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在りし日の記憶


「……てなカンジでよぉ〜っ、ちと事故りはしたがこうしてピンピンしてるってことなのよ」
 一人の学生服を着た青年がぶらり、と、脱力した右手をもう一人の男の前に掲げた。骨も関節も問題なく動く様子を見てほっとした様子を見せたもう一人は、途端にその顔を歪ませてこう言った。

「それは良いんスけど先輩、未成年で飲酒って」
「そこは放っておけよ!テメーも不良だろッ」
 一人の男は“名前”。もう一人の男の名は“噴上裕也”。二人は先輩と後輩、もっと言えば兄貴分と舎弟の関係にあり、噴上の方が立場的には上位だ。
「それにしても全身骨折で背骨までイッちまってたってんで心配しました」
「ああ、おれが寝こけてた時に一度見舞いに来てくれたんだってな?スケ達から聞いてるぜ」
「そりゃ貴方の舎弟やらせてもらってますから」
 名前はさも当たり前だろうといわんばかりに肩をすくめる。先輩後輩の立場でなくても、それなりに関わりのある人物の見舞いに行かない理由はないだろう。だが噴上が優しく背を叩いてやると、気恥ずかしいような居心地の悪いようなそんな表情をうっすらと滲ませた。

「でも……回復のスピード尋常じゃあないっスね?起きている間にもう一度見舞いに行こうとしたら、もう退院しているんですから」
 瞬間、噴上の肩が揺れる。ただそれは一瞬のことであり、冷や汗もかいたが今の季節が夏で、しかもこの茹だるような暑さのなかでは名前は気づかない。
「ま、まあそりゃアケミ達や……オメーのような生意気な弟分によわっちい姿見せるのはカッコ悪いことだからな〜〜〜〜ッいつまでもベッドの上でおりこうさんしてる訳にゃあいかねーだろーっ」
「そーですかーっ!ヤッパリ先輩は心意気がかっこいいなあ〜〜〜ッ!」
「おいおい、おれに関して言うなら容姿についてもキチンと触れてくれよ」
 何も知らない後輩が無事流されてくれたことに、噴上は心の底で安堵した。

 この夏、噴上裕也は一言では言い表せないような……もし短く表現するとしたら“とても信じられないような”体験をした。それは自分だけの秘密ではない。自分と同じような体験をした者はこの杜王町に限ってもあと数人はいる。そしてそれらは目の前の生意気ではあるが純粋な一般人に語れるような内容ではない。


「…………輩……先輩?聞いてますか?」
「ああ、……あ?何がだ」
「やっぱり聞いてなかったんですね」
 もう一度言いますけど、とその場に座り直した名前は続ける。
「東方仗助でしたっけ、満身創痍の先輩を病院で殴り付けたっていうヒジョーシキな奴!オレ、それ聞いて居てもたってもいられなくて!」
 ああそうか、コイツにはそう見えるのか。そりゃそうだ、重傷を一発で治してから殴られたなんて言っても信じないだろう。噴上はひとまず憤る後輩をなだめることにした。
「まあそう怒るなよ、あの時はおれも殆ど治ってたようなモンだしよ……それに」
後輩が噴上を見上げる。
「あのヤロー……東方仗助。見かけはコッテコテの不良だが、内に一つアツいモン持ってんだ」
 名前が自分を食い入るように見ているのが分かる。多分自分が害されたヤツを持ち上げてるってのが不思議でならないのだろう。

「なんでそんなこと言うんスか」
「一度だけ条件付きでアイツに協力したことがあってな」
 噴上は胸元のリボンを手で弄びながら、かの協力者の姿を思い浮かべる。
 友人の為に自ら危険に飛び込んだあの男。
 恐怖のサインを示しながらも最後まで敵を翻弄したその勇姿を、自分は気取り屋だと表現はしたものの、それでもこの自分が正面から戦おうと思うほどに、東方の行動は自らの美学に則していた。噴上は東方を一人の男として認めているのだ。
「アイツは喧嘩ッ早いがい〜い根性してたぜ、人質とられてもどんだけ恐ろしい奴にも立ち向かっていくんだからな……勿論このおれが最初の取引以上に手助けしてやった結果なんだがよ」
「へえ、先輩がそこまで言う男ってのはかなりのヤツなんスねーっ、どうも先輩が居たからこそみたいですけど……」
「まあな!裕ちゃん大活躍だったぜ」
「へえー」
 相手を讃えるのと同時に自分を誉めるのも忘れない。なぜなら彼はミケランジェロの彫刻のように美しいナルシストだからである。

「でもそうかあー、なら東方仗助にケンカ売るのはマズかったっすね」
「……は?」
しかし余裕たっぷりのダビデ像はたったの一言で崩れ去る。
「いやー早とちりして先輩の仇!っつって子分共に決闘状送っちゃったんですよ!スミマセン先輩!」
「な、な、なんにィ〜〜〜〜ッ!?」

どうやら噴上の受難は、まだまだ続きそうである。







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