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※年齢操作
※二口が報われない




ほんの数時間前まで、こんな風になると思っていなかった。

俺に背を向ける花田のうなじにくちびるを押し当てるとくすぐったそうに身を捩る。やめてよと、俺との間を取ろうとする花田を逃がさない様に後ろから抱きしめて、もう一度彼女のうなじにキスを落とした。スン、と鼻を鳴らすと行為のあとの少しの汗と、花田の匂いがした。

「二口って匂いフェチ?」

セックスのあとに首筋の匂いを嗅ぐのは無意識の癖だった。それを、今までの彼女にも匂いフェチだと幾度となくからかわれて来た。だけれどそんなつもりは一切ないし、行為の終わったあとの儀式程度にしか思っていなかった俺は「ちげえよ」と一言だけ否定するのがお決まりだった。そのはずなのに。

まじかよ。

それなのに、熱を吐き出したばかりのソコが再び硬さを取り戻し、主張し始めたので慌てて腰を引くが、くすくすと小さく笑う花田には、とっくに気づかれてしまった様なので開き直ることにした。

「くそ、笑ってんなよ。自分でも引いたっつーの」

彼女の腰周りの柔らかな温かさに、安堵にも似た幸せな気分を味わっていると、彼女が小さく俺を呼んだ。

「ねえ、二口さ、後悔してない?」
「…は?」
「私と、したこと。後悔してない?」

言われた意味が上手く脳に浸透せず、思わず上体を起こす。俺に背を向け続ける花田の体を反転させるのは簡単だった。でもそこで彼女の顔を覗き込むのはルール違反な気がして、別にしてないけど、そう素っ気なく返すのがやっとだった。
じゃあ、お前はどうなんだよ。
その言葉を飲み込んでしまったのは、長年の片思いをこじらせたせいかもしれない。


____



花田との付き合いは高校時代まで遡る。
その頃、当然ながら若く、若いが故に勘違いをしていた俺は、花田を初めて見た時から根拠も何も無いのに『コイツと付き合うことになる』と妙な自信を持っていた。
元々女子が少ないから、という理由を差し引いてもよく視界に入る花田と打ち解けるまでそう時間も掛からなかったし、周囲も俺達が付き合っていると勘違いするほど仲も良かった。
花田も、多少なりとも俺の事を異性として意識しているだろうな、そんな風に感じていた。

よく言う表現をするなら、ボタンの掛け違えだ。
タイミングが一つずれると、とんとんと全てが少しずつずれてしまう。
若気の至りでもある妙な自信のせいで、『コイツは俺の事が好きだから』『今はバレーがあるから』と先回しにしたツケを最初に払う事になったのは高一の夏休み前だった。

彼氏が出来た。

花田からそう報告を受けたのは、放課後の教室でだった。HRが終わりざわつく教室の中でも花田の声だけは鮮明に聞こえた。なんと言って受け応えたのかは覚えていないが、心臓を握り潰されたみたいな痛みだけは今でもはっきり覚えている。
くしゃっと目を細め、声を上ずらせながら二つ上の先輩だとか、委員会で仲良くなっただとか、聞きたくないことばかりを俺に告げる花田が憎らしくて裏切られた気分になった。でもそれがお門違いであることはバカな俺でもわかることで、だからこそやり場の無くなってしまった感情を持て余すことになったのだ。
当て付けで適当に付き合った彼女とは長く続く訳もなく、それを花田に咎められるとまた怒りがわいて、ぶつけようのない怒りをバレーで発散した。

そんなことを繰り返している内にお互い社会人になり、いつのまにか良い飲み友達のような関係になってしまっていた。当時を思い返すと自分の間抜けさに腹が立つし、今だに不毛な片思いを続けていることにも嫌気がさす。
ただそれ以上に友達である内は、男女の関係と違って付いたり離れたりをすることなく側にいられる。
そんなぬるま湯状態に甘えている自覚はあったのだ。

____


どちらからともなくだった。
外で飲んで、飲み足りないと彼女の家で缶ビールを開けるお決まりのコースのはずだった。
途切れがちな会話が妙な空気を持ち込む。酒のせいで赤みの指した肌色、潤んだ瞳で俺を見つめる花田、350mlの缶をテーブルに置いた時のカコンという軽い音。
それが合図だったかのようにお互いが吸い寄せられた。
齧り付くように花田のくちびるを荒々しくむさぼったような気もするし、好物を一口ずつもったいぶって食べるときのようにそっとついばんだような気もする。
花田も苦しそうにしながらも、懸命に俺に応えてくれて、それが愛しくて、時折漏れる声が俺の理性を破壊した。


____



「酔った勢いじゃないからね」

彼女は、相変わらずこちらを振り返らない。

「二口とこうなりたいって思って、したの」

だから後悔はしていないと声を詰まらせながら花田が言う。
いつから鼻声になっていたのかはわからないのに、いつから泣き顔だったのかはしっかりわかる。
あの頃のバカで暢気な俺は、大人になってからもまだツケを払い続けている。

結婚することになった。

初めて行く飲み屋の喧騒の中で、花田の声だけが鮮明に聞こえた。泣き出してしまいそうな程くしゃっと細めたられた目と上ずった声で言葉を詰まらせる彼女を目の当たりにしたのは、これで二度目だった。



20160208
mae ato
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