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▼ あなたとわたしはトモダチだから





さっきの来客の波はすごかったな、と名前は心の中で独りごちた。名前が学校帰りや休日にアルバイトをしているこの駅前のコンビニは、立地の良さもあり多数の客が訪れる。店内が混む時間は大抵決まっていて、例えばお昼の時間に昼食を買いにくる人たちや、下校や退勤時に立ち寄る人たち。常に一定量の客が来店するわけではないので、時間帯によって多少の違いはあるが、普段混むことのないこの時間帯に会計待ちの長蛇の列があれほど出来るとは思いもしていなかった。客を待たせてはいけないという気持ちから、焦りはしたものの、会計機器の操作や商品の受け渡しにミスが無くて良かったと安心し時計を確認した。
現在の時刻は午後8時30分。客数もまばらになった店の扉が開き、来客を合図する軽快な音楽が鳴ると最早自然と口から出てくるようになったいらっしゃいませを発した。


「お疲れ」


馴染み深い声と見慣れたパーカー姿。入店してきたジョングクがそのままの足でレジ前に立つ名前に歩み寄り労わりの言葉をかけると、名前は笑みを浮かべ「あともう少しだからちょっと待ってて」と慣れた調子で返す。


「なに飲む?」

「甘いのがいい」

「了解」


店奥にあるドリンクコーナーへと消えていったジョングクはペットボトルを持ち、再びレジへと戻ってきた。


「さすが、よく分かってるね」

「ミルクティー飲みたそうな顔してた」

「なにそれどんな顔よ」


軽い調子で言葉を交わしながら会計を済ませると、「外で待ってる」と言い残しジョングクは店の外へと向かって行った。
名前はジョングクの背中を見届けて、早く仕事が終わってくれないかと時間が足早に進むことを願った。







「あの、」

もうすぐ時計が9時を指そうとしていた時、会計を済ませた客がそう声をかけてきた。何か不備でもあったのかという疑問を浮かべ、その客と視線を合わせた。部活帰りだろうか。制服姿に大きめのエナメルバッグを肩にかけ、名前を見つめながら学生は徐々に頬を赤く染めていく。


「あの、良かったら連絡先教えて貰えませんか!」

「……え、?」

「いきなり、あの、すみません!ここの店よく寄るんですけど、前からかわいいなって思ってて、」


先ほどよりも朱が強くなった顔に焦りの表情を浮かべ、しかし学生は視線を逸らさずに名前の言葉を待っている。固く握られた拳は緊張をひしひしと表していた。


「あの、連絡先とかは教えられないです、ごめんなさい」


気持ちばかり少し頭を下げ断りの返事を返すと、学生は落胆から表情に影が差し、気落ちした面持ちではあるものの「謝らないでください!」と名前の謝罪に対して気遣いの言葉をかけた。きっと優しい人なんだろうなという印象を抱いたが、それよりも今しがたちょうど9時を知らせる店内放送が流れた事に意識が向き、早く帰りたいなと思った名前は我ながら性格が悪いな、なんて。
「突然声かけてすいませんでした、お仕事頑張ってください!」と言葉を残し帰って行く学生を目で追い、ふと視線を外すと店の外で自分のことを待っているジョングクの、夜に溶けてしまいそうな黒い瞳と視線がぶつかった。





従業員に挨拶をして店の外に出た。数時間ではあるが室内にいたこともあり、空が一面真っ黒に染まった夜の空気が新鮮に感じ、肺いっぱいに吸い込んだ。


「はい、お疲れ」

「ありがと」


先ほど購入してくれたミルクティーをジョングクの手から受け取り、さっそく飲もうとするが手に持った荷物がどうも邪魔でキャップが開けにくいなと思っていると、「貸して」とジョングクがボトルを奪う。名前は窺うように視線を向けるが、ジョングクは気にした素ぶりもなくキャップを開けて返した。小さくお礼を言い、ひとくち飲んで喉を潤すと「さっきのあれ、なに」と言葉を投げられた。



「連絡先聞かれた」

「なにそれナンパ?」

「さぁ、分かんない」



ふぅん、とぼそりと零しジョングクが歩き出したので名前も倣って歩みを進めた。まだ夜が深いわけでもなく、電車も走っているため周辺にはぽつぽつと人の姿が見られる。まん丸に形作った月を見て、今日は満月かとしみじみ思い「車に乗ってると月がついてくる感じするよね」と見上げたまま呟くと「たしかに」と笑い混じりの言葉が返された。




「連絡先教えた?」


しばらく歩いたところでジョングクがふと問いかけた。パーカーのポケットに両手を突っ込んだまま、視線は名前に向けられているわけではなく前を見ている。


「教えてないよ」

「あっそ」

「なんで?」

「いや、別に」

「なにそれ、嫉妬?」


にやにやしながらジョングクの顔を覗き込みふざけた様子で問いかける。こういった類の言葉遊びはいつものことだった。


「嫉妬っていうか、自分の娘とられる気分?」

「意味分かんない!」


ジョングクの返しが予想だにしなかったもので、名前は肩を震わせて笑ったが、胸が軋むような痛みは奥の方へと追いやった。


「お前こういうこと結構多いよな」

「こういうのって連絡先とか?」

「そう」

「いやいや、ジョングクさんには負けますって」

「なんでだよ」

「だってすごいモテるじゃん。この前私女の子に言われたもん。あなたジョングクくんのなんなのって」

「うわ、怖っ」


女の世界は大変なんだから。あの時の出来事は今思い出しても恐々とするものだった。髪の毛は手入れが行き届いているように艶々で、ほんのり甘い香りもする女の子がたった一人の男の為に眉を寄せ目を吊り上げて怒りを露わにし、そのかわいらしい顔を台無しにするのだ。


「なんなのって言われても友達だしね」

「私もそう答えたよ」

「納得してた?」

「嘘つきって言われた。付き合ってるんでしょって」

「じゃあ本当に付き合っちゃう?」


突然片手が温かい体温に包まれて、名前は手を繋がれていることに気付き心臓の音が少し早くなってしまったのを隠すように「絶対やだ」とおちゃらけて振り解いた。ほんの僅かな触れ合いでもご丁寧に高揚してしまうなんて、ジョングクだけにはバレてはいけない。
友達のフリしてずっと片思いしているだなんて。気持ちを知られたらこうやって隣を歩くことも出来なくなるんじゃないかという恐怖を背負ったまま。



「確かにお前と付き合うとか考えられないわ」

「私も」


そうやってひとつ、ふたつと嘘を積み重ねていけば本当の想いなんて潰れて無くなってくれるだろうか。
好きにならなきゃずっと側にいられるのに、なんてとっくに分かっていることだけど思わずにはいられなかった。恋愛として好きになってもらおうにも、友達としての地位を確立してしまったいま、信頼を失う方が怖くなってしまうのだ。嘘をつくことだけがどんどん上手になっていって、馬鹿げている、と心中で思い名前はため息を零した。
しんみりとしてしまった気分をかき消すように、あのお菓子の新しく出た味がすごく美味しいだとかあの先生の授業は退屈だとか、くだらない話題を面白おかしく話しながら、ジョングクも相槌を打ったり時折笑ったりして帰路を歩く。






「俺ら友達だもんな…」


大きなエンジン音を立てながら走るバイクが二人の近くを通り過ぎる時、とても小さな声で発せられたジョングクの言葉は騒音に交じって消えていき、名前に届くことはなかった。






title:青春





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