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▼ その子は確かに愛されていた

幼馴染パロ




お待たせ、っていつもみたいに私の大好きなあの口が四角くなる満面の笑みを浮かべて彼が現れるのをまだかまだかと待っていたのに。
昇降口の壁に寄りかかりながら、帰って行く友達と挨拶を交わして何人見送ったかも分からない。
待ちくたびれて催促するメッセージを何回送っても返事は一切返してこなかったくせに、校庭から聞こえてくる部活に励む生徒達の声を聞きながらボーッとしていたら、ごめん今日彼女と一緒に帰る、なんて届いた一通のメッセージ。なんたるこの仕打ち。
込み上げてくる苛立ちをそのままに、足元に転がっていた石ころをローファーのつま先で小突いた。
だったらこんなに待たせる前に連絡のひとつでも寄越してくればよかったじゃない。とはいえ、彼を待つこの時間も好きではあるけれど。そもそも私は彼女が出来たなんて聞いてない。またなんだかんだと騒ぎ出すのが面倒臭くて私には黙っていようと思ったんだろうか。彼に彼女が出来るたびに「別れてよ」とか色々言ってきたからかもしれない。そういえば私が高校生になってからは初の彼女だ。
西に傾いた橙色の太陽の光が射し、ぽつんと私一人の影を作っていた。
このまま待ち続けても意味がないから、沈んでいく気持ちと比例して重くなった足を動かして校門へと向かう最中、些細な反抗をしてやりたくて、「バカ」とだけ文字を打ち、送りつけて画面を閉じた。






「ねぇそんな怒んないでよ」

きっと眉を下げてしょんぼりとした表情を浮かべてるんだろうなと想像出来るような声色で彼は声をかけてきた。だけどそんな表情だってとびっきりかっこいいし、もっと好きになってしまうから私は絶対に顔を向けてなんかあげない。彼が私の部屋に入ってきた時に逃げるように勢いよくベッドにダイブして、それからずっと私は布団の中に引きこもったまま。時々、「名前」って名前を呼んできたり、指先で「おーい」って突いてきたり、さっきみたいに怒んないでって言ってきたり。怒ってるだけじゃないの。そりゃ待たされた挙句に他の女と仲良く帰って行く場面を思い浮かべてムカムカもしたけど、鼻の奥がつんとして今にも泣いちゃいそうなんだよ。



彼はお隣のお家に住んでいるひとつ上の幼馴染だ。小さい頃からすごく可愛がってくれて、本当の兄妹のように仲良く育った。何をするにもいつも一緒で、優しくてかっこよくて面白い彼が私はずっとずっと大好きで、先を歩く背中を見つめていると、振り返って手を差し伸べてくれるのが幼い頃はとても嬉しかった。
仲が良いのは成長して高校生になった今も変わらず、そして彼のことが好きな私の気持ちにも変化はなく。むしろ離れてしまうのがどうしても嫌で、同じ高校に入学したくらいには思いはどんどん大きくなっている。

昔からすごくかっこよかったのに、中学、高校と歳を重ねるごとに彼はもっともっとその容姿に磨きがかかって、今やただ歩いているだけで女の子がみんなきらきらした目で見つめているから頭を抱えたくなる。
顔だけが良くて性格が最悪だったならここまで困ることはないのに、明るいあの性格は人を惹きつけてしまう。私だけに優しかったならいいのになんて勝手なことを思ってしまうけど、自分の好意を与えられるだけ人に与えるような博愛に満ちた人だからそんな我儘を押し付けることも出来ない。
彼のことを恋愛の意味で好きなんだと気付いた時から何度もその気持ちは伝えてきたけれど、幼馴染から恋人に昇格出来るような返事は一切貰えず、「俺も大好き!」なんて友達とか犬とか猫とか好ましいもの全部に伝えるそれと同等の言葉を返されてばかり。私の場合は家族愛のカテゴリに含まれるんだろうか。

せっかく同じ学校で高校生活を送れるのだから、少しでも長い時間共に過ごしたいのと、隣に並んで周囲に牽制する意味も込めて下校の時はいつも一緒に帰る約束を入学より前にとりつけて、先に帰り仕度が済んだ方が昇降口で待っているのが日常になった。登校も一緒にしたかったけど、そこまですると私の友達作りに不安をもったのか断られてしまった。
しかし、そんな日常も彼女が出来てしまっては脆くも崩れ去っていく。きっと今日に限らずこれからも一緒に帰れない日が増えていくかもしれないし、あのかっこいい顔で優しく笑いかけたり、手を繋いだりもっとたくさん恋人達がすることを何処の誰かも知らない女の子としている彼を想像するだけで心臓が潰れてしまいそうだ。





