君に決めた!Cend
2012/09/26 20:56


 速水の決め球は、俺の大好きな直球ド真ん中の、見事なストレートだった。しかも、バッターを惑わすブレと伸びが超一流の。

「ふ、ははっ、すげ……」

 マスクの下でぽそりと呟く。すげぇじゃん、すげぇ、すげぇよあいつ。最高じゃねぇか!
 ひとり興奮していると、瞳をキラキラさせた速水が犬のように走り寄ってきた。

「ああ――っ、やっぱり俺の思った通り、涼森先輩は天才だ……! 俺のあの球、初球できっちり捕れた人なんか今までいなかったんスから!」
「おうおう、そうかそうか! 俺すげぇ! 俺天才! 俺といえばキャッチャー! キャッチャーといえば俺!」
「その通りっス!」

 最高の球を受けた後の俺のテンションは色々おかしい。自覚はあるが仕方ない。だってあんな心躍る豪速球ストレートを見せられたのだ。キャッチャーなら誰だってちょっとはハシャぎたくなるだろう。

「スズさーん、そっち終わった?」
「高峰ぇぇぇ! 今のこいつの球見た? 見た!?」

 のんびり近づいてきた高峰を見つけて、俺はキャッチャーマスクを取って勢いよく飛びかかった。それでもよろける素振りも見せない高峰はさすがだ。

「はいはい見てましたよー。すごいね。さすが去年の全中優勝校の天才エース様だ」
「ほう! こいつ全中優勝してるのか生意気な! 俺は出来なかったのにムカつく野郎だな一発殴らせろ!」
「暴力はマズいよスズさん」
「だよなわかってる。ちょっと俺のキャッチャー魂が荒ぶってるみたい」
「うんうん、落ち着いてきた?」
「ああ」

 高峰のゆるいテンションにつられて、俺の興奮は一気に静まった。ありがとう高峰。さすが俺の右腕だ。

「ときに速水」
「え? あ、はい!」

 俺と高峰のやりとりをなぜだかじっとりと睨むように見ていた速水は、俺が話しかけるとパアっと笑顔になった。見た目に反して感情表現が豊かな奴だ。

「おまえ、今日から俺の相棒な」
「ふぇい?」
「なんだその阿呆みたいな鳴き声は。面白いからもっかい言え」
「鳴き声じゃねーっス! てか――、俺が、先輩のあ、あ、あああ相棒……?」
「おう。一緒に行こうぜ、甲子園!」
「――っ、――っ、はい!」

 速水は目をギュッと閉じてプルプル震えたかと思うと、顔を上げて今日一番の満面の笑みを浮かべた。破顔一笑とはこのことか。

「あーあ、とうとうスズさんの相棒見つかっちゃったか」
「なんだ高峰? 残念なのか?」

 いや、聞くまでもないか。今まで俺の相棒役を務めていたのはこの高峰だ。俺が速水とバッテリーを組むとなると、当然これから高峰の登板は減ってしまうわけで、快くは思わないだろう。

「ま、俺だって一応ピッチャーだし、それなりにプライドもあるわけだし? 何よりキャッチャーとしてのスズさんの才能に惚れてんのよ。だからスズさんに選んでもらえなかったのは残念かな」
「悪いな。俺はストレートに滅法弱いんだ」
「知ってる。さっきなんてメロメロだったもんね。てかさ、俺はスズさんとバッテリー組めなかったのは残念だけど、速水をエースにすんのに異論はないよ。文句なしに俺より上手いだろ、こいつ。認めざるを得んわな」

 高峰は速水に視線を向けた。俺もつられてそちらを見る。
 話題にのぼってる当の速水は、頭の中にお花畑でも咲いてるんじゃないかってくらい、ホクホクとした夢見心地の顔をしていた。こいつ、俺らの話聞いてなかっただろ絶対。
 速水はなぜか、潤んだ瞳で熱のこもった湿ったため息をつき、宙を見つめて何やら考えているような仕草をしたかと思えば、自分の頬を両手で押さえてニヨニヨと幸せそうに笑っている。その緩みきった表情といったら。なんかキモい。顔が良いだけに余計キモい。ちょっと目を離した隙に何があった速水。

