真実とは一体何か。この世にすべてを馬鹿正直に話すものなど無に等しい。自分をよく見せたいから、この人は敵に回したくないから嘘をつく。偽ることで人は人と繋がろうとするのだ。
つまり、嘘をつくという行為は人間がこの世界で生きていくために必要な行為とも言える。それを前提としたとき、真実と虚偽はきっと紙一重の存在なのだろうという自論にたどり着く。両者の存在によって支えられるような、いわゆる相互補完のような関係がこの2つの間にも成り立つだろう。


「……なんか、ずいぶん昔の話みたいだね」
「十分昔でしょ? 俺たちが中学生の頃なんてもう10年以上も前のことなんだから」


川越街道某所にある岸谷新羅のマンション。そこに、新羅の旧友である折原臨也が遊びに来ていた。臨也は決して新羅に呼ばれて訪れたわけではない。だが、ふらふらとやってきた知り合いを簡単に追い返すほど新羅も礼儀のない男ではなかった。なにより知り合いと言っても、この男とはもう少し深いところで繋がっているわけだから仕方ない。


「――で、なんで臨也はここに来たの? 見ての通り、僕はこの状況だからお茶もなにも出せないけど」


そう言われて臨也は新羅に目を移す。新羅は布団に寝たままギブスのついていない方の手を軽く動かしながら自分の状態を見せる。わずかに開いた襟元から首にも包帯が巻かれているのが見て取れた。見ることこそできないが、おそらく他にも体中至るところに包帯が巻かれているだろう。
何者かによって全治半年近くかかる大怪我を負うことになった新羅。その新羅の状態など一目見ればわかるが、それを気に留めることなく臨也はいつもと変わらない会話を繰り広げていたわけだ。普通なら怪訝に思われて当然なことだが新羅にその様子は見られない。そのせいもあってか臨也も立ち退くことをしなかった。


「ひっどいなあ。せっかく過去の思い出話に花を咲かせていたところなのに」
「別に花なんか咲かせてないだろ。だいたい、ほとんど君の方から話してるじゃないか、臨也」


確かに今日の会話を振り返ってみると臨也が提示した話題に新羅が相槌を打つという形で終わるか、そのまま単独で話を進めるかのどちらかしかなかった。そんな形のやりとりも二人の間では会話として成り立ってしまうのだから不思議なものだ。


「ま、いいじゃない細かいことは。運び屋に頼まれたんだよ。俺の仕事で家を空ける代わりに新羅の面倒を見ろって」
「そんなこと僕には一言も相談してくれなかったのに!」
「はいはい。痴話なら俺じゃなくシズちゃんかドタチンにでもしてよ」


心底不快そうな顔をしながら手で払いのけるような動作をする臨也。普段となんら変わりのない臨也の態度に新羅は小さく笑みを浮かべながら、ふと窓の外を見つめた。今日も変わらず空は青い。それが綺麗だと形容できるものなのか新羅には分からなかったが、それでいいと彼は思った。


「珍しいねぇ、新羅が人前でそんなにぼんやりするなんて。悩み事かい?」


自分を呼び戻す旧友の声に振り返る。目に映る臨也の表情も特に変わった様子はない。ただひとつ、いつもと違うのはこの部屋の空気感。それが新羅の怪我によるものか、この場に愛するセルティがいないからなのか、はたまたまったく別の原因なのか。それは分からない。


「うん。セルティが……」
「あー、聞いた俺が馬鹿だったよ」


その空気を振り払うように新羅はいつもの調子で話しかける。そうすることで自分の胸の内にある得体の知れない何かを抑えようとしたのかもしれない。今と変わらない生活をセルティと送ることができればそれだけで幸せだと。新羅の考えは以前から何も変わってはいない。


「……臨也。君もしかして少し変わった?」
「は? なんで?」
「いや、理由はないけどなんとなく会話内容がありふれてるっていうか……普通」
「闇医者相手に言われるのは心外だなあ」
「僕だって情報屋の君にそれを言われるのはごめんだよ」


