「なによ、それ」


夕飯を作り終え食卓に並べている最中、臨也が買い物袋を下げて帰宅した。いつもの彼からすれば“大量”の買い物を不思議に思いながら、ダイニングテーブルへと置かれた袋の中を覗き込む。
そこには臨也のイメージとは程遠い存在のチョコレートが袋いっぱいに入っていた。中にはお菓子のトッピングに使われるようなアラザンやドライフルーツなども入れられており、例えるなら料理好きの女の子同様の買い物内容だった。
これにはさすがに波江も怪訝な顔をして臨也を見る。が、当の本人は何故そんな顔をされているのかわからないといったように首を傾げている。


「見て分からない? 材料だよ、材料」


そんなこともわからないのか、と言いたげな表情で話す臨也。これが材料であることくらい波江にだってわかっている。
彼が甘党だなんて聞いたこともなかったし(聞くつもりも毛頭なかったが)、いくらチョコレートが好きだと言っても、これだけの量を一日で食べられるはずもない。それに、買い溜めするような品でもないだろう。波江にしてみれば疑問は深まるばかりだ。


「材料って……チョコレートばかりじゃない」
「つまり、あれかな? 俺がこんなにチョコレートを持っているのはおかしい。女の子でもあるまいし。君はそう言いたいわけだ」


臨也はいつだって結論から述べることをしない。まるで相手のことはお見通しだとでも言うように、相手の知りたがっていることを指摘して不安を煽る。これが彼を信用させるために必要な得策とも言えるものなのだろう。波江は無言を決め込んでみるが、臨也はそれを気にする様子もなく明快に話を続ける。


「だって、もうすぐあるんでしょ? バレンタインとかいうやつ」
「……なに、臨也も逆チョコブームに乗っかろうってわけ?」
「ははっ、まさか」


冗談で言ったセリフをあっさりと否定されたことに波江はどこか安堵する。これで“そうだよ”なんて言われてしまっては、彼が別人ではないかと疑う他にないからだ。


「君のことだから誠二くんに作るだろうと思ってね」
「誠二にはもっと素材にこだわったもので作るから心配いらないわ」
「ふーん。じゃあ俺の好意は無駄だった、ってわけだ」


“好意”の言葉に一瞬ドキリとする。もっとも、臨也にとっては大した意味を含まない言葉なのだろう。
だいたい、チョコレートを持ち出すくらいだから“自分に作って欲しい”とでも言うのかと思えば“誠二くんに”ときたものだ。他人(ひと)のことなど放っておいてほしいと波江は思った。


「そうね」
「ひっどいなぁ。もう少しないの? たとえば、おれいとか」


さして感情のこもっていない声音でそういいながら、食卓に並べられた料理をつまみ始める臨也。もう当たり前となりつつある光景のせいか、彼の口からおいしいの単語ひとつすら出てこない。
無論、臨也の口に合わない可能性もあるが、仮にそうだとすればそんな女に料理など作らせるはずもない。


「何に対して、よ。そもそもお礼なら私より貴方がするべきなんじゃないの、臨也。誰がいつも食事作ってると思って…――」
「はいはい、ごちそうさま」


うるさい説教は聞きたくないと言わんばかりに箸を止め、逃げるように席を立つ。あまりに手を止めるのが早かったため、まったく食べていないのではと不安に思いながら臨也の茶碗を覗く。いつの間に食べられたのか、そこにはご飯粒ひとつすら残っていなかった。
ソファに投げられた新聞紙を手に取り仕事場に入る手前、臨也は波江のほうに振り返る。


「じゃ、俺しばらく仕事するから。邪魔しないでね」
「誰がするもんですか」


そうして臨也は仕事場へと消えていった。

同日 深夜2時過ぎ 臨也自室

作業を一時中断し再びリビングルームへと向かう。いつもならある程度時間がたったところで波江がコーヒーかお茶を入れ運んで来てくれるのだが、今日はめずらしくそれがない。彼女に限って忘れることはないだろう。と、なればわざとか。それにしてもこの程度の嫌がらせ、今時小学生だってしない。
(気が利かないなぁ……)
そう思いながらキッチンへと足を踏み入れる。先程からなにやら甘い香りが鼻を掠めている。匂いの先へと目を向けるとそこには波江の姿があった。


「こんな時間まで、なにしてるの?」
「……っ!」


喉に詰まらせたような声をもらし、びくりと肩を揺らしながら驚いたように振り返る。その反動でステンレス製のもの同士がぶつかる音が大きく響いた。なにか料理をしているのだろうか?


「い、臨也仕事してるんじゃなか……っ」
「めずらしいね。キミが俺にお茶を出し忘れるほど料理に熱中するなんて」
「べつに熱中してたわけじゃないわよ」
「……ん? それは…――」


彼女の肩越しに鍋の中身を覗く。そこには臨也が夕方、買ってきたばかりのチョコレートが湯煎にかけられていた。どうやら先程から鼻を掠めていた甘い香りの正体はこれらしい。


「あれ、誠二くんにはもっといい材料で作るとか言ってなかったっけ?」
「こ、れは……だから……」


臨也の顔と湯煎にかけているボウルを交互に見つめながら口を開く動作と閉じる動作を繰り返している。言葉を濁す彼女を見て臨也はふと、なにかに気がついたようににやりと口元を歪めて見せた。


「ふーん、そっか。俺のためか」
「だ、誰もあんたのためなんて言って……」
「ありがとね」


照れ隠しに否定の言葉を口にしようと波江だが臨也は困惑したような中にも嬉しさを織り交ぜたような表情でにこりと笑ってみせる。この男からはなかなか聞くことが出来ない単語に耳を疑うも、それが現実だとわかり波江は苦笑いを浮かべることになる。


不完全で安定的な疑似家族的他人集団
(どういう風の吹き回しかしら?)
(キミのほうこそ)



2012.02.14  title:狸華



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