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隣の由花子さん


 アタシの隣の席には、髪のきれいな女の子が座っている。


 名前は由花子。アタシの名前じゃあなくて、隣の席の子が山岸由花子ちゃんって名前だ。いつもむっつり黙って座って何て言うか、ちょっと取っつきにくいタイプの子。
 うちのクラスは席順が男女で分かれてるってことがなくてくじ引きで決まるんだけど、たまたまアタシと由花子ちゃんの周りは男子ばっかで、しかも話せる子は遠い席になっちゃったし、だから隣の子とせめて世間話ぐらいはできるように……と思うのは自然なことだと思う。実際にできるようにはなったと思う。
「おはよう由花子ちゃん」
 今日も朝のあいさつをする。
「おはよう名前さん」
 目を見て返事をしてくれるときは機嫌の良い時。最近カレシが出来たって聞いたから、女子高生としては毎日がハッピーな薔薇色の時期だと思う。アタシも早く好い人を見つけたい。
 
 ……聞いても大丈夫かな。カレシのこととか。別にその男子生徒がどうこうした訳ではないけど、こんなに美人な由花子ちゃんをどうやってオトしたのか気になる。
「ねえ、由花子ちゃん」
「何?あたし康一くんの……恋人の明日のお弁当を何にするか決めてる最中だから話しかけないでもらえるかしら」
「今から!? まだ朝の予鈴も鳴ってないんだよ!?」
「康一くんの成長のためですもの」
 どこか誇らしげに胸を張る由花子ちゃんの手には料理雑誌。マジで言ってるのこの人? 文字通り朝から晩まで康一? さんのこと考えてるの?

 いや、付き合いたてのカップルって案外そういうのかもしれない。先入観で物事を語ってはいけない、これ鉄則。世の中には50時間以上キスし続けた夫婦だっていることだし、これくらいは可愛いものだよね。

「その康一さんって人と毎日お弁当食べてるの? ラブラブなのね」
「お弁当だけじゃないわ。勉強だって見てあげるし、放課後のデートだってしてるんですからね」
 おお、なんだかいつもより険しい顔だけど言ってることは普通の女の子だぞ! 恋は人を変えるって言うけれど、あの無表情で何事にもクールな人がここまで………! そこまで由花子ちゃんと親しい間柄かはわからないけど、知人の良い変化にアタシは心の中で一人感涙していた。



「………ねえ、アンタまさか」
「? なあに「あたしの康一くんに手を出そうってワケじゃあないでしょうね………」!? イヤイヤイヤイヤないないないない」
 全力で首を横に振ると険しい顔がいっそう険しくなる。もしかしなくてもアタシのこと疑ってるよねコレ!? 仲良いねって誉めたはずなんだけどな。
「康一くんに魅力が無いですって!?」
「そっちの心配してたの!? 違うよ!? 由花子ちゃんが選んだ人なんだし魅力ムンムンなんでしょ? ……いやこの言い方なんか違うな「やっぱり狙ってたのねーーーッ!」誰が彼女持ちなんて狙うか! 略奪愛とかごめんだよ!」
 こんなに気性の激しい人だったっけこの人!? 今までのイメージと百八十度違いすぎてワケがわからないよ!

「と、とにかく落ち着いて……ほらそっちの隣の山田くんめちゃめちゃ怯えてるから……っていうかここ教室じゃあないの」
 まだ生徒の揃っていない教室でも周りの視線が痛い。今の大声が他のクラスにも響いていないだろうか。これ以上ギャラリーが増えると精神的に色々キツいし、大事にならないうちに由花子ちゃんを宥めないと。
「疑わせちゃってゴメンね……アタシ、カレシできたこと一度もないから恋愛自体に憧れ持ってるっていうか、由花子ちゃんがそんなに必死になるって恋の力って凄いのね」
 なんとか意識を別のベクトルに向かわせないと。アタシは望んでもいない男の取り合いじゃあなくて普通の恋愛話がしたいだけなんだから。恋に恋する時期はちょっと過ぎたかもしれないけど。

 由花子ちゃんも二人の話が食い違っているのに気づいたのか、申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝った。なるほど、今まで地雷踏んだことなかったから分からなかったけど結構一途な子なんだな。カレシも幸せだろうな、ここまで想われてるなんて………むしろカレシの方が羨ましいな。
「いいのよ別に、それより康一って人にお弁当つくってあげるんじゃあなかったかしら。もうすぐ先生入ってくるわよ」
「あら本当。それじゃ、アタシはこれで」
 あっさり雑誌に目を戻した由花子ちゃんに胸を撫で下ろす。アタシも予習ぐらいはしておくかな。

と。

「……何コレ、髪の毛?」
 筆箱の中に手を突っ込んで消しゴムを出すと、一本の髪の毛がそれに巻き付いて蝶々結びのようになっているのに気がついた。なんかご祝儀のアレみたいな。
「……あなたにも素敵な人が出来ると良いわね」
 ぼそりと呟いた隣の女の子は、それだけ言うとさっさとページめくりに勤しんでしまった。


 アタシの隣の席には、ちょっと恋にうるさい素敵な子が座っている。










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