤンキーが好きそうな、丸くてカワイイ帽子。髪の毛は長い。黒いワンピースにエプロンをかけて、星柄のタイツにリボンのワンポイントの靴。手にぶら下げているのはレジ袋だ。食料品が入っている。
『あ……』
 ……こんなに美しい人を男が放っとく理由がない。既婚者なのかな。

「なにか」
 短く尋ねられたことに漸く気づいた。
 彼女の瞳に困惑の色は無く、ただ氷のように冷徹な何かの意志があった。そして俺を見ているわけじゃあない、俺が退いたらこの人が通るだろう道を機械的に眺めている。

 彼女のある種異様な雰囲気に、しかし怯んではならない。国土地理院発行の杜王町の地図を鞄から出して広げて見せ、
『この辺りに吉良という名字の家を知らないだろうか』
 彼女は数度目を瞬かせた(それでもなお無表情に)。
「その家はもうありませんよ」
『それなら貴女は、そこの住人が何処に行ったか知っているかい?』
 彼女が顔を上げた。フワフワの学生帽の存在でチラリとしか伺えなかった片目が、線対象に同じ温度の瞳を携えて俺を視界に入れたのだ。観察をされている。

「……もしかして、約束をしましたか」
『ああ』
「どんな約束でしたか」
『覚えていない。けど、それを確かめるために人探しをしている』
 俺は奇妙な確信があった。彼女が導いてくれる。

 約束は土地の次に重要だ……これは俺の持論。土地が唯一無二のものなら、約束は「人を唯一無二のものにする」だからだ。変えられないのが同じ。
 幼い頃の記憶が人を形づくる。俺にとって不鮮明なそれは人格を否定されているも同じことで、約束はつまり守らねばならないことだった。「俺は約束すらも守れない男なのか?」
 ある日突然思い出された記憶は、既に自分を自分と分からなくさせる不安と化していた。


 黙って道端に突っ立っている男女を奇異の目で見る民衆はいない。スーパーは今も開店しているし、バスも走っていて、まるきり人の住む土地であるこの杜王町を、先導するように彼女は歩き始めた。
「ついてきて……」

 
『東方。 げっ』
 あの女装家族ントコじゃあねーかっ! 海との間に隆起した断層が挟まっている。誰が呼んだか“壁の目”、テレビに出ていた地質学だかの研究者が最初だっけ? けどアイツは当てにならない。俺のようにここへ確かめに来たことは絶対にないだろうから。

「吉良という名字の家は、既に地図から消えた」
 フリルのついたワンピースが回転する。
『もしかして、君がそうなのか』
「ええ」
 クン、クン、と鼻を鳴らしている。臭いを嗅いでいるのか? ……東方家の門の上に監視カメラがある。ちょうど俺たちは映る一歩手前にいた。

『俺と君は、どんな約束をしたんだ? ああーっと』
「虹村」
 虹村……東方ではない。彼女は家政婦か、それに等しい地位を与えられている。そういう「約束」をきっとしている。 唯一無二の虹村さん。彼女のもとの名字を明かさない限り、この東方家では未来永劫「虹村さん」。


「わたしに協力して欲しい。味方がいない」
『約束を教えて貰えるんだ、虹村さん。あんたを守るよ』
 俺が何者か分かるってんなら、彼女の命令で一日中くたびれる労働をしても構わない。そんなニュアンスを込めた言葉が心の何処に触れたのかわからないが、急に「虹村さん」は声を殺して笑い始めた。

「なぁーんだ、覚えてるんじゃあない」
『? ? どういうことだ? オイ』
 クールな彼女は笑うと可愛らしかった。涙が目尻に溜まっている。その雫を指でチョイチョイと取って、まだ震える肩で彼女は言った。

「わたしと母を守ってくれるって、あなたが言ったんだから」




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 「男主人公で虹村さん」というリクエストでしたが、友人関係でも恋人でもいいということでしたので、どちらにも発展しそうな状況にしました。
 原作の虹村さんがメインの所は彼女のスタンド能力判明とレモンとみかんぐらいで、ホリィの娘で吉良の妹なのにあとチョイ役ぐらいしかないのがなんとも……もっとミステリアス家政婦さんの活躍が見たい!ホリィさんを救うために動いてるからもうちょい見れると良いな……
 あと多分定助はまだこの町にいません。




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