「……お、おい速水?」
「うは――! はい、何っスか?」

 あ、元に戻った。忙しい奴だな。

「速水君、浮かれてるとこ悪いんだけど、スズさんとバッテリー組めたからって油断は禁物だよ」
「……どういうことですか?」

 俺に向かって喋る時とは違い、速水は高峰に愛想の欠片もないような声と視線を向けている。さっきまであんなに笑顔だったのに。感情の振り幅の激しい奴だな。もしかして、同じピッチャーだからライバル心がメラメラしてるのか?

「俺だってまだまだ頑張っちゃうよー、って話。君にエースを譲ったからって、俺の出番が完全になくなったわけじゃないんだし。ね、スズさん」
「ん? ああ、それは当然だ。俺は高峰の高速シンカーに惚れてるからな。あれを使わない手はない」

 高校野球はプロと違い、一人のエースが連投することが圧倒的に多い。けれど、肩の故障などのリスクを考えれば、出来るだけそれは避けたいと俺は考えている。
 だから、おそらく150キロほど出てる脅威の直球が決め球の速水と、多彩な変化球に加え高速シンカーが秀逸な高峰には、バランスよく試合に出てもらいたい。特に速水はまだ一年生だ。身体が出来上がっていないこの時期に連投なんかさせて、肩を壊されてたまるか。高峰という分厚い控えがいることは、速水にとっても俺にとっても幸運なことだ。
 とはいえ、速水を基盤に使うことには変わりはないが。だってストレートが大好きだから、俺が。

「ええー! 先輩、俺だけのキャッチャーじゃないんですか!?」

 速水が不満げな声を上げた。そんなに恨みがましい目で俺を見るな。

「残念だったね速水君。強いて言えば、君がスズさんの旦那だとしたら、俺は都合のいいときに呼ばれる愛人ってとこかな」
「……そんなん不道徳っス」

 あれ、なんか俺が悪い嫁みたいになってない?

「言っとくけど、俺だけじゃないぜ? 中学時代の元旦那やアメリカにいる現地夫も、いまだにスズさんにモーションかけてるらしいし。速水君はピッチャーとして確かにすごいけど、君が現状に満足して『選ばれた』ことに胡座をかいてるようじゃ、すぐに誰かに盗られちゃうよ。そのポジションを狙ってる人間なんかいくらでもいるんだから。少なくとも、同じ部内に一人は確実に……ね」

 高峰がニッコリと笑った。人の悪い笑顔だな。
 対する速水は、とても不機嫌そうに高峰に冷たい視線を向けている。

「……肝に銘じておきます。まあ、俺が奪われるなんてありえねーっスけど。エースも、先輩も」

 そう強気に宣言した速水には、もうさっきの脳内花畑状態の浮かれた雰囲気はなく、その鋭い瞳には熱い闘志が揺らめいている。さすが高峰、一瞬でこいつにエースの自覚を持たせやがった。

「――涼森、高峰、いつまでそこで話してるつもりだ! 早く集合しなさい!」

 監督の声に振り向けば、内外野手たちの適性テストもすでに終了しているようだった。

「監督が呼んでるから行くぞ」

 そう二人に声をかけ、俺たちはチームメイトの元に駆け出した。

「先輩、先輩」

 隣を走る速水が話しかけてきたので、走りながら応える。

「なんだ?」
「俺、先輩に捨てられないように死ぬ気で頑張ります!」

 何かを決意するように、速水は自分の言葉にしっかりと自分で頷いて、俺に全開の笑顔を向けた。高峰に向けていた表情とは雲泥の差だ。初対面なのにえらく懐かれたもんだな。

「絶対に優勝しましょうね!」
「ああ、当然だ」

 そうして、野球人生のひとつの節目となる高校生活最後の年が、幕を開けた――。

おわり

みたいな爽やかなスポ根BLが書きたいと思ったけど、野球にはまったく詳しくないので無理だった。



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