「そんなとこにずっといたら苦しいでしょ、そろそろ顔見せてよ」

いっこうに布団から出ようとしない私に痺れを切らしたのか、ぐいっと布団を引っ張ってきたから引っ張り返して抵抗すると今度はのしかかって来た。

「おもいー!」

「出てきてくれるならどいてあげるよ」

「分かったから!苦しい!」

私を気遣って手加減してくれてたから、本当のところ重たくなんてなかった。ただ、布団越しに感じる体温と大好きな彼の匂いがすぐ近くから感じてどぎまぎしてしまっただけ。

「もぉー、髪の毛ぐちゃぐちゃだよ」

おずおずと布団から顔を出した私を見て、笑いながら乱れまくった髪の毛を手櫛で整えてくれる。自分のことを好きだと言っている女に対してこんなに自然に触れてくるんだから残酷だ。「はい、可愛くなった!」と、またにっと笑いかけて隣に座ってくる彼は距離感が昔からちっとも変わらないからすごく近くて、私だけがこんなに一方的にどきどきしてて本当に悔しい。

「…彼女よりも?」

「ん?」

「彼女よりも私の方がかわいい?」

嫉妬しているのを隠しもせず、顔も見たことない彼女に対抗心を燃やしてちょっと上にある彼の顔をジッと見つめる。ねぇ本当にどうしてそんなにかっこいいの。何回だって恋に落ちちゃうよ。

「うん、名前の方がかわいいよ。名前は世界一かわいいもん」

「ほんと?」

「ほんと!名前よりかわいい子は一生現れないよ」

彼の言葉がじわじわと身体に染み込んでいって、さっきまでの絶望感がしぼんでいくのが分かる。世界一はさすがに言い過ぎだと思うけど、大好きな人に言ってもらえるならどれだけ規模がデカくてもなんだっていい。

「じゃあ別れる?」

「彼女と?」

「うん」

「うーん、それはちょっと」

「なんで!」

私のこと世界一かわいいとか言ったくせに。なんてひどい男なんだ。瞳がどんどん熱くなって、水分が集まってくる。

「彼女のことそんなに好きなの?」

「まぁ、一応?付き合ってるからね」

「一応ってなに!?私だってテテくんのことずっと好きなのに! 」

「俺も名前のこと大好きだよ」

じゃあどうして彼女にしてくれないの。みんなと同じ好きじゃなくてもっと特別な好きが欲しいのに。彼女に対する好きと、私に対する好きは何が違うの。
ずっとそばに居たって私より後に出会った子に奪われてばかりなら、長い付き合いなんてなんの自慢にもならないじゃない。そもそも妹みたいな立ち位置なら他の女の子とは同じ土俵にも立ててないのかもしれない。恋愛対象かそうじゃないか。対象外なんだとしたらもうどれだけ努力したって無駄なのかも。いくら大好きって言ってもらえたってカケラも恋愛要素が含まれていないなら、もう素直になんて喜べないよ。
ついに我慢出来なくなってぽろぽろと溢れてくる涙をごしごしと乱暴に拭き取った腕で、彼の胸元を乱暴に叩いた。

「もういい!私も彼氏作ってやるから!」

そんな気はこれっぽっちもないくせに意地を張って言った。どうせ私はこれからもずっと彼のことが好きで、だけど彼女にはしてもらえなくて、「いつか」を期待しては現実に肩を落とすんだろう。お先真っ暗じゃないか。
見据えた未来に悲観していると、突然手首をぎゅっと強い力で握られて目を見開いた。彼は眉間にしわを寄せて未だかつて見たことのないほど怖い顔をしていて、喉が締め付けられる感じを覚えた。

「彼氏なんて絶対駄目。俺以外を好きになるなんて許さないからね。分かった?」

彼の醸し出す物々しい雰囲気と、淡々とした口調に咄嗟に言葉が出てこなくて、こくこくと数回縦に首を動かし頷くことで返事を返した。「お利口さん」とすぐにいつもの彼に戻って笑顔で私の頭を撫でてくるけれど、私は未だに動揺が抜けきらずに理解が追いつかない。
目の前にいる彼は小さい頃からずっと知っているはずなのに、いつもの穏やかな人柄が鳴りを潜めて鋭利なナイフみたいにトゲを含んだ眼光を持つさっきの彼なんて知らない。



ねぇ、もう握られてないはずなのに手首が熱くて仕方ないよ。





title:さよならシャンソン









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