10000hit記念小説 | ナノ


バンド組もうか?


 朝。
 締め切っていないカーテンから薄く延びた太陽光線は、僕の“相棒”のボディに反射してよりいっそう輝きを放っている。まだ登校する奴らも少なく、比較的静かなこの時間は嫌いじゃあない。

 目の前の古ぼけた椅子にチューニング用の機械を置いて弦を弾く。一本一本丁寧に、それこそ馬の世話をする時ぐらい注意深く調律すれば、必ずギターは応えてくれる。
「……よし」
 全ての弦から完璧な音の振動が確認できたのを皮切りにピックを持ち直した。次のフェスでやる曲の譜面はもう頭に入っている。残りのメンバーが来る前に一度通して弾いてみようか──────と、最初の一音のその瞬間。 

   ガチャン!
     バタン! ドタドタドタッ!
「HEYマイブラザー聞いておくれよおーーーッ!」
「………」
 べよん、なんてミスったマヌケな音が埃っぽい音楽室に響いた。いや、その音すらこいつのでかい声に掻き消されて離散してるかもしれないな。
「ジョニィジョニィジョニィッ! ジャイロがイジめてくるんだよ」
 朝から騒音を撒き散らすコイツはナマエ、学年は僕と同じで九年生(中学三年生)、秋の入学式からずっと僕に纏わり付いてくる変な女。ジャイロってのは僕の友人でコイツも中々癖のある奴なんだが……まあ後から出てくるし説明は省く。

「テメーがちっとも練習しねーからだろォ? 自分でロクにやりたくないっつーんなら俺が見てやるっつってんのによォーッ」
「やあジャイロ。朝からご苦労様」
「ようジョニィ、この騒がしいロバ女を繋いどいてくれてサンキューよ」
「誰がロバだ!」
 そら来た。いつもは余裕綽々な表情を浮かべるジャイロは珍しく弱ってるみたいだ。しかしそれも当然のこと、彼女は一度も僕らの前で演奏したことが無い。やる気がないのかと呆れれば別にそういうことではなく、ただ僕らの前で彼女が担当するドラム──音楽室の片隅でアワレにも埃を被っているのがそれだ──を鳴らすのだけは勘弁して欲しいと懇願してきて今に至る。
「だーかーらいっつもあのドラムだけはやめてちょーだいって言ってるでしょォー?
アンタの耳ん中にガムでも入れてるの? 粘ついて聞こえにくくない?」
「オレの耳よりオマエの腕前を気にした方がいいんじゃあないのか?」
「ジャイロだって新ギャグばっかでベースロクに弾かないじゃない」
「あ? オレは大丈夫だぜ、キチンと毎日弦に触れてるから……大丈夫だ……多分」
「多分!?」

 ……。これ以上話に付き合っていても練習時間が短くなるだけだな。元々バンドを組んだのだって僕とジャイロにナマエが飛び入りだったわけだし、探せば他にドラムのうまいヤツだって見つかるさ。あと一ヶ月しかないフェスまでの期間でリズムがとれる程度の腕前を持つヤツだ……。
 今のところはジャイロと呼吸を合わせるのが課題だ。
「ジャイロ、これ以上は時間の無駄だ「分かったわよッ! そんなにしつこくあれを叩けっておっしゃるならやってあげるッ!」 え」
 
 今彼女は何を? 叩く? 「ドラムを叩いてやる」と言ったのか?
 彼女は荒々しく足を踏み鳴らしてドラムセットの奥の椅子にのし掛かり(女の子にこれ言っちゃ駄目だけど座るときにちょっと部屋が揺れた)ポーチからスティックを取り出した。
「ジャイロ、なんで自分の楽器構えてないのよ!? ジョニィもピックちゃんと持ってッ! 早く!」
 僕は流れについていけなくてジャイロと顔を見合わせた。
「聞こえないの? 準備は良いですかアァー?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ」
「やる気になったのは良いことだがちと性急すぎやしねーか……」


「弦の調整はパーペキ?体の調子もパーフェクト?いいねェ〜じゃあいくよ!」

「「「1、2、1 2 3 4ッ!」」」



「………嘘だろ……」
 結果を言えばまるで奇跡だ。彼女は譜も無しに全ての曲のリズムを叩ききったんだ、それも正確に! 嘘だって思うかい? 僕だって同じ気持ちだ!
「ちょっとナマエッ! なんで今まで教えてくれなかったんだよ! 僕らのいないところでどれだけ練習してたんだ?」
 僕らの剣幕に戦いた彼女は、申し訳なさをありありと顔に出してスティックをいじくり回した。
「別にジョニィ達を驚かそうと思ってやったことじゃあないの……音楽室のこのドラムってもう十年以上ここにあって手入れもろくにされてないから……だから家のガレージでずっと一人で叩いてたの」
 僕たちはもう一度顔を見合わせた。そしてにやりと笑ってナマエに向き直る。

「なに、そんなことなら解決が難しくなくて良い。とーっても簡単な方法があるぜ、耳を貸してくれ」
「今回だけ無料で貸し出すわ」
 彼女は軽口と共に目を閉じて、首をこちらに傾けた。
 きっと次の練習の日付からはいつでも、彼女の家のガレージから素晴らしい音楽が聞こえることだろう。





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 アメリカンスクール設定をもう少し生かせば良かったですかね……ライバルバンドにディエゴやホット・パンツがいたら面白くなりそうです。







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