「なぁ、臨也」

学生のみんなが丁度昼食を取る時間帯になる昼休み。
地に座る臨也の隣で、空を仰ぎ見ながら校庭のフェンスに身体を預けて立つ静雄が今までの沈黙を破るように一言呟いた。
その声に臨也はぴくりとわずかに身体を揺らして反応する。
そして、相手のいる方とは反対の方向に顔を向け“なに?”と短い返事をした。



「お前、花って好きか?」
「……はぁ?」



静雄の唐突な発言に臨也は困惑に近い声を上げる。
考えてもみろ。
普段から己の力を盾に喧嘩を繰り返すこの男から花なんて乙女らしい言葉が出てくると誰が予想できるか。
おそらく、静雄をある程度知っている人間なら浮かばない単語だ。



「…はっ。なにシズちゃん、どうしたの? もしかして、誰かに感化されちゃった?」
「手前はいちいちうるせぇんだよ」



いつものように憎まれ口を叩いてみればいつもと同じ口の悪い返答をされる。
どうやら頭がやられているわけではなさそうだ。
それを確認してわずかに安堵した臨也は地面に向かって小さく息を吐いた。
一方の静雄は制服のズボンのポケットに手を入れ、中を漁るとそこから一輪の花を取り出し、それを臨也の目の前に差し出した。



「……薔薇?」



差し出されたそれに疑問の声を上げながら臨也は顔をしかめる。
今日が特別、誰かの誕生日であるわけでもなければなにかの記念日であるわけでもない。
以前、静雄にお返しをされるほどの手伝いをした覚えもない臨也は小首を傾げながら目の前にあるその花をじっと見つめた。
その花は、野に咲く花と同じくらいに鮮やかで綺麗な真紅色をしており、だが、不思議なことに薔薇特有の匂いが一切なかった。



「───造花?」



その花が本物でないと気づいた臨也は静雄の顔を見てこれは造花かと問う。
静雄はその問いに首を縦に振ると臨也の右手を取りそれを握らせた。



「やるよ、それ」
「…は? えっちょ、ちょっと……!」



貰ったからといって何に使えるわけでもない。
ただ、造花は普通の花とは違い枯れるという行為を知らないだけだ。
とはいえ、問題はこの花をどうするかだ。
家に飾るとは言ってもさすがにこれを一輪だけ飾るわけにもいかないだろう。
結局、いい方法も浮かばないままに臨也はその花を家まで持ち帰った。


それから早数年。
あの時はまだ高校生だった臨也と静雄もいつのまにか成人し、それぞれの仕事に就くようになった。
今でも池袋と新宿という互いに近い距離におり、時々会っては喧嘩を繰り広げているが、さすがに学生時代の時ほどの接点はもうない。



「トムさん。昼…何にします?」



ふと聞きなれた声に足を止め、その声が聞こえた方向へ顔を向ける。
そこで目に飛び込んできたのは、バーテン服を身にまとったいつもの静雄と静雄の上司にあたる田中トムというドレットヘアーをした男だった。
仕事も丁度休息時間に入るところか、どうやらこれから昼食を買いに出るらしい。
いつも会っては互いに喧嘩ばかりしているからだろうか。
臨也は静雄が穏やかに話す様子を滅多に見ることがなかった。

臨也はコートのポケットから一輪の花を取り出しそれを眺める。
その花は高校時代に静雄から渡されたあの造花。
花そのものは健在だが貰った当初、あんなに綺麗な真紅色をしていた花はまるで今の自分自身を映し出す鏡のようにくすんだ赤褐色へと化していた。

今までを考えると臨也と静雄が今の二人のようにまともに会話ができたのはあれが最後。
何故、あの時聞けなかったのだろうか。
静雄はこの花の意味を知っていて渡してくれたのかと。
たとえ造花であっても薔薇は薔薇なのだ。
この花の持つ意味は……。



「───愛情」



そう、愛なのだ。
偽ることで素の自分を隠してきた臨也にはきっと、一生返ってくることのないもの。
それでも、あの静雄が自分を好いていてくれたならそれより嬉しいことはない。



「…なーんて、馬鹿だよねぇ俺も。そんなことあるはずないのに」



自傷した笑みを浮かべながら臨也はその花を再びポケットの中へとしまう。
今まで育ってきた環境故に、臨也は他人を疑うことができても信じることができない。
自分を裏切らないのは自分だけ。
そんな揺るぎない思いを内面に持ち続けてきたのだから。



「……くっ」



自分の気持ちすら分からない臨也が他人の、ましてあのよくわからない敵対する静雄の考えていることなど理解できるはずもなく、ただ苛立ちばかりが募る。



「おい、こんなところで何してんだ」



俯く臨也に重なる影とつい先ほど聞いたばかりの男の声。
どうやら昼食の買い出しが終わったところらしく、静雄は両手にスーパーの袋を抱えていた。
確認のためわずかに視線を泳がせ、あたりを見回してみたがついさっきまで付きまとっていた男はどうやら今はいないようだった。



「シズちゃん…丁度キミに言いたいことがあったんだ」
「あ?」



間抜けな返事をする静雄に向かって得意気に笑ってみせる。
そして、くるりと静雄に背を向け2、3歩進むと再び立ち止まり、今度は顔だけを静雄の方へと向け、ニヤリと妖艶な笑みを浮かべた。



「俺…シズちゃんのこと大っ嫌いだから」




嘘つき
(ああ、そうか。じゃあ俺だって言ってやる。俺も手前のことなんて大っ嫌いだ)
(ははっ、シズちゃんにそう言ってもらえるなんて光栄だよ)




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つまり、これが俺たちの愛情表現
架方先生、HAPPY BIRTHDAY!!



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