それぞれの事情を含め、互いを否定するような言葉に臨也は軽蔑したような笑みを浮かべる。誰かの手によって嵌められたわけではない。双方とも自らこの道を選んだ。結果としてそれが良いこととは限らず、現時点ではどっちつかずのところが多い。趣味の探求、といった面では強いかもしれないが、正当性に欠ける部分は大きい。そのため、多くの人間を敵に回さなければならないという欠落した面もある。


「さて、その質問に対する答えのヒントだけど……利用されてる、とは思わないの?」
「怪我人を利用するほど、人には困ってないだろ? まして僕はこの状況なわけだし、君の要求する仕事を満足にこなせるわけがない」
「ご名答」


当たり前といえば当たり前のことかもしれない。社会の裏側で働く二人には、やり方は違ってもやはりどこか繋がるところがあるのだろう。さらには人間という存在を冷静に分析することができる新羅にとって気の知れた男の内を知ることはそう難しいことではない。だが人間そのものに興味がない新羅には折原臨也という男の心を読む行為自体、簡単なことでも、できたところで理解しきれるものでもないのだけれど。


「で、どうする? 俺が包帯変えてあげようか?」
「いや……遠慮しておくよ」
「なに、遠慮することはないよ。俺は運び屋の代わりにきてるわけだからね」
「臨也にやらせたら最悪、僕が絞め殺されることにな…――臨也?」


引きつらせた笑みを浮かべながら断りを入れる新羅の手首を臨也が掴む。そんな臨也の表情をうかがえば先程までとは打って変わった様子で、その端正な顔をわずかに歪めているように見えた。その変化に気づいた新羅が声をかけるも返答はなく、しばらく間をおいてそっと腕を開放された。
――その手前、わずかながらも皮膚に爪を立てられたような違和感を残して。


「そうやって人からの好意を得心しないあたり、まったく変わってないね」
「……否定はしない。けど、それなら臨也も同じでしょ?」
「はは、そうだね。じゃあ俺もその問いかけに同じ返答をさせてもらおうかな。否定はしない」


先刻の違和感を拭い去るように変わらない笑みを浮かべた臨也の姿がそこにはあった。ころころと変わる相手の態度にどう応対すべきか分からないものの、その心中を悟られないよう適当に話を合わせてみる。


「じゃあ、俺にも別の仕事があるからそろそろ帰らないと」


手首にはめられた時計を確認し臨也が立ち上がる。その手にはカバンも何も握られておらず、とてもこれから仕事に出るとは思えないほどにすっきりとした格好だ。なにより彼の場合は“自宅でもできる仕事”の部類なのかもしれないが、そこにはあえて触れずにおこう。
背を向けて歩き始める臨也へ、ふと何かを思い出したように新羅が呼びかける。


「あ……臨也!」
「なに?」
「ありがとう――――心配してくれて」
「!」


新羅がなんの躊躇いもなく笑顔でお礼の言葉を口にすると臨也は思いもよらぬ台詞に驚きの表情を浮かべる。この見舞いが運び屋――セルティに頼まれたものではなく臨也が自主的に行ったものだと新羅は気づいていたのだ。それを知るや否や、臨也はバツが悪いと顔を背ける。彼の性格上、本人に知られるのは嫌だったのだろう。


「いやあ、セルティと言う通りだよ。やっぱり持つべきものは友達だね!」
「……思ってもないことを」
「ん? なにか言ったかい?」
「べつに。それじゃ、楽しい休暇を」


本心とは裏腹に無邪気な笑顔を浮かべる新羅。そんな彼の心中など見通していると言わんばかりに臨也の口から吐き出された言葉は新羅の耳には届かない。その距離は今の二人の関係を表しているようで現実の難しさを痛感させられたような、そんな気がした。




柔らかなに爪を立てて
(結局、真実と虚偽にボーダーラインはない)



2012.04.02 title:狸華



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